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あなたとわたしとだれかにとっての『仕事』について

Aさん:「会社には何をしに来ていますか?」
Bさん:「もちろん仕事をしに来ています」

こんな会話を実際にしたことのある人はそんなに多くはないと思うけど、もし、冒頭の質問をされたとしたら、ほとんどの人がBさんと同様の回答をするだろう。

でも、この『仕事』という言葉が曲者なのだ。

この言葉が指し示すモノが、使う人によって様々だから怖いのだ。

曰く、「指示を実行すること」
曰く、「求められることに応えること」
曰く、「相手を笑顔にすること」
曰く、「自分の信念を貫くこと」
曰く、「自分の時間を差し出すこと」
曰く、「会社に来ること」
etc。

こんな風に、答える人によって『仕事』が指すものが全く違うのだ。
「価値観は人それぞれ」
「これからは多様性を認めないと」
そんな事もそこかしこで言われている。
俺も、価値観は人それぞれであるし多様性も認められるべきだと思う。

だけど、人それぞれになってもいけないし、多様性が認められてはいけない部分が一つだけあるのだ。

それが、「この組織は、何をする為に存在しているのか」だ。つまり『目的』の話だ。

これだけは、絶対に、人それぞれではいけないし、価値観の多様性はあってはいけない。ここがバラバラでいいなら、そもそもその組織は組織ではない。
ただの、人の集まりなだけだ。

だから、会社では『目的』を果たすことが『仕事』と呼ばれているのだ。
それ以外の事は『仕事』ではない。
過程や結果や使う物や考え方などのいわゆる”手段”が、例えどんなに仕事に似ていたとしても、それは『仕事』ではない。
仕事に似てはいるが全く別の何かだ。

だから、会社に於ける仕事とは、目的を果たすためにやる事を指す。そして、それは、当然ながら会社の『目的』に叶うのならば、利益に繋がる事であるに決まっている。
そして、その逆は無い。
「利益に繋がるから、仕事である」という話は無いのだ。


これらを前置きとして、ここから以降を読んでほしい。

ウチの会社に最近入ってきた新人がいる。
20代半ばの女子社員だ。
口ぐせは、「私、頑張りたくないので」「1番じゃなくて、2番手がいいんです」だ。
そんな彼女はまだ仕事らしい仕事はしていない。
まだまだOJTの段階だ。ウチの会社のOJTは、その大部分がTなのだ。つまり、勤務時間の内の大部分を仕事に備えるためのトレーニングに費やしている。
その上で、口ぐせがこれなのだ。
つまり、彼女は『目的』を果たすつもりは無いのだ。

きっと彼女は、『人それぞれ』『多様性』という言葉が好きなはずだ。なぜなら、「価値観を押し付けるのは好きじゃないんです」と色んな人に言っているらしいのだ。
だけど、彼女が好きな言葉の前にハッキリと立ちはだかっている大前提については、認識する事ができないのだろう。

『目的』を意識しなくても持ち続けられる人。
『目的』を意識できるように工夫できる人。
『目的』を意識してもすぐ抜けちゃう人。
『目的』を意識しようとしてもできない人。
『目的』を意識しようとする事すらもできない人。

色んな人がいる。
本当に、人それぞれだし、多様性が極まっている。

同じ『目的』を共有できるのが、同じ組織で一緒に『仕事』をする為の大前提なのは間違いなさそうだ。
であれば、『目的』の扱い方が同じ人達がそれぞれ集団を作って、その集団が別の集団と交流している状態が、真のダイバーシティなんだろう。
こうじゃないと、『人それぞれ』や『多様性』が許容される事は難しい。

でも、それができたら、みんなハッピーなんじゃないのかな。

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