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球 【詩/ショートストーリー】

1.

市街電車が行き来する地方都市
見覚えのある人が歩いていた
雑踏の中に見失い
悄然とする黄昏時
電車は軋みながらT字路を曲がり
夕闇に消えた

2.

場末の雑居ビルで玉突きをしていると
街角で見かけたあなたのことを思い出す
静かな夕暮れ時
この街やあの街の薄暗い玉突き場で
あなたの面影を追っている者がいる
汚れた蛍光灯がじりじり音をたてている

息を止めて球を突く
白い球が赤い球にぶつかる
そこからもう一つの球が生まれる
高速度でまわる 冷たくて熱い塊

雑居ビルから出て がらんどうの市街電車
新月だった
窓の外は暗く 運転手はいない
僕はポケットから白い球を取り出し
床に置いてみる
やがて球は行ったり来たりをはじめ
市街電車は大きくカーブする
球は分裂を始め
いくつもの色になる
ぶつかり合って音をたてる
市街電車は大きく揺れ
左に右に大きくまわり
いつの間にかたくさんの球体がぶつかり合い
火花を散らしている

3.

見覚えのない街だった
まん丸の月が出ていた
道の両側に倉庫が並んでいた
しんとしていて足音だけが響く
誰かが前方を歩いていた
確かにあの人だった

(ああ、ついに僕は、
 あなたに追いつくことができましたよ)

心の中でそう叫びながら
僕はあの人を掴まえようとする
するとあの人は数十メートル前方にいる
僕は小走りに追いかける
あの人に飛び掛かろうとする
するとあの人は五メートルくらい前方にいる

あなたは球体になってころがりはじめる
僕も球体になる
深夜の倉庫街
僕らは転がっていく

4.

真っ白な丸い月が市街電車の前方を塞いでいた
もう1時間近くも経つ
乗客はいらいらしているようだった

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