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僕の非日常は、誰かの日常【「サンライズ瀬戸」の旅】
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8月のある日。僕は夜8時前の東京駅にいた。
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現代的な高層ビルに囲まれた、1914年建造のレンガ駅舎が、暖かなライトで照らされている。
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ホームに人の流れが絶えることはなく、一日の仕事を終えて家路を急ぐ人たちを乗せた通勤電車が、ひっきりなしに発車していた。ここ、東海道線ホームも例外ではない。
そんな中、9番線の電光掲示板に、一際目立つ種別名と行き先が現れた。
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「寝台特急 サンライズ瀬戸 高松 / サンライズ出雲 出雲市」
日本にたった一つだけ残った「寝台特急」が、毎晩9時50分に東京駅を発車する。この列車がやってくることは、東京駅にとっては「日常」であるがしかし、この列車が連れていく先は――少なくとも四国や山陰から遠く離れて住む僕にとっては――「非日常」の場所だ。
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14両の大所帯でゆっくりと東京駅に姿を現した、サンライズエクスプレス・285系電車。25年前の車両だが、未だに古さを感じさせないそのデザインは高い人気を誇る。
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自分の部屋に落ち着いて荷物を整理し、窓に流れゆく星空のような東京の夜景を眺めながら、ちょっと奮発して駅で買ったカツサンドを広げた。小さい頃、父が仕事帰りに買ってきてくれた、思い出の味。分厚いカツをちまちまかじりながら、少しは大人になれたのかな、と考える。
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夜も深まってきた頃、ラウンジに行ってみようと部屋を出る。ビジネスホテルのような温かみのある照明がともった廊下には、レールの音だけが静かに響いていた。
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列車は熱海に到着した。温泉で有名な一大観光地も、一日の終わり、深夜11時半にもなるとひっそりとしている。ここはもう静岡県、関東を抜けて中部地方に足を踏み入れる。時刻表で見るだけだった駅名が、次々と車窓に流れていった。
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朝5時。どうにも眠れなくて外を眺めているうちに、だんだんと東の空が白んでくる。いつもは新幹線で過ぎていくだけの関西の明かりが、あけぼのの空に浮かび上がっていた。
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空がオレンジにその色を変える頃、列車は須磨の浦に飛び出した。深い青を湛えた、まだ夜色のままの海。その向こうには、うっすらと淡路島の姿が見えた。僕はこんなに美しい朝を見たことがなかった。
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朝6時半、ラッシュが始まろうとしている岡山にサンライズ号はやってきた。通勤電車からはぞろぞろと人々が降りてきて、せわしなく乗り換えたり、改札口に向かったりしている。窓一枚を隔てた向こうの光景は、岡山に暮らす人たちにとっては「日常」である。そこに「非日常」的存在であるサンライズ号がいて、「非日常」を味わう僕がいたとしても。
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トンネルを抜けた先には、どこまでも続く瀬戸内海があった。抜けるような夏の青空が、水面に反射する。見渡すと幾十もの島が浮かんでいた。いつかあの島にも、この島にも行ってみたいな、と思う。
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東京から9時間半。僕は四国・高松の地に降り立った。久しぶりの駅の姿は前に来た時と変わらず、でもなぜか新鮮に思えた。
サンライズ号の横に止まったマリンライナーからも、続々と人々が降りてくる。はるばる800kmを走り続けたサンライズ号がこうして一仕事を終え休んでいるのも、高松の人々にとってはやはり、「日常」なのである。
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どこからか、うどんの出汁の香りが漂ってくるような気がした。
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