見出し画像

一目惚れ

一目惚れっていうのがある。


ただ見つめてここに在るだけで、
震えだす身体を抑えられなくなるくらいの
麻薬を眼に投げ込むことを云う。

彼は、無邪気な美しさを世界中にばら撒いているように見える。
そんな青天井の明るさと暖かさが、しかし僕を素通りしている。

この透明な僕の送り続ける視線が、遂には気づかれぬまま在り続けることを、しかし僕が何より望んでいるように見える。

彼と一緒になりたい、と思う。
それは即ち、彼のそばに行きたい、という願いと
彼自身になりたい、という願いの交錯である。


一目惚れっていうのがある。

ただ見つめてここに在るだけで、
現れてくる世界の豊かさに
自ら踏み潰される惨めを受け入れることを云う。

赤はより深みを増して
黄は一層眩しく映る。
青はますます透き通って
黒は全てを呑み込む意志を醸しだす。

彼の見ている世界を見てみたい、と思う。
彼と同じように笑って
彼がするのと同じように与えたい、と思う。

そんなことを思ってしまうために、
僕の見ているこの世界が、ほとんど色を失っていることに気づかざるを得ない。

彼を見ているその時だけ、彼が見えているその場所だけが明るく鮮やかなのであり、一度目を逸らせばまたいつものくすんだ世界が現れてくる。


一目惚れっていうのがある。

彼に触れたい
触れられたい
その欲望とは裏腹、
触れた途端に崩れ落ちる本能的危機、この矛盾に引き裂かれることを自ら望み絶頂する歪んだ醜さを云う。

彼がそれ自体鮮やかなのか、それは知覚できないことだ。

彼から直接に世界の鮮やかさが与えられるというよりも、彼を見るという行為が僕の知覚し得る鮮やかさの感性を隆起させる瞬間的な契機となると言ったほうが本当なのだ。

彼という本質が、僕の世界に生きるパーンであり
その意味で知覚される彼はむしろすでに内省されている。

彼は世界の理想で
故に世界は彼である。
その世界を生かし続けるために、これは絶対の象徴として触れられてしまってはならない。


この美しい醜さを
否定するのは常に頭で、
否定されると同じだけ、
心はこれに批判を加える。

一目惚れっていうのがある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?