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幽霊、祓いに来ました。 廃校のはなし【ショートショート】

ひゅうと吹いた夜風の音にドキッとするほど廊下は静まっていた。

大森山の向こうにある廃校で人体模型がひとりでに動き出すらしい。そんなひどくありきたりな怪談話が僕通っている小学校でも流行っていた。馬鹿馬鹿しいと聞き流していたはずの僕がどうして一人でその廃校に来ているのだろうか。とにかく気づいたらにここにいた。
 
開いている窓に気づき隙間のないよう閉じると廊下は再び静かになった。
一息ついて前を見る。
(とりあえず一階を端から見て周ろう)

何の音も聞こえない。

1階の突き当りまで行くと理科室と書かれた教室にたどり着いた。
黒いカーテンで中は見えない。
(人体模型といったら理科室かな…)
ゆっくりとドアを引く。

ギ…ギ…とどうしても音が鳴ってしまう。

部屋の中に人体模型はなかった。うちの学校の理科室と同じように少し広い机と四角い椅子が並んでいるだけだ。
仕方ない、次は二階を見てみるかと教室を出ようとしたそのときギシギシと廊下から足音がした。

とっさに机の下に身を隠す。

人?こんな夜中に?警備員?いや人ならまだいいんだけど…
足音が近づいてくる…まっすぐこっちにきている…もう教室の前…すぐそこに…
ドアが開いた。しんと静まり帰る理科室。僕はぎゅっと目を瞑った。
 
ギシ…

ギシ…

ギシ…

「おいお前、どうやってここに?」

見上げると足音の主はリュックサックを背負った、たぶん人間だろう。若い男の人だ。右手の懐中電灯でこちらを照らしている。
あたふたしながら学校で聞いた人体模型の怪談話とそれを聞いてここに来たことを説明していると少し落ち着いてきた。
リュックサックの男は、二十歳くらいかな?リュックから取り出した紙をちらちらと見ながらも黙って僕の話を聞いてくれる。
(建物の管理人さんとかかな?いや若いから、アルバイト?)

「じゃ、俺と目的は大体おんなじだな。」
「俺も実は、お化けを捜しに来たんだ。」
本気だろうか?
男はリュックから機械やらなにやらを取り出して、これはこういう道具でどうのこうのと説明を始めた。本気なのは本気らしい。幽霊を本気で信じるなんて馬鹿馬鹿しいと言いかけたけれど、わざわざここに来ている自分が言えた話じゃないな。
「せっかくだから一緒に来るか?」
僕は頷いた。本当はもう帰りたかったけど、逆らって問題にされるのも嫌だったのだ。


二人で二階を見て回ることにした。
木造の廊下がミシミシと音を鳴らす、ふとお兄さんの足元を見た。
足は、ある。しかしちょっと不安だ。
「お化けって足はあるの?」
「んー、弱い霊だと手足の先になるほど薄くて見づらいんだけど見る人の霊感の強さによるかな。」
「ふーん、あるのはあるんだね。」
「ああ。でも面白いのが浮けるのに生前の名残でちょうど床の上に足がくる位置にいる霊が多いんだ。透けるから床には触れられないんだけど。」

その瞬間、廊下の奥にある部屋の電気がパチッと着いた。
二人揃えて息をのむ。

何とか心を落ち着けて、小さな、小さな声を絞り出した。

「他の人も来てるの?」
「いや、俺以外は来ていないはずだ」
お兄さんも緊張している様子だったが、怖がっているというよりも、集中して、たったひとつ明かりの灯った部屋を視ていた。
「行けるか?」
心配して聞いたのだろう。ただその声に何だか挑発された気分になって、行ける、と自分から先に足を踏み出した。


その部屋の扉はすっと開いた。教室、じゃないな。職員室みたいだ。引き出しのついた長い机とキャスター付きの椅子が並んでいる。
お兄さんは早歩きで部屋全体を見て回った。
「誰もいない。EMFレーダーには反応あり、か。しかし何かいる様子もないな。この部屋じゃないのか?」
僕が扉の隣にあったスイッチをぱちんと押すと部屋の電気が消え、もう一度押すとついた。
「ひとりでに電気がついたの?」
「そういうことになるな。このフロアのブレーカーがオンになっている。この建物、電気系統が生きてるのか。しかしこれ、何かいじられている形跡があるな。」
「お化けの仕業?」
「かもな。ただこれ、人間の手でいじられているような…」

「これ以上は何も分からなさそうだ。他のところ見てみよう」

僕たちは電気を消して部屋を出た、もう勝手についたりしないようだ。


「しかしよく一人でこんなとこ来れたな。」
階段を上がりながら二人で怪談話について詳しく話していた。
「別に、僕はお化けとか信じてないし。」
「信じてないのに、来たのか?」
僕は黙った。
「まぁこういうの楽しむ人間も多いしな。でもやっぱり友達と来た方が良かったんじゃないのか?」
「学校の奴らは…」
言葉が詰まり、代わりにため息が漏れた。
「関わるだけ時間の無駄だよ。僕は一人で生きていけるし。」
またどこかの窓の隙間から漏れた風がひゅうと鳴った。
「みたいだな。」


三階を飛ばして階段を上がると屋上に出ることができた。
今日の月は明るくて、周りの星がかすんでしまっている。
「三階よりも先にちょっと調べたいものがある。」
屋上には大きな時計がかかっている…時計台というのだろうか、一つの塔のようなものがあった。
「何か感じたりしないか?」
僕は首をかしげた。
月明かりのせいかお兄さんの顔が青く見える。

時計をじっと見ているとなんだか少し怖い気持ちになったような。けれど怖いものというのは何だか惹かれてしまうものだ。
ちょっと冒険してみたくなった。
壁の段差に足をかけ、少し背伸びをして時計に手を触れようとしたその瞬間。

 大きな音が鳴った。

胸にまで響く鐘の音。ぎょっとしてしまい、手が離れ、足がふらつく。目が回る。床は?地面は?手足がばたつき、失ったよりどころを探す。後ろによろけすぎてしまった、体勢を立て直そうにもそこに地面がない。ぐわんと視界が揺らぎ、星空が目の前に広がった。ふわっと宙に浮いたような感覚に全身が悲鳴を上げ、口から叫び声を。

落下する感覚を味わったが、すぐにぐっと引っ張り上げられた。
お兄さんが手を取って引き上げてくれたのだ。
心から願った地面によたよたと倒れ込む。
お兄さんも、今度は明らかにに真っ青な顔をしている。

「今…何が…」
何とか声に出して聞いてみたが、まだ頭がくらくらする。
「この廃校のチャイム、壊れてるみたいだけどまだ動くんだな。そういや電気も通ってるんだった。何かの拍子に今鳴っちゃったんだろう。」

ふぅ、と二人で一息ついた後、顔を見合わせると、何だか笑いが込み上げてきた。
本当に怖かったけれど、本当に冒険できたみたいで、何となく楽しくて。
そこからしばらく二人の笑い声がけらけらと夜空に漂った。


お兄さんによると三階の倉庫に例の人体模型はしまわれているそうだ。
リュックサックをガサゴソと探って銀色に光る鍵を取り出す。
扉に差し込んでひねると、カチャン、と音が鳴った。

鍵は開いたのだが扉の建付けが悪いのか、中々開かない。二人で力いっぱい引っ張ると金属が擦れるギリギリという嫌な音が鳴った。


そこにあったのは人体模型ではなく人の骨で、骨格標本というものらしい。
「なるほどな。昔の骨格標本は本物の人の骨だったことがあったらしいんだけど、それにとり憑いたままだったらしい。」
お兄さんはバッグの中の機械をいくつか取り出して、何かを調べ始めた。
「もう、いないみたいだ。噂は本当だったようだけど、既に消えてるな。」

消えてる?僕は首を傾げた。

「君には成仏って言った方が分かりやすいかな。こっちは仏教用語だけど。」
「霊っていうのは最終的には空気中に溶けるようにふわふわと分散して見えなくなるか、この世とは呼べないような、どこかに移動するって考えられてるんだけど、そういうのを俺たちはまとめて“消失する”って言うようにしてる。」
話しながらも彼は骨格標本を倉庫に戻し、鍵をかけた。
「ま、ほんとのところはどうか分かってないんだけどね。」
帰ろうか。彼はバッグを背負いながら言った。

 
木造の校舎を背に二人で歩いていた。
「あ~あ、結局いなかったな、幽霊。」
「そりゃ普通はいないんじゃない?」
「いやいや、結構身の回りにもいるんだよ、気づかないだけで」 

僕は立ち止った。

月が明るい。

膝ぐらいまでの雑草が辺り一面に生えていて、
そこに大きな影が一本伸びている。

「一人でかえれるか?」
うん。
「行先は分かるか?」
うん。

空を見上げながら、僕は頷いた。


柔らかく光る月に、すっ、と吸い込まれてるように、ふわふわと浮き上がった。


振り返ると、鉄のフェンスに囲まれた校舎はもう小さくなっている。


昇って、昇って、白い光に包まれて。



消えた。



対処レポート
「幽霊」No.309784

・概要
 以前に「幽霊」No.299523の発見、消失対処を行った●●県●●市にある廃校にて屋上から落下する少年の目撃情報を受け調査したところレベル2霊体を確認。消失対処を行うために対幽霊隊員を派遣した。当該隊員は当初予定していた強制消失手順を行わず、独断で自然消失を誘導した。当該霊体の消失は確認済み。

・詳細
 「幽霊」No.299523の存在は当時周辺地域に住む一般人に噂として広まっていた。
隊員によって当該霊体は直ちに消失されたが、その後も噂はすぐには消えず、その噂を聞いた小学生三人組(以下それぞれをA,B,Cと呼称)が●●●●年●月●日の夜に肝試しと称して廃校に侵入した。
しかし内実はB,Cが前日に細工した廃校の時計台にある旧式チャイムを突然起動させAを驚かせようという試みであり、この結果Aは屋上から落下し死亡。(その後の警察の調査で学校内でのB,CからAへのいじめが発覚している)
それからしばらくして屋上から落下する少年の目撃情報を受け、調査の結果Aの霊体であることを確認。
当該霊体は毎晩午後一時ごろにチャイムの音とともに叫び声をあげて屋上から落下(恐らく死亡した際の落下時の時刻と同じ)、その後夜明けまで死亡時と同じ体勢で地面に横たわっていた。
調査の後、対幽霊隊員(隊員情報を後に記載)を派遣。低レベル霊体の為、一般強制消失手順が予定されていたが当該隊員は独断で霊体が自発的に消失するよう誘導を行った。当該隊員はこの理由について審問会で
「何となく。」
と答えている。
明確な理由なく、無断での対処方法の変更の為、当該隊員は適切に処分された。

・隊員情報(抜粋)
 笹山健介 隊員番号52809 
●●●●年入隊。当時17歳

●●●●年●月●日生まれ
●●●●年 所属中学を退学(理由は不明)

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