【SS】喫茶店での毒吐~どくはく~(842文字)
詩織はカフェではなく、喫茶店が好きだ。
今どきは、レトロ喫茶とか、昭和の喫茶店と言ったほうが伝わるだろうか。
固いプリンや、シンプルなケチャップのナポリタンがでてくるあれだ。
詩織はタバコを吸わないが、他の客が吐き出す煙でうっすらと曇る視界の中、考え事をするのが好きだ。
髪の毛や洋服について離れないタバコの匂いも嫌ではない。
詩織は呟く。
「何故、」
自分はこんなにも喫茶店に惹かれるのだろう。
承認欲求、のためではないと思う。
詩織はとうの昔にSNSを卒業しているし、レトロブームに乗っかってカラフルなクリームソーダの写真を投稿する気もない。
注文するのはいつもホットのブレンド珈琲だ。
以前は軽めのタバコを携えてオフィスの喫煙所に出入りしていたこともあったが、時代の風潮で喫煙所は閉鎖されてしまった。
喫煙者のオジサマたちのため息や愚痴の行き場は失われてしまったようだ。
それから詩織はタバコを吸わなくなった。
同僚とのランチはもっぱら完全禁煙のカフェで、お洒落な器に盛られたワンプレートを食べる。
ときおり、整えられたきれいな空間に居ると、詩織は自分自身が嫌になるときがある。
その空間に自分だけが馴染んでいないような気がしてしまうのだ。
そんな日にはいつも、仕事終わりに喫茶店に足を運ぶ。
古びた店内で、有害な煙に巻かれながら、まずまずの味の珈琲をすすっていると、自分の居場所はここだ、という気がしてくる。
周りを見渡せば、疲れたサラリーマンがぼんやりスマホを眺めていたり、常連のお爺さんが迷惑げな店主の様子に気づかぬまま話を続けていたり、2人組の中年女性が若い嫁の悪口を言い合ったりしている。
冷めてきた珈琲をすすりながら、また詩織は独りごちる。
「落ち着くなあ。」
自分より不幸そうな人たちの、くだらない話を聞いていると心の靄が晴れていくのを感じる。
やっぱり私は承認欲求のためにここを訪れるのかもしれない。
きらきらした場所では、私は私を認められそうもないから。
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