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父親について

*自分にしては結構長いです。

近々父の誕生日があり姉と話し合いをしていたので思い付きで父のことについて書いてみる。


イメージ定着期

小さいころはよくキャッチボールや作ったLEGOを襲う怪獣を演じたり、四肢で体を持ち上げる飛行機ごっこ等よく遊んでくれた。

けれど自分の父親に対するイメージは恐怖だ。

もの後心ついた時から父が怖かった印象しかない。

今でも残るエピソードを3つ挙げる。

1つ目「真に受けないでよ」

小3くらいだったか、任天堂のWIIであそび終わり他のことをしだした。

すると父が「ちゃんと片付けないと捨てるよ」と。

自分は冗談で「いいよー」と答えた。

すると父は激高し大声を上げ馬乗りになってきて頭を両手でつかみ揺さぶりながら怒った。

何を言ったかは全く覚えていないが命の危機を感じたくらい恐ろしかった。

2つ目「嫉妬ですか?」

これは小3かそれより幼いころか。

父に早く寝なさいと言われ寝室のある2階にいたが、内容は覚えていないが何か母に話したいことがありひっそりと1階におり浴室に行きまた階段をひっそり上っていたとき。

父がこちらに気づき勢いよく階段を駆け上ってきてベット上で馬乗りされ怒られた。

これも内容は全く覚えていない。ただただ恐ろしかった。

3つ目「ころしてやる」

正直特定の時期の話ではなく何回か起こったことだ。

幼稚園年長のころからトイプードルの雄「まろん」を飼っていた。

家中におしっこをしたり、家の中で動く人を吠えたり噛みついたり(特に父に)することが多々あった。

そのうち何回か父がまろんを押さえつけたり、蹴ったり殴ったり、怒鳴ったり、追いかけまわしたり。

その有様がひどく書いている今でも苦しい。

止めに入れば収まったがそのたびに許せず「こいつぶっころしてやる」と汚い言葉だが正直思った。

それらのイメージがこびりつき2人気にになるのが怖く、本音を言うのも恐れ求めているだろう答えを返し、この人は自分に興味がないだろうと自分から話をしなくなった。

暗黒期

中1で母がなくなってからは家は静かになった。唯一の逃げ場だった母がなくなり、まだ姉にはしょうもないことをいろいろ話したが。

できるだけ父のいるリビングにいたくなくてクーラーはなかったが夏の暑い日も冬の寒い日も2階の自室にいた。

まだ姉がいただけ救いだった。

けれど自分が高1になって、姉が大学進学で地元を離れたら父と自分の2人だけで3年間は地獄だった。

怒られることはほぼなくなったし、されても軽く注意される程度。

しかしより一層家は静かで寂しくなり、父との会話は「おはよう」「行ってきます」「ただいまorおかえり」「風呂あがったよ」「おやすみ」と学校の事務連絡だけ。

父が話しかけてきても成績の悪さ、進路はどうするのか、経済の話(職業柄?)でh成したくない話題だけだった。

今思えば父なりに話しかけようとしていたのだと思うが。

高3になると一緒にいる期間が残り少ないからかどこか出かけようと言ってくれたり、出かけるたびに欲しいものないか聞いてきたりした。

進路は大学進学でとにかく地元から出ることだけを考えていた。

もちろん好きな学部にしようなど考えていたが。

父は私立にはいけるからあまり気にするなと結構甘やかしてくれた。

このころは父は歩み寄ろうとしてくれたのだろうが、自分は壁をつくり突っぱねていたと思うと少し申し訳ない。

好転期

無事大学進学し上京すると物理的に父と距離ができたこと、ほかに世界が広がったことで父の影を気にすることがなくなっていった。

上京時の手紙にはこうあった。

”パパはあまり子供との接し方はうまくなく、いろいろ厳しいことを言ってしまったけど愛情だと思ってくれたらありがたいです。ママがなくなってからの5年間で本当に成長したなと感じています。”

読んでなんだか救われたというか期待に応えれていたんだという安心感が強かった。

しかし長期休暇や年末年始に帰省の時期が近付くと少し憂鬱になる。

ほぼ自意識過剰なだけだが、これ以上ゲームしたら怒られるかな、何か話したほうがいいかな、とか顔を気にしているのがきつい。

それでも帰省すると高校の時以上に話しかけてくれたり連れ出してくれたりする。

怒られることも全くなく、距離ができて自分が成長したのもあってだいぶ楽にはなった。

ここまで悪い部分ばっかあげてきてしまったけど、尊敬はある。

子供2人を高校まで公立とはいえ送り、そのうえ私立の大学×一人暮らし(家賃と仕送り)させるだけの稼ぎをし(母の稼ぎももちろんあるが)。

最愛の妻を失くしてもつぶれることなく義父母の助けを借りつつ子供2人の面倒をみてここまで育ててきてくれた。

これをされて愛してないわけがないのに、どうせ自分に興味ないんでしょとか思っていたのが恥ずかしいし申し訳ない。

帰省するたびになんだか父の背中が小さく寂しいものに感じる。

だからこそ帰省時はちゃんと会話をし一緒に出掛け誕生日を祝いたい。

社会人になったらあまりお金を気にせず贈り物をしたい。

愛を感じたエピソードが1つあった。

小2のころにクラスを仕切っていた女子がいた。

その子に仲間外れにされていた男子を助けたら自分も仲間外れにされた。

それを母に話していたら父が話に入ってきた。

正直内容は覚えてないけど強く味方をしてくれたことは確か。

唯一覚えているのは、ちゃんと愛されているんだと感じてつい号泣してしまったこと。

昔はなんて父だ、なんて思っていたけど成長した今なら不器用だけどちゃんと愛してくれていたのだとわかる。

そしてもし自分が結婚して父親になれば、父親をすることがどれだけ難しいのか、どれだけ父がすごかったのか苦労したのかを知るんだろう。


父へ、少し早いけど誕生日おめでとう。







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