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い着る

私は今日も服に腕を通した。
沢山の人が生きている。
私はこの世界から見るとちっぽけでいくらでも代わりがきく人間なのだろう。
いや、誰もがそうだ。
だけど、必死にもがき苦しみ喜び楽しみそれぞれの人生を生きている。
私は意識する、服を着ることを。
そして、この人生を生きていることを。

朝日がまぶしい。
私は漆黒のようなスーツに腕を通した。
今日の私はバリバリのキャリアウーマンだ。
少し高めのヒールを履き、コツコツと音を立てながら街を歩く。
営業で沢山歩くことにも慣れた。
笑顔とコミュニケーションを駆使してここまで上り詰めてきた。
家に帰ると黒猫の“おもち”が出迎えてくれる。
夜ご飯をパパっと作り週末に作っていた作り置きと一緒に食べる。
“おもち”のご飯も用意して、一緒に「いただきます」をする。
夜でも自宅で仕事をする。
明日も計画通り生きていくために。

涼しい風が吹いている。
私はイエローのドレスに腕を通した。
今日の私は有名雑誌のトップモデルだ。
ドレスは太陽のように、私を上手に引き立ててくれる。
映像作品への露出はしない。
私はモデル、この世界で輝き続ける。
街を歩けば、みんなが振り返る。
人目に触れる仕事なのだ。
例えプライベートであろうと手は抜かない。
ファンサービスも怠らないし、驕らない。
もちろん美容も念入りに行う。
愛猫の“クロ”と一緒に眠りにつく。
明日もきれいな私であるために。

ジメッとした空気が室内に漂っている。
私は灰色のくたびれたスウェットに腕を通した。
今日の私はラノベ作家だ。
ずっと室内で〆切に追われていたのでいつからかカーテンを開けなくなった。
家から出ることも今となっては週に1回あればいい方だ。
でも、この生活を私は気に入っている。
好きなことを仕事にしてそこそこ良い給料を貰っているんだ。
膝の上には黒のまだら模様の“みーちゃん”がいる。
朝か夜かも曜日も日付も今はよく分からない。
今ある仕事をこなして、“みーちゃん”と遊ぶ。
眠くなったので眠りにつく。
何気ない幸せな日常を続けるために。

スモークの焚かれた広い舞台。
私は今日の衣装に腕を通した。
私はドラマでも活躍する有名舞台俳優。
ここに立つのはもう何回目だろうか。
何度も色んな人間を演じてきた。
それはまるでその人生を“生きている”感覚だった。
自分が迷子になる。
私は何度でも“生まれ変わる”。
今日の私も服に腕を通した。

今日の新しい自分を生きるために。

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