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努力って何なのか

こんにちは、涼しい潮風です。今日は「努力」について書きます。

苦しめば努力?

「お前(私)は努力するけど、あいつ(妹)はすぐさぼる。」
学生の頃の父がよく言っていた言葉です。

その頃の私は成績は中の下、普段の授業は居眠りか落書き、テストの直前だけ一夜漬け、親の足音が聞こえたら勉強したふりをするダメ学生。
一方妹は成績は常に学年上位10位以内、普段の授業はしっかり聞いて一発で理解し他人にも勉強を教えられる、テストの直前は普段通りゲームをするくらい余裕の優等生。
しかし父には授業中の姿は見えないので、もっぱらテスト前に夜遅くまで勉強をする(したふりのときもある)私を可愛がり、すでに成績がいい妹には「勉強しろ」と怒り続けていました。自分の中に理由がないのに、誰かに言われたから行動を変えるような気の弱い妹ではないので、それがさらに父の怒りを増長させるようです。物心がついてから私が上京するまでの間に父が妹を褒めたのは一度も見たことがありません。学年一位を取った時さえ「自惚れるな」の一言でした。(母も褒める行為自体が苦手なので褒めない)

テストは普段の授業を理解できる力量を測るものです。(テスト用に勉強しないと無理なくらいの量が出ますが一応前提として)
普段授業に参加してないくせに、テスト前だけ夜遅くまで勉強して自分の力量以上の点数を稼ごうとするのは、ただ「無理をしている」だけです。
父にとって「努力」とは「普段から勉強に励む」ことではなく、自分の力量以上の結果を得ようと「一定期間無理をする」ことなのです。

確かに普段見えない学校でこつこつ勉強されるより、テスト直前に目の前でガリガリノートに何か書き連ねてる方が、分かりやすく「うちの子勉強してる感」はあります。
でも、社会に出ると毎日の仕事をいかに正確に積み重ねるか、体調管理をして毎日取引先や同僚に迷惑をかけずに仕事ができるかが大切ですよね。「普段はやらないし結果も出したことないけど締め切り直前だけ無理をする」といったラッキー狙いの仕事の仕方は納期遅れや体調不良に繋がるだけです。

私は職場だと他人の目があるので何とか地道に行動できますが、家で自分一人で何かに取り組む時しばしば「直前に無理して間に合わせようとする癖」が出てコンペなどの締め切りに間に合わないことが多々あります。仕事ではないので社会的に失うものはないですが、それまで作ったものは無駄になるし、「自分自身の評価」はガンガン落ちて自己嫌悪状態になります。今も克服しようとリストに従って淡々と行動する訓練を続けています。

本当の「努力」

本当の「努力」とは「深夜まで作業する」とか「限界ギリギリでやる」とか「苦しむ」ことではありません。「過程を積み重ねて目標に到達する」ことです。何も苦しむ必要はなく、ただ毎日淡々とやることをやればいいのです。たとえば1日限界まで苦しんでも「無理をして明日のパフォーマンスに悪い影響を与えた」だけで「がんばった」ことにはなりません。

自分が限界まで苦しむ事が努力だと信じていたら、親は子供の前でいつも何かに苦しんで立証しないといけません。立証したところで多分結果はついて来ません。優秀な子供にさらに努力してほしいと思うなら、さらに大きな目標を提示してあげないといけません。賢い子供ほど、大人に言われたことをただ鵜呑みにして自分にメリットのない努力はしないからです。

私にできることは、毎日小さな過程を積み重ねている自分を褒めること、積み重ねた過程と生まれた結果を認めてもらえない妹を両親の分まで褒めること、そして努力は無理をすることではないと主張し続けることです。

これまで書いたことを頑固者の父にそのまま伝えると「何言ってるかわからんが、とにかく生意気だ」で一蹴されますので、都度言い方を変えながら、柔らかく、しつこく植えつけて行こうと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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