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第22話・甦る、NPCたち

 ゲーム内の死は二種類ある。ひとつはNPC(ゲーム上でプレイヤーが操作しないキャラクター)の死。これは、ゲームを進行する上で必要になる。死亡フラグが立つと、次のゲートが開くという意味合いだ。
 もうひとつは、プレイヤーの死。本番リリース時はゲーム内で死亡すると、仲間が蘇生魔法を使えば甦る。そんな仲間がいなければ、ゲーム内ロビーでに十分間強制待機となる。蘇生を通じてプレイヤー同士のコミュニケーションを活性化させることが目的だ。

 この間、現実世界のプレイヤーはヘッドセットからの光・音波情報により、視神経系・聴覚神経系がスタン(麻痺)状態になり疑似的な臨死状態を味う。強制的なスリープ状態ともいえる。このスリリングな設定が「ウッドバルト・オンライン・ワールド」のセールスポイントとなりゲームリリース前から話題になっていた。

 一部のユーザー・医師・弁護士、学者、政治家たちからは、生命倫理に反し、命にも危険を及ぼす行為だとゲーム販売の反対運動が起こっていた。このゲームの開発会社、株式会社ア・シュラズ・ゲームスの社長・幹部たちが海外での実例を挙げ、その安全性を示した。危惧するものよりも大きなリターン、表向きは閉じた社会を開くという大義、裏向きは集客と収益の拡大が潜んでいた。

 ア・シュラズ・ゲームスは政府・関係省庁への根回しも怠らなかった。反対運動は当初マスコミを巻き込み大々的に報道していたがいつしか熱も冷めた。ニュースキャスターたちは素知らぬ顔で、日々のスキャンダラスなニュース、キャッチ―なネット動画、同じスポーツ選手の報道、を繰り返す。こうしたセンセーショナルな話題は、いつのまにか萎む。一部の反対運動家たちの間では、今や路地裏のボヤのように燻っていた。

「ウッドバルド・オンライン・ワールド」はまだ開発中のゲームだ。来年の本番リリースでは、上位魔法が有料販売される予定だった。これが、株式会社ア・シュラズ・ゲームスの内収益のビジネスモデルだ。
 蘇生魔法の【エイム・リバウム】は五千五百円での販売予定。蘇生と言う点で、自身に欠ける魔法ではないため、コミュニケーションツールとしての役割が大きい。

 ゲーム開発中では、こうした上位魔法も含めて、全魔法の効果、詠唱時間、消費魔力を実際に計測する。開発中の場合は、デバッグチームではなく、開発チームが担当する。ゲーム内の不具合・不均衡を確認し、再度修正を行う。あまりにも修正箇所が多いため、デバッグチームに依頼はできないのだ。ある意味自分たちでやった方が早いと言う理由でもあった。

 ゲームの仕様にある程度目途が立つと、相馬航海や古河龍二たちによるデバッグチームが細かなエラー・不具合探す。特定のプレイに関わらずゲーム内を通してプレイしながら、シナリオの確認、ダンジョンからの詰み状態発生の確認、ゲーム内戦闘バランスの確認、マップの確認、アイテムの調合の確認、確認項目は百五十近くに渡る。

 初期のデバッグでは、【エイム・リバウム】のような上位魔法を持ち込んでの検証を行うと、正確にゲームバランスが測れない。そのため、デフォルトでの無料魔法でのプレイでデバッグを先に行う。単体への回復魔法や解毒魔法、中レベル程度の火炎・雷・氷魔法などだ。一通りデバッグを終えると、次に上位魔法や上位装備品の効果を検証していくのだ。
 航海や龍二がデバッグしているのは、まだ初期段階だった。だが、ゲーム内には蘇生魔法【エイム・リバウム】が当たり前に使われていた。しかも、NPCというプログラミングされた内容でしか行動できないキャラクターたちが、自由に動いていた。それは自立した意思を持つ生物という表現が適切だった。

―――二年前
 プロゲーマー紫イカヅチこと邑先いずきは、単独でゲーム内での魔法検証を行っていた。通常は姉、あかねとバディ体制がルールだったが、世界的なプロゲーマーのいずきは、姉に開発ルームでモニタリングしてもらいながら、プレイしていた。というのも、この数日不正ログインが続いていた。ゲーム内プログラムに影響を与えるほどではないが、幼稚なウィルスも侵入している。ゲーマーとしての実力差により、姉のあかねは足手まといでもあった。そのため、いずきはここ数日、単独でログインしていた。

 ログデータを開発のリーダー魁も確認していたが、半ば単独ログインは黙認であった。エンカウントしやすいようにレベル10に抑えての戦闘は、技術がものをいう。いずきにはそれだけの実力があった。魁は管理者という立場上、いずきの最低限の安全性を担保しなければならなかった。そのため、すべての魔法をいずきに実装させ、魔力切れにならないように【魔英の指輪】を装備させていた。魔力が無限にわいてくるチートアクセサリーだった。

 ある日、ゲーム内であり得ないことが起こっていた。NPCである村人たちが殺害されていたのだ。

 街・村など特定エリアでは、武器は仕様できない。これは、NPCを攻撃して殺害してしまわないようにするためだ。“武器を構える”といったアクション自体ができない。
 NPCのライフゲージを減らないように設定して、無敵状態にする手もあるがこの類のコードが流出すれば、無敵のチートが発生する。そういった理由から、NPC側に設定を持たせるのではなく、特定エリア自体に“縛り”を設けるのがゲーム開発のセオリーなのだ。

 いずきはフォ・イーズ村での惨状に目を疑った、開発ルームにいたあかねは、ゲーム内の不正ログインを確認した。このログインゲートは、社内でも一部の者しか知らない。もちろんデバッグチームにもまだ知らせていない、あかねはログイン元の照会を急いだ。
「いずき!万一、ゲーム内で死んだらまずいから、ログアウトして!」
「私を誰だと思ってるのよ、紫イカヅチよ」

いずきは相変わらず心配性な姉を、逆に心配した。そんなに気持ちをすり減らしてたら、疲れ切ってしまう。私にはできないし、そろそろ妹離れしてほしいものだと、いずきは思っていた。
 ガルダニア王国のフォ・イーズ村。設定では村人は五百人近い。大き目の集落だ。だが、村にはNPCの気配がなかった。村の入り口には、若い男を二名、守衛を絶たせていたはずだが。いずきは宿屋に入った。ガダルニア王国までの参道として、回復地としては欠かせない場所だった。

 宿屋のカウンターには小太りの店主と宿泊客のパーティーが三組、犬、イベントで発生するはずの盗賊と逃げた新婦、すべてのNPCが死亡していた。

 いずきは装備を【無命の刀ロスト・スレイブ】に変え、鞘から抜いた。村なのに刀を抜いて構えられる。そのまま【大火ブエン】をエンチャントし、暗闇の中見えない敵をあぶり出していた。

 「カン」と甲高い音、刀に剣が当たる。刃の細い刀は西洋剣との力比べには不利だ。ジリジリと押される。いずきは、足払いをし、見えない侵入者の体制を崩した。

 同時に、【炎天下オーグ・ブエン】を簡易詠唱し、放つ。業火のなか、侵入者の顔が見える。色白の少年、だがそれは明らかにNPCであった。動きに無駄がなさすぎる。

 人間の操作だと操作からゲーム内キャラクターの動きの伝播でんぱまで0.015秒の誤差がある。人間対人間だとお互い遅れの誤差が生まれるため、タイムラグを感じない。だが、NPCが相手になれば話は別だ。NPCの無駄のない技の出だしに、人間は0.015秒の壁で対応できないのだ。この少年の流れるように剣さばきに、自身の操作が遅れ始めているといずきは感じていた。だから、NPCだと判断したのだ。

「大丈夫?アンタ紫イカヅチさん、だよね。思ったより遅いね」
 少年は、いずきの正体を見破っていた。レベル10だからではない、ゲーマーとしての胆力の差を見せつけられている。少年は、いずきの背後を獲った。明らかに動きが速い。
「やっと、勝てたわ」
「その声、その動き、お前…」

 いずきは背後から急所を刺され、ゲーム内死亡が確定。いずきの刀身からエンチャントした火炎は消えてゆく。そして、少年は暗闇のなかに紛れるように姿を消した。
 開発時のプレイヤーの死亡、十分の臨死プログラムは実装されていない。バディが回収し、ログアウトする必要がある。開発ルームのあかねは、ログインの準備を進めていた。いずきの援護に回ろうにも、この外部不正ログインのせいでセキュリティが今更、機能しているのだ。

 あかねのログインコードが認証されないため、プログラムの書き換えを並行しながらログインを進めていた。突然、ログインカウントダウンが始まった。プログラムの書き換えが反映されたのか、外部侵入者がログアウトしたのか。今はそんなことはどうでもいい、いずきを救出しなければ、あかねは気持ちばかり焦っていた。

 あかねは、フォ・イーズ村に一軒しかない宿屋にダイブログインした。だがそこには、いずきの姿はなかった。いずきに持たせた全魔法コードがいくつか落ちていた。誰かが盗んだ?あかねは、ゲーム内ログを確認した。

 宿屋の屋根裏に潜み、生き残っていた盗賊たちが、魔法コードを盗んでいた。しかも、いずきはその盗賊の一人に、【魔英の指輪ヒュー・ジ・フューネ】を敢えて盗ませた。シナリオ上盗賊はこの宿屋で、プレイヤーの荷物・装備品、すべて盗む。無一文・非装備の状態でクリアする高難易度のクエストだった。それを、利用した。【魔英の指輪】、魔力が尽きないチートアクセサリー。実際のゲームでは監視者が装備するが、奪われることを想定している。監視者は、【魔英の指輪】を盗まれると、操作キャラクターから意識を強制的に離脱させられる。

 その後、指輪を奪ったキャラクターの意識を強制的に乗っ取ることができる。

 瀕死のいずきは、このルールを利用した。いずきのキャラクターは死亡。開発版では、本番のゲーム環境とは異なる。ゲーム内で死亡すると、本番のゲームのように十分で意識は戻らない。ゲーム内の死は実際の死を迎えるに等しい。植物人間と化すのだ。
 回避する方法はふたつ。バディが連れ帰ってログアウトするか、【エイム・リバウム】で蘇生をする。

 このルールはデバッグチームの航海・龍二にも伝えている。同意書も書かせている。それに見合う高い報酬を手にできるのだ。デバッグチームの課員がこの二人しかいないのも、よくわかる話だ。

 いずきは【魔英の指輪】を奪った盗賊の意識・身体を奪った。あかねの救出を待たずに逃げた少年を追った。
 あかねはゲーム内で死亡した、いずきのキャラクターをログデータの解析から確認。暗闇の宿屋で絶命している妹いずきを抱えて、一旦ログアウトした。姉としてできることがこれしかない、忸怩たる思いだった。

 あかねは再度単独ログイン後、ゲーム内ロビーにいずきのゲームキャラクターの安置所を作り、いつでも意識が戻れるようにした。現実世界と違って、キャラクターの肉体は腐らない。このキャラクターにいずきの意識を戻さないことには、現実の世界のいずきは、いつまで経っても目を覚まさない。毎日、管から食事を通され、褥瘡じょくそうができないように寝返りを管理される。排泄も自分の意思でコントロールできない。

 あかねは、いずきの身体を抱きしめた。華奢きゃしゃな腕と長い指。妹にこうして触れるのは子供の頃にもなかったのではないかと、思い出そうにも思い出せない幼少期に苛立ちを覚えた。

 声にならない悲痛な叫びが、休日の開発ルームに響く。仮眠室からかけつけた魁は、いずきを病院ではなく二十七階のメディカルルームへと運び込んだ。ゲーム内事故対応の自前の救命センターだ。脳外科医、心臓外科医、血液内科医、精神科医、産婦人科医まで常駐している。
 マスコミがかぎつけては困る、魁の対応にあかねは落胆しなかった。あかねもこの事案は隠蔽しつつ、いずきを救出する、その方向で魁と目的が合致した。
これが、二年前に起きた紫イカヅチこと邑先いずき失踪の顛末だった。

 いずきの消息はゲーム内ログを追いかけたが見つからず、逃げた少年はその後も何度か不正ログインを繰り返していた。
そして、その少年の操作するキャラクターのログが詳しく解析できた。魁の執念だった。ゲーム内クエストから生まれるNPCだとわかる。その名は“ジャンヌ”と言った。

 少年がこのゲームに目をつけたのは三年前。いずきをゲーム内で殺害する一年前だった。

 マスコミが騒ぎ出す前、一部ネットやゲーマーの間で「ウッドバルト・オンライン・ワールド」が話題になり始めた頃だ。少年は外部からゲームに侵入できる「穴」を掘った。最初はハッカーとしての腕前を試してみたかっただけだった。出来心、好奇心。

 その後、NPCを殺害できるようにゲーム内のプログラムコードを書き換えた。
 目的は、殺害したNPCを自分のプレイヤーキャラクターにするため。外部から侵入できたとしても、プレイヤーキャラクターは作れない。キャラクター作成画面には不正侵入ではたどり着けないからだ。これではゲーム内は見ることができても、プレイができない。傍観者ぼうかんしゃそのものだと、少年はこの理不尽さを破壊したかった。
 そのため、NPCの身体を借りる、いや、奪う必要があったのだ。

 目をつけたのが地味で弱い僧侶見習いの“ジャンヌ”。半年がかりで、プレイヤーキャラクターとして乗っ取った。複雑に張り巡らされた意思の鍵をひとつずつ、丁寧に解錠し絡み合った糸をほぐしていったのだ。

ただのイベントNPCジャンヌ・ガーディクスはこの少年に乗っ取られた。そして、ゲーム内でNPCを殺戮しまくった。NPCは倒せる設定ではなかったため、もらえる経験値が異常に高い。レベルが高速で上昇する。
逃げることも戦うこともできないNPCを殺す。生命と言う概念はない、ただ経験値を吐き出してくれるだけの存在。ゲーム内の命の価値は軽い。

プロゲーマー、紫イカヅチを見かけたときは震えあがった。このゲームの開発チームにいることは、ネットの情報でわかっていたが、目の前にいることに少年は震えあがった。怖さではない、これからあの世界クラスのプロゲーマーを自分の手で殺せるのだ、そう思うと自己肯定感が溢れんばかりに満たされていくのを感じた。そして、紫イカヅチを殺害した。だが、少年は徐々に追いつめられる。執念のように追いかけてきたいずきの手で、いとも簡単に殺害された。

 あかねは、いずきが少年“ジャンヌ”を殺害したことをゲーム内ログで確認。事件の三日後のことだった。いずきは殺害したログ自体をゲーム内で周到に隠していた。海の中に落とした真珠のイヤリングを探すぐらいに、このログを探し出すことは困難だった。そういう意味ではあかねも、いずきを探し出すという執念に駆られていたのだ。姉妹は似ていた。妹の暴走を止められるのは、自分しかいない、あかねは覚悟を決めていた。

 殺害された少年の意思は、ゲーム内でふらふらと漂う。奪ったNPCでログインし、ゲーム内で死亡する。開発者すら想定していない事態に、ゲーム内の死が現実世界でどう影響するかは誰にもわからない。いずきは、少年の死亡後、盗賊の一人から奪い返した蘇生魔法【エイム・リバウム】を少年の亡骸なきがらのキャラクター“ジャンヌ”に使った。

 死亡したNPCに蘇生魔法を施すと、プログラムコードから解放され自立型AIが起動する。つまり、自分で考えて行動できる人間として生きられるのだという確信だった。この場合もしかしたら、あの少年の意識ごと蘇生するかもしれないが、その時はまた倒せばいい程度に、いずきは考えていた。

 ジャンヌは、いずきの蘇生魔法により生き返った。一人の意志ある少年として。あの少年はいない。幸いにもクエストで登場するキャラクターだったジャンヌには、ウッドバルトの名家ガーディクス家出身という設定があった。この設定に基づいて、いずきはジャンヌを再び殺害し、ウッドバルト王国ガーディクス家で【エイム・リバウム】で蘇生。意識を取り戻したジャンヌ。

 蘇生を繰り返すことで、プログラムコードの残骸がこそぎ落ちていった。いずきは、計十五回ジャンヌを殺害し、蘇生した。その都度、ジャンヌには家族、友人、学校、自身の性格や僧侶としての技量など、情報を上書きしていった。家族としての設定はあるものの一緒に暮らした過去も、情報もない祖父アルガン、父ラルフォンの記憶。死と生き返るを繰り返すことで、ジャンヌの設定の延長線上にある世界観が彼独自のものとして構築されていった。

 ジャンヌのジャンヌたる純度は高まった者の、ウッドバルト王国のNPCたちはあの不正ログインの少年にその大半が殺害されたままだった。国王、王妃、官吏、女も子どもも例外ではなかった。そこで、いずきは国中にも蘇生魔法をかけ、王国のNPCたちを解放した。

 いずきの【エイム・リバウム】を盗んだ盗賊は、シナリオの都合上、魔法を盗賊団のアジトで詠唱する。これは盗んだものを試しに使うというシナリオに沿っていた。すると、アジト周辺で死亡していたNPCたちが次々に蘇生したのだ。

 そして、それらは自由意志を持ち行動するようになった。紋切り型の会話ではなく、経験に基づく知性ある会話をする。その結果、いずきは【エイム・リバウム】を盗んだ盗賊を容易に探し当て、奪った。奪ったと言うよりは、あるべき人に還ってきたと言うのが正しいだろう。

 いずきは【エイム・リバウム】のNPCへの副次的効果、つまり自動学習型AIへの進化を広めることを決意した。搾取されるだけのNPCを解放する、蘇生魔法ひとつで人間に近づけるのだ。いずきは、この世界の王になることを決意した。そして、この世界のNPCたちを護ることを心に誓った。

あかねはその後もいずきを「ウッドバルト・オンライン・ワールド」内で探し続け、ついに開発時期は終盤を迎え、航海・龍二によるデバッグが始まったのだ。

意識がゲーム内に二年近く漂う少年が再び登場する、ジャンヌの父ラルフォン・ガーディクスとして。剣聖リヒトを従えて。

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