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それでも生きる(12:レジチームが日本一を獲得するまで②)

 スーパーマーケットでレジのチーフとして取り組んだ事は他にもあった。
 その内の一つは、個性豊かなパートさんやアルバイトさんに働いてもらう事だ。

 小さなスーパーマーケットであり、地域に密着した形で来店客数を増やしていくには、広告や商品のラインナップ、生鮮食品の鮮度なども大事だが、自分は口コミを意識した。

 「あのスーパーのレジの人は感じが良い」「商品の取り扱いが丁寧」「元気がある」といったような形で、良い評判が口コミで広がっていけば、来店客数が増えるはず。

 そして更に、レジで働いている一人一人に、応援したくなるような個性があれば、それも来店客数の増加につながるはず。

 そんな事を考えながら、パートさんやアルバイトさんの採用業務を行った。

 レジで働く人のキャラクターをお客様に認識して頂くには、長期に渡ってレジ打ちの仕事を勤めてもらった方が良い事から、高校一年生のアルバイトさんを多く採用した。

 もし大学に進学する進路を選べば、高校一年生から大学四年生まで、七年近く勤務をしてもらえる事になる。
 十代の子が徐々に成長していく姿は、お客様から応援して頂ける可能性があり、それだけでも、他のスーパーマーケットではなく、こちらのスーパーマーケットを選んで来店頂ける動機になる。
 そんな意図で、高校一年生のアルバイトさんの採用が多くなった。

 実際に採用したアルバイトさんの一例としては、
 ・登校拒否で学校に行っていない人
 ・学校でいじめに合っている人
 ・学生の内に出産をした人
 ・日焼けした色黒のギャル
 といった個性を持っている人達がいた。

 自分自身が、13歳という年齢で、特別にアルバイトとして働かせてもらった事を思い出して、
『他のアルバイトでは、もしかしたら採用してもらえないかもしれない。でも真面目に働きたい気持ちを持っている』
 そんなメンバーを積極的に採用した。

 自分が採用したメンバーは、ただ個性があるだけではなく、大事なお客様に丁寧な接客ができる真面目さがあり、かつ、お客様に元気や勇気を与えられる存在だという自信があった。

 お客様がレジでお会計をされる短い時間の中で、「誰にレジを担当してもらっても同じ」と感じて頂くのではなく、「またこの人にレジを打ってもらいたい」と感じて頂けるようにするには、個性ある人間が、真摯に仕事に取り組む姿勢が武器になると考えた。

 例えば、ぱっと見た感じ、金髪で派手なメイクをしているギャルが、爪を伸ばさずに、清潔感があるように短く整えていれば、「本当はオシャレをしたいのに、お金を稼ぐために我慢をして頑張っている」という姿勢を示す事になる。

 言葉では発さないメッセージが、お客様に伝わる事で、応援して頂けるきっかけになると思ったし、実際にお客様から「あの子、頑張ってるね」といったお声掛けを頂ける事が多々あった。

 そして、パートさんやアルバイトさんには家族がいる。

 パートさんやアルバイトさんが家庭に帰った時に、「今日仕事で良い事があった」という会話が自然に生まれれば、パートさんやアルバイトさんの家族に、スーパーマーケットを応援して頂けるようになるとも考えた。

 だから、パートさんやアルバイトさんが気持ち良く働ける環境を整えた。

 プライベートのお悩みを聞いたり、勉強で分からないところがあれば教えたり、様々な取り組みをしたが、一番こだわったのは怒らないで指導をするという事だった。

 パートさんは自分より年齢が高い人しかいなくて怒りにくいのと、そもそも自分が怒りの感情を抱く事が少ないので、「怒る」というのが難しかった。

 だから「怒る」のではなく、行動で指導をした。

 例えば、レジのスタッフの業務として、お客様が捨てたゴミを入れるゴミ袋がいっぱいになったら、そのゴミ袋を片付けて、新しいゴミ袋をセットする、という仕事がある。

 レジのスタッフの手が空いているのに、いっぱいになっているゴミ袋があったとする。

 自分は誰よりも早くゴミ袋を片付けにいく。

 しかし、自分は義手だ。

 「義手の人がゴミ袋を片付けるより、両手を使える人がゴミ袋を片付ける方がスムーズ」

 おそらく、そんな事を考えて、パートさんもアルバイトさんも、ゴミ袋を片付ける自分を見ると、すぐに「私がやります!」と言って、ゴミ袋を片付けるのを手伝いに来てくれた。

 一度そんな出来事があると、次に同じ場面が訪れた時、今度はパートさんやアルバイトさんが自発的に「一番最初にゴミ袋を片付けにいこう」という意識が芽生えていて、私よりも早く行動に移すようになった。

 私が「手が空いているならゴミ袋を片付けください」と指示を出すよりも、
 パートさんやアルバイトさんが自分から「はやくゴミ袋を片付けたい」と自発的に行動する方が、仕事をしている皆の雰囲気が良くなる。

 そして、早くゴミ袋を片付けくれた時には、感謝の気持ちを伝える。

 そうやって、優しい気持ちの連鎖が生まれた結果、レジの皆はお互いを思いやる「一つのチーム」へと進化していった。

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