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塩野秋
2020年7月19日 21:06
わたしが目を覚ますときは、いつも夕陽が隣にいる。 今日も保健室。重い瞼の下で目を動かすと、わたしの手を握る夕陽と目があった。 外は薄暗い。彼女は電気もつけずに、わたしの目覚めを待っていた。「おはよう明衣」 彼女はわたしの名前を呼ぶ。きっと両親よりも彼女のおはようを聞いている。 重い体を起こし、夕陽の肩にもたれかかる。セーラー服の襟の、少しごわごわとした感触に顔を埋める。夕陽の柔らかなボ
2020年4月29日 21:38
ほんものの星 きみに憧れたことを許してほしい。 夜の、強すぎる街灯の光に照らされたつまさきを見つめながら、わたしはそう思った。 急に立ち止まってしまったことに、きみは気づかないで進んでいる。足音でわかる。でも、歩みはゆっくりで、たぶん今気づいたのだ。でも戻ってこようとしない。わたしは顔をあげない。 なんだか、どうしてか、顔をあげたら泣いてしまいそうな気がする。 きみに出会ってからいつ
2019年1月25日 07:51
「もう一回言って。ひと」 彼女は編み物をしながら言う。なかなか答えないでいると、ちらりと視線だけを寄越される。むっとつぐんだ口を動かし、ため息をつく。「しと」 ふふ、と彼女は笑う。「江戸っ子ってほんとうにひ、がし、になるのね」「もういい? 満足した?」 うんざりした声に、彼女はますます上機嫌になった。もう編み物の手は止まりつつある。膝に編みかけの赤い手袋を置き、ぱっと顔を上げる。「コ