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書評:コンスタン『アドルフ』

フランス政治思想家による唯一の小説

今回ご紹介するのは、19世紀フランスで活躍した政治思想家バンジャマン・コンスタンによる唯一の小説、『アドルフ』という作品。

いきなり余談からとなるが、光文社古典新訳文庫は、海外古典文学の出版としては最後発の部類に位置していながら、王道作品を斬新な新訳で展開する主戦略と、これまでの翻訳界から見ると「かゆいところに手が届く!」と思わず膝を打ちたくなるような選書をする副戦略が見事に噛み合って、もはや海外文学ファンにとってなくてはならないシリーズとなっているのではないかと思う。

今回ご紹介の『アドルフ』などは、正に後者の典型ではないだろうか。

さて、本作である。

主人公アドルフは、学業でも暮らしでも全てにおいて如才なく、要領のよい優秀なタイプの青年。
しかしそんな彼には、恋という未知の経験領域があった。

彼の父が女性との交際について比較的開放的な考えを持つ人物であったことも影響し、さしてハードルの高いものではないはずの恋なるものについて、経験がないということに焦りを抱いてしまっていたのかもしれない。
言わば恋に恋する思春期の青年と言えるだろう。

そんな彼に、1つの出会いが訪れる。

エレノール婦人は、アドルフを十も上回る淑女。
生まれや生い立ちにこそ権威はないものの、ある男爵の後妻として娶られ、貞淑な生活を営むことでようやく社交界からも受け入れられ始めた女性であった。

アドルフは初恋の相手として申し分なしと言わんばかりに、策を練ってエレノールを口説こうとする。
しかし、男爵による庇護と社交界での立場を反故にできないエレノールは、一度はアドフルからの誘惑を断る。

そのことからアドルフの気持ちは、「恋への恋」と「エレノールへの恋焦がれ」が混濁したものとなっていく。

こうした無自覚な気持ちの変化は、持ち主に焦燥をもたらしていく。
こうなっては、アドルフは何が何でもエレノールを口説き落とさずにはいられなくなり、必死のアプローチの末、遂にはエレノールに恋を受け入れさせることに成功した。

しかしそこから直ちに2人のすれ違いが始まってしまう。

男爵のもと貞節に過ごしてきたエレノールであったが、本来は愛し愛されることを生きがいとする女性であった。
アドルフと共に過ごす時間を大切に思い、互いの愛を伝え合うことにこそ幸福を感じる。

他方のアドルフは、恋に恋する思春期の未熟な青年そのもの。
一度エレノールとの恋愛関係を手に入れてしまえば、エレノールからの過度の束縛を嫌い、自由を渇望するようになる。
それでいて、関係を解消するという選択がエレノールを傷つけてしまうのではないかと恐れるという、本人は優しさとでもいうつもりなのだろうが、本質的にはエレノールを傷つけてしまうような自分にはなりたくないという「自分可愛さ」から、エレノールとの関係をズルズルと続けていくのだ。

エレノールはそんなアドルフの心理に全て気が付いている。
しかし彼女がただ望んでいるのは、アドルフからのシンプルな愛情表現のみ。
それを望むことがそれ程な高望みだとはどうしても思えず、自身はただひたむきにアドルフを愛し続けようとする。

しかしそんなすれ違い状態はやがてエレノールの精神を蝕んでいく。

男爵からの逢引きへの嫌疑の起こりや、アドルフの父からの学業への集中の要請など、周囲からの影響も相まって、2人のすれ違いはいよいよエレノールを決定的に打ちのめすにまで至ってしまう。

本作はエレノールがアドルフに宛てながら渡さずにおいた手紙によって締めくくられる。
そこに描かれたエレノールの気持ちは、アドルフのような自己愛性恋愛気質の若輩者の性質を鋭く穿つものであった。

「わたしが苦しむのではないかという想像はあなたを苛むのに、実際に苦しむさまは、あなたを制することができないのです!」

恋や愛に純粋はあるのか。
エゴから解放されえない人間にそれは可能なのか。
恋愛文学における永遠のテーマの1つかもしれない。

非常に完成度の高い作品であった。

読了難易度:★☆☆☆☆
恋愛テーマ普遍度:★★★★☆
悲劇度:★★★☆☆
トータルオススメ度:★★★★☆

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