幽刃の軌跡 #60
第60話「波濤を越えて」
時は遡る――瀬戸内の乱終戦後、九国・関門湾にて。
濃霧の中、九国の戦士・西東大森は、瀕死の高知竜馬を担ぎ、波間を進んでいた。乱戦場から命からがら逃れ、目的地である出雲港を目指す二人の姿は、荒波に呑まれそうな小舟のようだった。
西東:「もうすぐで……着きます……!」
ボロボロの竜馬は意識が朦朧としていたが、かすかに笑みを浮かべて言う。
竜馬:「すまねぇ……あんなんおるとは聞いとらんかったわ……俺はもう無理かもしれん……」
西東:「竜馬殿!そんな弱気なこと言わんでください!」
竜馬:「すまねぇな……ちと力使いすぎたき……」
西東:「もうすぐです。必ず、助けますから……!」
九国と四国、そして平安最南の地に広がる関門湾。この広大な海域には、九国側の玄関口として「出雲港」と呼ばれる入江があった。
その出雲港に近づくと、見張りの声が響く。
「おい!向こうから……人影だ!すぐに別府隊に知らせろ!」
人々が慌ただしく動き出し、この港を管轄する別府隊が現れる。
別府隊員:「あれは……高知と西東ではないか!すぐに助け舟を出せ!」
舟が出され、二人はようやく港に上がる。別府隊員たちは手際よく応急処置を施し、救護専門隊・阿蘇隊に連絡を入れた。そして、九国本陣を守護する出雲隊への伝令もすぐに送られる。
別府隊療養所――。
ベッドに横たわる二人のもとに、別府隊リーダー・山口有明(やまぐち ありあけ)が姿を見せる。険しい表情の山口は、重々しい声で口を開いた。
山口:「よう、生きとったんやな。お前らにはちと大きすぎたか……この案件は……」
西東も竜馬も、言葉を返す気力はなく黙り込んでいる。
山口:「で……なにか収穫はあったんか?まぁええわ。阿蘇隊に治療してもらってからゆっくり話を聞くわ。」
その後、到着した阿蘇隊が二人の治療を開始する。阿蘇隊リーダーの奈良琉生(なら りゅうき)は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
奈良:「まぁ、ひどい状態ね。こんなになるとは、よほど強い相手だったのね……少しばかり時間はかかるけど、耐えてね。」
同時刻、九国本陣――出雲隊駐屯地中央に構える九国元帥・以東哲文(いとう てつふみ)は、伝令部隊からの報告を聞き終えた。
伝令:「瀬戸内の乱にて高知竜馬と西東大森が負傷。命からがら帰還しました。戦の詳細は、別府隊山口リーダーによる聞き取りの後、正式に報告されます。」
以東:「結局今回も、平安侵略計画は無駄に終わったちゅうことか。」
場の空気が凍りつく中、以東は重々しく言葉を続けた。
以東:「まぁええわ。山口に急いで聞き取りを進めさせろ。俺が城の御上に報告する。」
療養所では、山口が苛立ちを募らせていた。奈良があざ笑うように言葉を放つ。
奈良:「失敗だったわね、今回も。」
山口:「あぁぁぁ!!!」
山口は怒りに任せ、周囲のものを荒々しく蹴散らす。奈良は涼しげな表情で続けた。
奈良:「まぁ、相手も本気なんでしょう。前回の内乱の時も壊滅には至らなかったし……そんなに怒らないで。」
その時、色白で長髪の男が姿を現した。東薩摩隊リーダー・稲垣大輔(いながき だいすけ)だ。
稲垣:「おやおや、えらい騒いでますね。戦場で暴れるのはともかく、ここでは控えてくださいよ。」
山口:「貴様!稲垣!なにしに来た!」
奈良:「まぁまぁ、稲垣君。今日も素敵ですわ。」
稲垣は軽やかに言葉を交わしつつも、冷静な目で状況を見極めていた。
稲垣:「ただ情報をもらいに来ただけですよ。高知と西東の話を聞きたくてね。」
山口:「……勝手にせぇ。ただ、奴らが回復してからや!」
稲垣は微笑みながら応じた。
稲垣:「もちろん。それまで待ちますよ。」