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まっちBOX Street 06-b 掌編小説

まっちBOX Streetという掌編について

1995年から2001年まで、福井県の無料自動車情報誌に連載していたものです。
当時のデータがあり、そのままの形で転載します。
73編あるのでぼちぼち公開します。


No6-b イブの日の女の子

その女の子はわりと大きめの箱を抱えて、郊外の道路沿いにたたずんでいた。おずおずと左手の親指を立てている。ヒッチハイク。そう気が付いて勲はハイエースを止めた。
「どこまで?」
女の子はまだ高校生のように見えた。もちろん、じっくり見てみればもっと年上だ。スリムなジーンズにセーター、赤いコートを羽織っているから若く見える。
「ほんとは東京までいきたいんです。だから、そっち方面ならどこでも」
「それじゃ、東京行の車が多いところへいかなきゃ。高速のインターとかさ」
彼女はがっかりしたようだった。
「でも、運がいいよ。いまから浅草まで行くんだ。乗って行くかい?」
彼女の顔がパッと輝いた。あわててドアを開けてよじ登るように助手席に座る。そのとき、勲は彼女が箱以外に荷物をもっていないことに気が付いた。
「夕方すぎに着けばいいんだ。だから、急がないけどいいかい」
「今日中に着けばいいです」
彼女はきっぱりと言った。

「旅行なの?」
勲の問いかけに彼女は小さくうなずいた。緊張しているのか、ずっとこの調子だ。
「よくヒッチハイクするのかい」
彼女は小さく首を振った。言われなくても分かる。今回が初めてのヒッチハイクだ。止まったのも勲が初めてかもしれない。
「あのねぇ、いいたくないけど、話しかけられたらおしゃべりの相手くらいしなきゃね。乗せてもらってるんだから、それくらいサービスしないと」
郊外の車の流れは順調だ。ラジオからはひっきりなしにクリスマスソングが流れてくる。仕事用の古いハイエースにはカセットもついていない。これから何時間もクリスマスソングばかりだと思うと気が重くなる。
「初めてなんです」
彼女がポツリと言った。
「ヒッチハイク」
「家出じゃないんだろうね。荷物もないようだけど」
「違います」
彼女は勲の方を見て言った。
「実は車で来たんです。ガソリンがなくなって、入れようと思ったら、財布も何もかも忘れてたことに気が付いて」
勲はため息をついた。現実にはとんでもないことが時々起こる。
ハイエースが急な上り坂でブルブル震える。勲はギアを一段落とした。ディーゼルエンジンがうなりを上げて元気になる。
「誰かにもって来てもらえばいいのに。電話代くらい誰か貸してくれるよ」
彼女は首を振った。
「間に合わないから」
ひざの上の箱を彼女は見下ろした。
やれやれ、そういうことなのだ。ヒッチハイクなら、今日中に着くかもしれないと賭けたに違いない。
ラジオからはクリスマスソングが流れてくる。一体誰がイブには好きな人と一緒にいなければならないと決めたのだろう。
ついでに、ほかの誰かのためのケーキをもった女の子を、隣に乗せている自分がなんだか滑稽だった。

少し早めに高速に乗る。足の速い大型が邪魔だと言わんばかりに抜いて行く。風圧に車が揺れる。
とりあえず隣に誰かいるというのは落ち着くものだ。いつもなら文句を言いながら、わが家のガレージに眠っている愛車サーブを恋しく思うものだが、今日は違っていた。
パーキングエリアに入り、お金の無い彼女に食事をおごると、女の子はつまらない冗談にも笑うようになっていた。
東京へはまだもう少し。静岡は広いし、まだ山越えもある。
「でもさ、女の子一人でヒッチハイクはやっぱり危険だよ。これからはやめたほうがいいと思う」
「一応、空手の黒帯ですから。でも、これで最後にします」
彼女はにっこり笑った。
「よく、ヒッチハイクの人を乗せるんですか」
勲はうなずいた。
「昔、付き合ってた女の子が東北に引っ越ししたことがあってね、会いに行ったんだ」
「会えたんですか」
「いろいろあって会えなかった。でも、刺激的な旅行だったよ。よくヒッチハイクした。けっこう止まってくれるんで驚いたね」
「あたしも驚きました」
「一度なんか、外車に乗った美女が止まってくれたんだ。一瞬期待したけど、こちらの顔を見てあわてて逃げて行ったなぁ。血走ってたのかな」
彼女はおかしそうに笑った。
「その旅行で、いろんな話を聞いたりおごってもらったり。落ち込んでいる僕を励ましてくれた人もいたよ。魔法のような旅だった。で、おとなになったら、今度はお返しをする番だと思ったんだ」
彼女はうなずいた。
「最近はあんまりハイカーがいないんで、君を見つけたときは嬉しかったね」
「あたしも、これからは乗せなくちゃ」
彼女は言った。
「そういえば突然なんです。ケーキを焼きたいって思ったのは。どうしてももって行きたいって思ったんです。それで、列車にのりそこねて」
彼女はぽつりと話し出した。
「本当は、彼に今年は帰らないって言われたんです。行こうかって言っても、はっきりしないし。それじゃ意地でもいきますって宣言して、ケーキを焼きたくなって……。自分でこだわってるだけかも知れないけど、女の子っぽいことがしたくて……」
彼女は力を込めて言った。
「イブにも特別な魔法があるんですよ」
勲には彼女こそ、魔法にかかっているように思えた。

二人が横浜を抜けたのは夕暮れだった。
空気の匂いが変わる。気温がぐっと暖かくなるのが分かる。
東京は不思議な街だ。どこの都市とも違っている。街を抜けても街が続く。永遠に東京から抜け出せないようだ。
勲は東京が好きでもあるし嫌いでもある。それは、ニコチン中毒がタバコをやめられないのに似ている。
「東京は、たまに来るの?」
彼女は軽く首を振った。
「街全体がクリスマスツリーみたい」
「そうかな。イブだからね。首都高に乗るときれいだって思うこともあるけどね」
彼女は窓の外を見ている。
勲は、タバコに火をつける。
ラジオからはクリスマスソング。
「彼氏によろしくね」
「はい」

上野で首都高を降りた。上野駅なら、彼女を降ろしても大丈夫だろう。
勲は自分がサンタクロースになったような気分だった。それは特別な日だったからかもしれないし、恋をする女の子の毒気のようなものに当てられたのかもしれない。
勲は車から降りた女の子にテレフォンカードと、千円札を一枚渡した。彼女は素直にありがとうと言った。
「迎えに来てもらいなさい。クリスマスだものきっとうまく行くよ」
彼女は黙って立っていた。
ハイエースはぶるんと震えると、ゆっくりと走りだした。

品物は、アンティークのいすとテーブルだった。ずっしりと重い。毛布と布団を挟めながらハイエースに積み込んだ。
補修の終わったばかりの家具を、明日の朝までに客に届ける。だれかの高価なプレゼント。そのあとはぐっすりと眠るのだ。
古物屋の店長が赤いリボンをしたアンティークドールをもって来た。これは、別な人のプレゼント。夜のうちにこっそりと子供の枕元においてくれという。
「大変だね、サンタ役も。そういえば、来るときも大変だったんだって」
「まあね。でも、楽しかったですよ」
「ちゃんと住所と電話番号を教えた? あるいはそれがきっかけでなんてことあるんじゃないの」
「まさか。そういえば、名前も聞いてなかったなぁ」
「それじゃ、奇跡でもないと無理だね。毎年サンタじゃなくて、なにかプレゼントされる方にならなきゃ」
店長は肩をポンとたたいて言った。
「ところで、お客さんだよ」
振り返ると彼女がいた。箱を抱えて。
「このお店の名前だけしか知らなくて」
彼女が微笑んだ。勲は肩をすくめた。
「彼に電話は?」
彼女は首を振った。
「街を歩いてたら、自分が来るところじゃないって。そう思ったら、どうでもよくなって、魔法が解けちゃいました」
彼女は左手の親指を立てた。
「帰りの助手席、予約していいですか」


No6-bについて 1995年12月


なんでこの月2編もあるんだろう? ヒッチハイク。昔はよくやりました。今は乗せたいと思っても、私の生息エリアでは見かけないですねぇ。


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