変わっちゃったねと言われた話。

こんばんは、焼却炉です。今日人生で初めて髪を染めました。ちょっとだけ明るい色になった…はず?

今日はなんとなくもやもやしたこの気持ちを言葉にすることで具現化して、ごみを捨てるが如く、気持ちを整理しようと思います。


縁を切ったこと

以前、心の葬式のどれかで縁を切った元友達の話をしたかな、と。その元友達と縁を切ったことをこれまた心の葬式のどれかで話した無自覚マウント人間の友達や、共通の友人に話した時のこと。

「なんか(本名)変わっちゃったね。」「もうちょっと話しても良かったんじゃない?」「いや、自分はそんな簡単に人と関係切ることできないからすごいなって思うわ。」

自分がものすごく冷酷な人間になった気分だった。私は単純に、その元友達に自分の時間や心を消費するのを止めただけ。たったそれだけのこと。今までが消費しすぎていたのだと、私は思っている。でも、いままで相手してきた人間が相手するのを止めると、周りは冷酷になった、そう評してくる。今までそれが当たり前だったから。私が相手するのが役割だったから。でも、不公平だと思った。約束を破られて、迷惑を被って、そのたびに失礼だと諭して来た。他の人がいる時はフォローもした。その子の不満は私の元に集まってきた。でも、私はごみ箱じゃないから。もう、ごみを渡されたくない。私の好きなもので心を満たしたいだけなのに、なんで周りの人が作ったごみを私のところに持ってこようとするんだろう。


なにもくれない人にあげつづけても意味がないということ。

私自身も、気づかないところで誰かから搾取をしているのかもしれない。何もくれないと思っている人が実はなにかくれていたのかもしれない。それがコミュニケーションの難しいところだと思うし、面倒だなと思う。もらったらもらっただけ返さないといけないなと思うし、あげたらあげただけ返ってこないと悲しい。だから、あげる量を減らせばいい。しんどかったらなくしてしまえばいい。人間関係はお互いの努力で成り立つものであって、片方に負担が集中することは関係性として無い方がいい。そう思えるようになってきた。まだ、あげる癖は直らないけど。でも、あげたくないなって思えるようになってきた。こんな人なら私の人生に必要ないなって思えるようになってきた。この人がいたところで意味ないなら別に何も話さなくても、関係性を保たなくてもいいなって思えるようになってきた。それを少しずつ行動に移せるようになってきた。自分がなるべく誠実に人と接して、それに返してくれる人なら、全力で大事にしようと思うし、そうでない人なら切り捨ててしまえばいい、この考え方が、きっと周りの人達にとっては、変わって「しまった」と思われるのだろう。でも私はもう、私の心を守りたい。私の好きなものを守りたい。何も奪われたくないし、無駄な消費もしたくない。そんなのは、皆思っている事なのに、何故一部の人はそれを許してくれないのだろう。

そういう人達の断捨離が出来るくらい、自分の考え方に自信が持てるようになるといいな。自信を持って私から、その人達を捨てられるように。


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