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ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則 6章 システムを管理する

枠組みの中の自由と規律

 コックピットの機長席に座ると多数の複雑なスイッチや計器があり、8400万㌦の巨大な機械に責任を負うことになる。パイロットはフライト前のチェック項目を点検している。順を追って、組織的にすべての項目をチェックする。パイロットはきわめて厳格な枠組みの中で働いている。この枠組みから離れる自由は持っていない。しかし、同時に、離陸するか、着陸するか、着陸をやめるか、別の空港に向かうかの決定的な判断はパイロットに任されている。
 良好から偉大に飛躍した企業の内部の動きを見ていくと、航空機パイロット方式のうち、最善の部分を思い出させる。つまり、高度に発達した枠組みの中での自由と責任である。従業員はみずから規律を守るので、人ではなく、システムを管理している。

起業家精神の死

 ベンチャー企業の成功は、創造力と想像力、未知の領域への大胆な進出、先見性に基づく熱意による。しかし、会社が成長し、事業が複雑になると足をすくわれるようになる。従業員が増えすぎ、顧客が増えすぎ、受注が増えすぎ、製品が増えすぎる。かつては楽しくてしかたなかった仕事が、混乱の極みを迎える。計画がなく、経理体制がなく、システムがなく、採用基準がないことから問題がつぎつぎに出てくる。顧客に関する問題、キャッシュフローの問題、スケジュールの問題である。
 誰かがこう言いだす。「大人になる時期が来た。経営管理のプロが必要になってきた」。こうしてMBAを雇うようになり、手順や手続き、チェックリストがはびこる。かつての雰囲気がなくなり、階層構造がつくられ、指揮系統が姿を現し、「われわれ」と「やつら」の区別が出現し、普通の企業に近づく。そして、創業当時の幹部が不満を口にするようになる。「この会社も面白くなくなってきた。以前なら仕事に必死だった。いまでは馬鹿げた書類を書くのに時間をとられ、馬鹿げた規則を守らなければなくなった。最悪なのは何の役にも立たない会議で馬鹿のように時間をとられるようになった」。興奮を呼んだベンチャー企業も並の企業になり、これといって強みのない企業になる。凡庸さという癌が猛烈に増殖する。

官僚制度の弊害

 バイオ企業、アムジェンのジョージ・ラスマンは起業家精神の死をもたらすこの悪循環をうまく避けてきた。官僚制度が規律の欠如と無能力という問題を補うためのものであることを理解していた。ほとんどの企業は、ごく少数、バスに紛れ込んだ不適切な人を管理するために官僚的な規則をつくる。すると、適切な人たちがバスを降りるようになり、不適切な人たちの比率が高まる。すると、規律の欠如と無能力という問題を補うために、官僚制度を強化しなければならなくなる。すると、適切な人たちがさらに去っていく。まさに悪循環に陥るのである。

コッテージ・チーズを洗う規律

 調査の過程で、いくつかの言葉に繰り返しぶつかることが印象的だった。「規律」「厳しい」「根気強い」「断固として」「熱心」「几帳面」「組織的」「綿密」「整然と」「職人のように」「厳格」「一貫性のある」「絞り込んだ」「責任ある」といった言葉が、飛躍した企業に関する記事、インタビュー、原資料には繰り返し使われていた。が、比較対象企業の資料には驚くほど見当たらなかった。飛躍を遂げた企業の人たちは、それぞれの責任を果たそうとする意欲が極端に強く、熱狂的ともいえる。
 「コッテージ・チーズを洗う」と表現したのはこの点である。これはハワイの鉄人レースで6回優勝したトライアスロンの世界的スター、デーブ・スコットの逸話にちなんだ表現である。スコットは毎日の練習で、平均して自転車で120km、水泳で20000m、ランニングを27kmを一日も欠かさずこなしている。太りすぎるはずもない。それでも脂肪分が少なく、炭水化物が多い食事をとれば、さらに能力が高まると確信している。そこで、毎日の練習で5000カロリーを消費していながら、文字通りコッテージ・チーズを洗って脂肪分を少しでも取り除いた後に食べるようにしている。勝つためにはコッテージ・チーズを洗わなければならない証拠があるわけではない。核心はそこにはない。小さなことだが、この小さなことによって自分の力がさらに強まると本人が確信している点にこそ核心がある。突飛な比喩であることは承知している。しかし、偉大になれた企業の理由のかなりの部分、慎重に選び抜いた分野で世界一になるために必要なことはすべて行い、一層の改善を常に目指す姿勢、この規律にある。秘訣はこれほど単純で、これほど難しいことなのだ。

必要なのは文化であり、暴君ではない

 もう少しでこの章のテーマ「規律の文化」を取りあげない、という決定を下しそうになった。なぜなら、比較対象企業も飛躍した企業と変わらないほど規律がしっかりしていたからだ。しかし、さらに追求した結果、1つの点が明らかになった。表面は似ているものの両者には規律に関する考え方に大きな違いがあった。
 それは、偉大な企業では、第五水準の指導者が持続性のある規律の文化を築いていた。一方、比較対象企業では、第四水準の指導者が強力な力を発揮し、ひとりで組織に規律をもたらしていた。暴君が持ち込んだ規律によって目ざましく業績は伸びるが、その後、目ざましいばかりに転落する。転落するのは規律をもたらした経営者が去って、持続する規律の文化を残さなかったときか、規律をもたらした経営者自身が規律を失い、3つの輪が重なる部分からさまよい出たときである。
 クライスラーのアイコッカが後者の例である。周囲を圧倒する個性を生かして組織に規律を持ち込んだが、自由の女神像の修復責任者になり、議会委員会の委員になり、二冊目の本を執筆し、新聞にコラムを書き、イタリアに農園を買ってワインやオリーブオイルをつくり、マセラッティーに巨額を投資した。「数年前の手術で生き延びたのに、またも悪い生活習慣に戻ってしまった」と同社の経営幹部は評している。

ハリネズミの概念を徹底して守るには規律が必要だ

 偉大な実績に飛躍した企業は成長の過程で、きわめて単純な原則を守っている。ハリネズミの概念に合わないものはやらない。関連のない事業には進出しない。関連のない買収は行わない。合弁事業には乗り出さない。自社に合わないことは行わない。例外は認めない、である。
 大きな機会にぶつかって「ありがたいが見送りたい」と言うには、規律が必要だ。一生に一度の機会であったとしても、三つの円が重なる部分に入っていないのであれば、飛びつく理由はない。偉大な企業になれば、そのような機会にたくさんぶつかるようになる。
 飛躍した企業の動きを後から振り返ってみると、驚くほど大胆な行動をとっていることが分かる。つまり、資源をひとつか少数の分野に振り向けている。三つの円が重なる部分を理解できると、大胆な賭けに保険をかけることはまず起こらない。クローガーは事業を完全に転換してスーパーマーケット網を作り上げた。アボットは医薬品を捨て、診断と病院用栄養剤で世界一になるために資源の大部分を投入した。ウォルグリーンズは外食産業から撤退し、利便性の高いドラッグストアというアイディアに全力を投入した。ジレットはセンサーに、ニューコアは電炉に全力を投入した。キンバリー・クラークは製糸工場を売却して消費財事業にすべての資源を集中させた。
 最も効果的な投資戦略は「正しく選択した分野への非分散型投資」である。正しく選択するとは、ハリネズミの概念を獲得することを意味する。非分散型とは三つの円の重なる部分に十分に投資し、それ以外の分野の活動をすべて取りやめることを意味する。
 「正しい選択」はどうしたらわかるのだろうか、調査の結果、すべての要素を揃えていけば、正しい選択を行うことはそれほど難しくはないということが分かった。つまり、第五水準の指導者がいて、適切な人をバスに乗せ、厳しい現実を直視する規律を持ち、真実に耳を向ける社風をつくり、評議会で三つの円が重なる部分で活動することを確認し、すべての決定を単純明快なハリネズミの概念に従って下し、現実の理解に基づいて行動する。これらのすべての要素を揃えていれば、大きな決定を正しく行えるようになる。
 最大の問題は、正しい選択が何なのかが分かったとき、正しいことを行う規律をもち、それと同様に大切な点として、不適切なことを止める規律を持つことである。

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