『旅のラゴス』を読んで考える、現代社会の正解とオルタナティブ(16/50)
最近、学生の皆さんに「面接が苦手で上手くいかない」と相談いただきます。単純に慣れの問題もあるとは思いますが、就職活動をしていると、自分に自信を持てなくなる瞬間が来る人も多いのではないでしょうか。最近、「自信をなくすこと」について個人的にも考える機会があったので、今回はこのテーマについて書いていきたいと思います。
私が自信をなくす時、基本的には思い描いた理想像と現実の自分に乖離が起きています。テストの点が低かった時や、仕事において努力したと思っても成果が出なかった時。これは、社会的な正解を出せなかった時と言い換えることができます。
これまでこのnoteにおいて、よく資本主義社会における正解とそれ以外の側面とについて触れ、特に「それ以外の側面」にスポットライトを当ててきた自覚があります。俗に「オルタナティブ」と表現されるこの側面ですが、「ポスト資本主義」という言葉に代表されるように、成果主義・能力主義から一定の距離を置き、多面的な視点から人物を評価するという気運が直近の思想トレンドとして挙げられるのは事実です。「心にのこるザラつきに寄り添う」をテーマとしてきたこのnoteにおいて、この側面をピックアップしてきたことが間違っていたとは思いませんが、一方で、就職活動における1つのゴールが内定を獲得することであるならば、当然こちらの面だけについて語るわけにはいきません。正解とオルタナティブ、この二面性を持つ現代社会において、どちらか一方のみからの視点で物事を語るということは、誰かを救済しながら別の誰かからは逃げている、そんな状況を脱しえないからです。
筒井康隆著『旅のラゴス』は1989年に出版されたSF長編で、ほそぼそとロングヒットを続けた後2014年に再ブレイクし、増刷10万部を記録した作品です。本の内容は、達観した人格者の男性ラゴスが、世界中を旅をするというもの。ファンタジー色の強い本書の世界において、主人公は王になったり奴隷になったり、それなりに濃い人生を体験するのですが、いかんせん主人公が達観しすぎているため、字面ほどのハラハラドキドキはありません。
温暖な平原をワープするところから物語は始まり、街を越え、港を越え、砂漠を越え。山賊に捉えられて鉱山で数年間働いたかと思えば、滅びた文明の英智を記した図書館を見つけて十年単位で知識を蓄えて国を作り、王になり、またその全てを棄てて旅に出ます。ラゴスの周りで国や時代は変遷し、変化とともに、良しとされるものや価値観は変わります。その中で、ラゴスは一貫して、頼りがいのあるイケメンとして描かれています。
初めて本書を読んで以来、不思議な魅力のあるこの主人公に対して手放しに憧れを抱いているのですが、彼の魅力の所以は、まさに正解とオルタナティブ両面を手にしているところにあると思っています。彼は王になろうと奴隷になろうと一貫して謙虚であり、どのような価値観に対しても寛容であり、全てを手にしてもなお、全てを手放す勇気を持っています。卑屈になったり言い訳をしたりせず、運命を受け入れ、価値あるものを得るために十年単位の努力を厭わず、過程も結果も自分のものにする、そんな人間です。
これがもし、ラゴスが地位やお金に固執する人間だったり、はたまた卑屈に現実逃避をしてばかりいるキャラクターであれば、この本は全く別のものになっていたでしょう。
このnoteを書いている時、リーダーが「利き目みたいなものなのかな」と、素敵な表現をくださいました。世界を右から見ても、左から見ても、どちらかに負荷がかかり、視力は弱ってゆく。その状況を避けるために、私たちは真っ直ぐ目の前を見て、世界に向き合う必要があるわけです。名著というものは往々にして多面的に物事を見る手助けをし、正解からこぼれ落ちた場所にスポットライトを当ててくれます。一方で私たちは現実世界に生きていて、生きているからには正解をモノにしなければならない。そんな日々において、私は知識や先人の知恵に、あぐらをかいて甘えてはいなかったか。今回のテーマは、自分自身にも問い直す良いきっかけになりました。
正解もオルタナティブも諦めない、というのが現段階における私の暫定解です。これは就職活動においても人生における他の局面においても、結果に繋がらないことを否定せず、それでいて結果を出すことに向けて動き続けることだと言い換えることができます。世界を両目で見ることによって、正解らしきものに向かって疲弊し続けることも、目の前の現実に逃避的になることもなく、今本当に向き合うべき問題を見分け、粛々と向き合うこと。これがおそらく最も大事なことで、ラゴスのように憧れられる人物像というものは、その先にのみきっと存在するのでしょう。
わたしたちはそのままの速度で高みへと翔んだ。はるか行く手の高みにわれらを待ち受ける、雲。
※お知らせ※
7月から続けている『就活de名著』ですが、広報方針の変更に伴い、しばらく休刊とさせていただきます。楽しみにしてくださっている皆さま、申し訳ありません。次回更新をお楽しみに!
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