あえて邪魔してゲームにする

きれいな字を書きたい願望が強すぎて時間がかかりすぎ、漢字プリントが億劫な娘(小3)。そこでわざとイケズを。
「ゆう名?ここは夕方の夕でいいやん」「体のし組?ここは四にしとこ。四組になってオモロイやん」とイイカゲンなことを教えたら「違う!」と言ってムキになってやり始めた。

それでも私は「次の字はこれにしとこうぜ〜」とちょっかいかけ続けたらついにプリント隠して私に見えないようにして書くように。私は「イジワルするなよ〜お父さんが教えたるから〜」娘「お父さんウソばかり言う!」と、私の邪魔をとりあおうとしない。やがて、娘のわからない字があったらしい。

私は喜んで「反たい?あ、それなら魚へんのタイにしとこうぜ」と提案すると「違う!」と私の妨害をスルーし、国語辞典を調べ始めた。「え〜?そんなんで調べんでもお父さん教えたるがな〜」と言っても娘は「絶対ウソ!」と言ってとりあわず、ついに国語辞典から正解を見つけて書いた。

「しゃあないなあ、じゃあ次の字はお父さんの教えたの書きいや」というと、次の問題を隠して私に見せないようにし始めた。それどころか「問題!しんにょうで、送り仮名が「ぶ」の字はなんでしよう?」と私にクイズを出し始めた。私は「そんなイケズなこと言わんと、お父さんに問題見せてえな」と言うが、娘は絶対見せようとせず、かなりスムーズに宿題を終えた。

たぶん娘からすると、私という邪魔者をやっつけて前に進もうとするゲームみたいになったのだろう。私が邪魔を入れようとするのを阻止しながら正解を書くというゲーム。ゲームになると子どもはムキになり、楽しんでしまう。

宿題をただやれと言われるだけでは面白くない。漢字の書き取りだけでは単純作業過ぎてやりがいがない。しかし私がわざと間違ったことを言い、正解を出すのを邪魔すると、そのハードルを乗り越える冒険ゲームのように感じるらしい。

どうせならなんでもゲームにしてしまって楽しんでしまった方がよい。
私はたまに「お父さんがプリントやっといたるわ」と言って、どんどん間違った答えを書く。すると、娘は私という妨害を克服するゲームとして楽しくなるらしい。

プリントが終わってしまうと、私は「あーあ、残念。お父さんの意見を全然聞いてくれなかった。次のプリントはお父さんにやらせてな?」と言うと、「絶対イヤ!」と娘。
子育てはほめるばかりが能じゃない。わざと邪魔し、邪魔することでゲームにしてしまうのも一つだと思う。

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