先進国の安い穀物が飢餓の素地をつくる

世界第二次大戦が終わるまで、ヨーロッパの先進国はどこも「食糧なんて安いものは海外から輸入すればいい」と考えていた。このため、第一大戦でドイツは「カブラの冬」と呼ばれる飢餓が発生、70万人以上が餓死したし、イギリスは両大戦で餓死まではいかなくても、かなり飢餓で苦しんだ。

で、第二次大戦後、ヨーロッパの国々はどうしたかというと。作っても儲からない、安くて仕方ない小麦などの穀物をワンサカ作るようになった。イギリス、ドイツ、オランダなど、食料自給率は6~7割程度と結構高い。フランスに至っては海外に輸出している。儲からないはずの穀物を大量生産するように。

でもどうして、穀物を作るようになったのだろう?穀物なんて安いから、作ってもちっとも儲からないのに。実際、小麦などの穀物を作る農家は、売り上げだけではとても生活できない。政府から所得補償という名の補助金をもらってようやく生活していける。そう、穀物生産はお金の持ち出し。

小麦などの穀物生産は、作れば作るほど赤字。それでもヨーロッパの国々は、一定程度食糧を自給できるように穀物を生産し続けている。農家に所得補償という名の補助金を渡してでも。それによって、完全にお金の持ち出しになっても。なぜそこまでするのだろう?

それはやはり、二つの大戦で懲りたのだろう。ヨーロッパ先進国は、どこも食糧が十分手に入らなくて苦労した。この経験から、食糧は自国である程度作らなければならない、たとえお金の持ち出しになっても、というコンセンサスが、国民の中に得られているようだ。

ところで、穀物みたいな安いものを作っていたら、その分、農家に所得補償をしなければならないわけで、政府の負担が大きい。それでも実施できるのはなぜだろうか?それは「農家が少ない」からだ。

フランスは耕地面積が日本の5倍もあるのに、農家は半分ほどしかいない。だから、農家一人当たりの耕地面積は日本の10倍。これだと、いくら穀物が安いと言っても日本の10倍は1農家が生産できる、ということになる。農家1件当たりの売上額は、それなりに大きいことになる。

しかも日本の農家の半分しかいないから、所得補償をしても大したことはない。
日本の10倍の耕地面積をもつ農家、しかも日本の半分しかいない農家を所得補償で支援しても、総額はあまり大きくならずに済む。だから、所得補償を行えるのだろう。

しかし日本はまだ100万人以上農家がいる。フランスの倍程度。しかも耕地面積がフランスの1/5と、小さい。農家がたくさんいて、しかも農家1軒1軒の売り上げが小さいと、所得補償しようとすると、1件当たりの補助金も膨れ上がるし、総額も大きくなる。

アメリカやフランスが、安くて儲からない穀物を大量生産できるのは、農家数が少なく、所得補償の金額を抑えられるからだ。しかし日本は農家の数が多すぎて、受け取る補助金がわずか。1農家がもつ耕地も狭い。このため、穀物の生産量もあまり大きくない。これでは補助金がいくらあっても足りない。

日本農政が長らく、大規模化を目指してきたのはこの理由があるのだろう。少数の農家が大面積の耕地を耕すなら、1軒当たりの売り上げが大きくなり、その分、所得補償するにしても渡す金額はわずかで済む。しかも農家の数が少ないから、総額も大した金額にならない。

日本の農業も高齢化が進み、農家をやめる人が増えている。生き残った農家が農地を引き受け、大規模化が進行している。このままいけば、農家の数が減り、一軒当たりの売り上げが大きくなり、所得補償をしてもかまわないくらいに日本もなる可能性がある。

ところで、アメリカの農家でさえ、穀物を生産するだけでは生活できない。アメリカの平均的な農家は、129人分の余剰食糧を生産している。化学肥料が登場する前は、12人分の余剰食糧しか作れなかったのだから、生産性は10倍に向上している。なのに、4人家族を養えない。

妻に働きに出てもらい、農家である自分自身も政府から所得補償をもらい、それでカツカツ、4人家族が食べていける。つまり、トウモロコシなどの穀物生産では、穀物が安すぎて農家も生活できないわけだ。政府からの補助金ありき。なんで政府はそこまでするのだろう?

それはおそらく、「安全余裕」のためだ。穀物を過剰気味に生産する。余った分は海外に輸出する。そうすれば、国内には潤沢な穀物があるわけだから、飢える心配が小さくなる。飢餓を避ける安心を買うために、農家に所得補償という名の補助金を出しているのだろう。

しかし問題は、4人家族を養うことさえできないほど安い穀物は、アフリカの貧農でも太刀打ちできないほど安い、ということだ。安い穀物がアフリカに流れ込むと、小麦などを生産していたアフリカの貧農も、価格で太刀打ちできない。儲からなければ、鍬を買い替えることもできない。生きていけない。

だからやむなく農家をやめる。しかし農業以外にろくに産業のないアフリカでは、そのままでは生きていけない。そこで、コーヒーなどのプランテーションをしている大規模農園で賃仕事に就く。その賃金で、先進国の作る安い小麦を買って食べる生活になる。

しかし、コーヒーなどの商品作物の価格が下落すると、賃金が低下するか、場合によってはもらえない。解雇される恐れも。すると、安かったはずの先進国の穀物も買うことができない。こうしてアフリカは、飢餓が発生しやすい素地が出来上がってしまった。

先進国の安すぎる穀物は、アフリカで穀物を生産していた農家の生活を破壊し、コーヒーなどのプランテーションでの賃仕事を余儀なくされる。やがてコーヒー価格が値下がりすると、穀物を買うお金もなくなり、飢えてしまう。安すぎる穀物が、アフリカで飢餓が起きやすい素地を作っている恐れがある。

先進国は農家に補助金を渡す余力がある。スマホやパソコン、自動車といった工業製品を作る技術があり、それで儲けたお金がある。そのお金の一部を農家につぎ込めば、安くて儲からない穀物生産を農家に続けてもらうことが可能。しかし工業が未発達なアフリカ諸国だと。

産業が農業くらいしかない国に、安い穀物が流入すると、穀物を生産していては農家は生活できなくなる。仕方ないからコーヒーやカカオなどの商品作物を作るプランテーションで働く。それによって穀物を作る畑はコーヒー畑になり、ますます穀物を作れなくなる。そんな中で。

商品作物の価格が下落すると、安かった穀物も買えず、自国で穀物を生産しようにも、良い土地はみんなコーヒー畑になっている。コーヒーなんか食べても腹は膨れない。このため、飢餓が発生しやすくなる。先進国の安すぎる穀物が、農業しか産業のない国の人々を追い詰める。

こうしたややこしい構造が、食料安全保障にはある。しかしこうしたことが、あまり食料安全保障をめぐって語られてこなかった。何が飢餓の原因なのか、どこを修正すればこんなことが起きないのか、私たちはもっとよく考える必要がある。

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