日本の農業GDPが大きいのは非農業が元気だから

「日本は世界第5位の農業大国」という本がかつて話題になった。農業行政を大きくシフトさせた、影響力の大きかった本だと言える。日本の農業と言えば低い食糧自給率の事ばかり。でも売り上げ(GDP)で言えば、日本は世界第5位なのだ、という意外な事実を浮き彫りにした内容だった。

それ以来、自給率を云々するのはナンセンスだ、売り上げ(生産額)でいえば自給率は63%に跳ね上がる、カロリーベースの食料自給率なんかを算出しているのは日本だけだ、などなどの意見がその後、食糧問題の言説の主流になったと言える。その流れを、先の本が作ったと言えるだろう。

では、世界一の農業大国であるアメリカのGDPは、どのくらいだろう。1754億ドルと、日本(593億ドル)の3倍(米国の農林水産業概況、農林水産省、2021年度更新)。さすが巨大。しかしアメリカのGDP全体(214,332億ドル)で占める農業の割合は0.82%。日本の1.2%よりもさらに低い。

ヨーロッパの中でも農業国として知られるフランスでも、農業はGDPの1.37%を稼いでいるだけ。アメリカもフランスも、海外に食料を輸出するくらい、農業が盛んな国なのに、日本とさほど変わらないほど、農業のGDPに占める割合が小さい。なぜこんなことが起きるのだろう?

それは、農産物が非常に安いから。自動車とかスマホとかが高価な値段で売れるのに対し、食料というのは非常に安い。だから先進国では、農業全体の売り上げはGDPの1%前後にしかならない。アメリカのような世界一の農業国でも、農業の売り上げは大したことがない。

では日本のように、食料を海外から大量に輸入している、アメリカやフランスと比べれば農業があまり盛んとは思えない国で、どうして世界第5位の農業大国でありえたのだろう?それは、自動車など、工業製品を高く売ることができる国だから。

日本は自動車をはじめ、様々な工業製品を作ることができる先進国の一つ。それら工業製品を海外に高く売ることで、国民は豊かな生活を送ることができた(これまでは)。(比較的)高い給料をもらうことができたので、野菜などの食料を高く買うことができた。農産物を高く買う人が多ければ。

農業の生産額、つまり農業のGDPは大きくなる。そう、日本の農業のGDPが世界第5位でいられたのは、自動車産業など製造業が海外と貿易したりして儲け、その儲けが直接間接に国民にいきわたり、その稼ぎの大きさで農産物を高く買うことができたから。工業国ならではの「ゲタをはかせてもらっていた」。

これに対し発展途上国は、産業と言えば農業くらいしかない、という国が多い。当然、GDPに占める農業の割合はむちゃくちゃ高い。農業の存在感がそれだけ大きければ、世界での順位も高そうなものだが、実際には、発展途上国の農業GDPは、先進国よりもはるかに小さい。順位もはるかに下。なぜか。

農産物を高く買ってくれる国民がいないから。国民のほとんどが農家の場合、自分で作っているものをわざわざ他の農家から買う必要はない。都市が十分に発達していないと、農産物を買ってくれるお客さん自体がいない。農業以外の産業が低迷していると、農産物を高く買えるお客さんがいない。

このため、農業くらいしか産業がない発展途上国では、農業GDPは小さくなり、世界での順位も低くなる。そう、農業GDPが大きい国は工業やサービス業など、非農業の産業が盛んな先進国。農業GDPが小さな国は、非農業の産業が元気ない、農業くらいしか産業がない国、という皮肉なことが起きる。

もし日本が、自動車産業など非農業の産業に元気がなくなり、農業ばかり力を入れたら、せっかく世界第5位の農業大国だったのに、農業のGDPはどんどん小さくなっていくだろう。日本全体のGDPで農業の占める割合が大きくなればなるほど農業GDPの金額は小さくなっていく、という皮肉なことが起きるだろう。

日本は残念ながら、近著で述べたように、自国の土地だけでは全国民を養うことができない。もし食料、化学肥料、エネルギーの輸入を完全ストップしたとしたら、江戸時代に養えていた3000万人も養えるか、危うい。日本はどうしても、ある程度の食料、化学肥料、エネルギーの輸入が欠かせない。

1億2500万ひく3000万人、つまり9500万人分を養うだけの食料、あるいは化学肥料、エネルギーを輸入する必要がある。そのためには、それらを輸入するだけの「稼ぎ」が必要。海外に売れる商品が必要。それは農産物でも構わないが、大部分はやはり非農業の製品やサービスということになるだろう。

金額ベースでの農業の元気さは、実は自動車産業など、非農業の元気さの照り返しでしかない。もし非農業の産業が元気を失えば、どれだけ農業が気を吐いても金額ベースの売り上げはどんどん減ってしまう。日本農業のGDPの大きさは、非農業の産業が頑張って高く買ってくれるからだ、という点を忘れずに。

農業を生産額で評価することは、非農業の元気さ次第ということを考慮する必要がある。非農業が元気であれば必然的に農業のGDPは上昇する。となると、農業のGDPで一喜一憂することは、意味があるのかどうか。非農業の元気さを間接的に見ているだけに過ぎないかもしれないから。

では、よく議論になるカロリーベース食料自給率に話を戻せばいいのかというと、そうでもない。たとえばコメの自給率は非常に高いけれど、コメに与えている肥料のことはカロリーベース食料自給率には反映されていない。もし肥料が海外から輸入できなければ、果たして食糧生産できるのか?

日本の農産物は、51兆9000kcal(2000年)分生産されている。他方、農業で使用される化石燃料(石油や天然ガス)は、145兆kcal(1988)。生産される食料の2.79倍ものエネルギーを消耗して生産されている。もしエネルギーベース食料自給率なるものを計算したら、大幅の赤字。

もし化学肥料やエネルギーの輸入がストップすれば、現在生産できている食料も思うようには生産できなくなる。肥料が足りないから。エネルギーがなければ化学肥料を自前で生産できず、トラクターも動かせない。日本は、化学肥料とエネルギーを海外に大きく依存している。輸入がストップしたら終わり。

エネルギーを太陽電池などで賄えるようになればまた話は違ってくるが、そうした自然エネルギーは、まだ日本で消費されるエネルギー全体の9.3%(2019年)しかまかなえていない。自然エネルギーを10倍に増やさないと、エネルギーは不足する。

もし江戸時代のように、人力で田畑を耕すとしたら。江戸時代は一人当たり0.14haを耕していた。今の日本の農業従事者数は152万人(2020年)。21.3万ha、現在の耕地面積(434.9万ha)の4.7%しか耕せない。この状況を考えると、どうしても機械力が必要。それを動かすエネルギーが必要。

自然エネルギーを今の10倍に増やすには、まだまだ時間がかかる。となると、不足するエネルギーを日本は輸入し続けなければならない。輸入するには、貿易や投資などで海外から稼がなければならない。その稼ぎの中心は、どうしても非農業の産業に頑張ってもらわねばならないだろう。

それと、自然エネルギーは、効率が良くないことも忘れるわけにいかない。太陽電池は、それを製造するときのエネルギーの3倍のエネルギーを生み出すと言われる。ということは、逆に言えば、太陽電池のエネルギーで太陽電池を作るためだけに、3分の1のエネルギーを回さなければならない。

ということは、自然エネルギーを先程は10倍に増やさなければ、と言ったが、太陽電池で太陽電池を作ることも考えるなら、それでは足りない。自然エネルギーだけで今のエネルギー消費をまかなおうとすれば、現在の自然エネルギーの15倍を準備する必要がある。実に途方もない量だということが分かる。

自然エネルギーを15倍に増やすまでには、相当の時間がかかるだろう。不足分を、やはり石油や天然(場合によっては原子力)などのエネルギーでまかなわねばならないだろう。しかし化石燃料は地球温暖化の問題があり、使用を抑える必要がある。けれどすぐには自然エネルギーは増えない。ジレンマ。

原子力も、あまり期待しすぎることはできない。「現状の」原発の数なら、ウランは170年分ある。しかし原発は5倍にまで増えるという予想もあり、だとするとウランは30年分しか資源がないということになる。各国が原発を見直しているので、資源量に限りが出る恐れがある。

そんなこんなを考えると、少なくともこれから数十年、日本は、食料と化学肥料とエネルギー(化石燃料)を輸入し続けなければやっていけない宿命にある。それらを輸入するためには、非農業が中心になって、海外から稼ぎ、その稼ぎで輸入するための資金を確保する必要がある。

他方、日本の農業は、できるかぎり国内での生産を頑張り、非農業が海外から食料を輸入しなければならない負担を減らす。あるいは高級な農産物を海外に輸出して稼ぐことで、非農業の負担を減らす。こうして、農業と非農業の協力関係、相互補完関係がこれから重要になる。

非農業が元気だから農業が元気になる。農業が元気であれば非農業の負担は軽くなる。そうした相互補完関係があることを、私たちは認識したほうが良いように思う。これまでは、農業と非農業は反目し合うことが多かったような気がするが、この相互補完関係に目を向け、協力し合うことを願ってやまない。

追記
エネルギー、環境、経済、食料。食料安全保障には、この4つがややこしく絡まっている。どれか一つだけ考えれば解決、とはいかない。そうしたややこしい話を、専門用語を使わずに、なるべく分かりやすく書いた本。農家でない人にこそ、読んでほしい。
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E4%BD%95%E4%BA%BA%E9%A4%8A%E3%81%88%E3%82%8B-%E9%A3%9F%E6%96%99%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E3%81%8B%E3%82%89%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%AE%E3%81%97%E3%81%8F%E3%81%BF-%E7%AF%A0%E5%8E%9F%E4%BF%A1/dp/4259547763

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