自動車が支える食料安全保障

食料安全保障を議論する場合、いつも農業にばかり話が集中しやすい。しかしことはそう単純ではない。たとえばトヨタのような自動車会社も食料安全保障に寄与しているからだ。自動車を輸出することでお金を稼ぎ、そのお金で海外から食料を購入するできる。非農業も食料安全保障の重要なファクター。

食料安全保障に深く関わるものとして、考えなければならないものの一つに「ペトロダラー」がある。これを理解するには、お金の歴史を振り返る必要がある。
第二次大戦が終結した時、アメリカのお金、ドルはゴールド(金)と交換できる、兌換紙幣だった。ゴールドでお金の値打ちを保証するシステム。

ところが1971年8月15日、時の大統領、ニクソンがとんでもない宣言をした。「今日からドルをゴールドと交換するのをやめます」。ニクソンショックと呼ばれたこの改革で、ドルはゴールドの値打ちで裏打ちされたお金ではなくなった。いわゆる不換紙幣となり、ただの紙切れになった、はずだった。

しかしこの時、キッシンジャーが巧みな手を打っていた。世界中どこに行ってもドルでしか石油を買えない、という構造を、いつの間にか作り上げていた。中東に行ってもどこに行っても、円で石油を打ってもらえない。必ずドルでしか石油を買えない、というシステムが出来上がっていた。

こうなると日本は、なんとかしてドルを手に入れないと石油を輸入することができない。そこでテレビや自動車を製造してはアメリカに輸出し、ドル札を手に入れた。そのドル札を中東の産油国に持って行って、石油を売ってもらった。そして大量のドル札を手に入れた産油国は。

手に入れたドル札で、アメリカの国債や株を購入した。こうして、アメリカにドルが戻ってきた。アメリカはドル札を印刷するだけで、世界中から様々な商品を手に入れることができ、日本のような国はアメリカに輸出することでドル札を手に入れ、中東などで石油を購入した。

中東の産油国は、手に入れたドル札でアメリカの株と国債を購入。そうしてドル札はアメリカに戻ってくる。それではなぜ、中東の産油国はアメリカの株や国債を購入したのだろう?中東に強大なアメリカ軍を配置し、中等の支配者たちが地位を失わないように目を光らせていたから。

アメリカはドル札を印刷→日本のような国はアメリカに製品を売り、ドル札を入手→手に入れたドル札で中東などから石油を入手→ドルを手に入れた中東はアメリカの国債などを購入→中東で支配者が失脚しないよう、アメリカ軍を配置
こうした循環型構造により、石油はドルでしか買えない構造となった。

石油はドルでしか買えない、というこの構造により、ドルは「石油兌換紙幣」としての地位を手に入れた。これが世界の基軸通貨としてドルが君臨する重要な力となった。このように、石油で価値を裏付けられたドルを、「ペトロダラー」という。

世界経済は、このペトロダラーによって支えられてきた。しかし、「ペトロダラー戦争」(ウィリアム・R・クラーク)によって明らかにされているように、このペトロダラーによる支配構造に揺らぎが生じ始めている。そのきっかけがイラク戦争だった。
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%80%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%88%A6%E4%BA%89%E2%80%95%E2%80%95%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E3%83%89%E3%83%AB%E3%81%A8%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BBR%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%AF/dp/4861824656

イラクのフセイン大統領は、石油をドルだけでなく、ユーロ(ヨーロッパの共通通貨)でも売る、と言い出した。これに動揺したアメリカは、イラク戦争でイラク政権を倒すことにより、ペトロダラーによる支配構造を続けようとした、というのが、「ペトロダラー戦争」の指摘する内容。

現在は、ユーロでも石油を購入することができるようになっている。その意味では、ペトロダラーとしての構造が崩れ始めている。かろうじて、石油価格はドルでしか表示しない、という約束を守ることで、ペトロダラーの構造を維持できてはいるが。

ペトロダラーの支配構造は、もう一つの理由でも崩れかねない。石油が採れなくなり始めていること。
IEA(国際エネルギー機関)が、「もう石油に投資はしなくていいよ」と言い出した。石油文明万々歳だったはずのIEAが!
https://news.yahoo.co.jp/byline/obanoriaki/20210527-00239752

また、サウジアラビアが、脱石油の国に生まれ変わろうと必死の改革を進めている。IEAやサウジアラビアのこうした動きは、ついにピークオイル(石油産出量が減り始めること)が訪れた兆候なのかもしれない。

ペトロダラーの構造が壊れてきたら、果たしてドルが基軸通貨でい続けられるのだろうか?このことは、世界経済の行方を大きく左右することでもある。世界経済の循環構造が大きく揺らぐことになるからだ。

日本はペトロダラーの構造の中で、アメリカに製品を輸出し、それでドル札を手に入れ、中東から石油を買う、という経済循環を続けてきた。しかしペトロダラーの構造が崩れたら、アメリカはドル札を印刷するだけで世界から商品を買い続けられるという仕組みを維持できなくなる恐れがある。

これは日本の食料安全保障と直結することになる。日本は残念ながら、自国だけで全国民を養うだけの食料を生産できない。狭すぎるからだ。どうしても海外から食料を輸入する必要がある。世界一の農業国、アメリカは重要な食糧輸入先となる。ペトロダラーは、その点でも都合の良いシステムだった。

しかし石油産出が怪しくなってきた中、ペトロダラーの構造がどうなるか、予断を許さない。石油に代わる、ドルの価値を担保する仕組みを生み出せるのか?それが難しい場合、世界秩序が狂ってくる恐れがある。それはそのまま、日本の食料安全保障にもつながってくる。

食料安全保障という、たった一つのことを考えるだけでも、ドルだとか石油だとか世界経済の構造だとかを考えなければならない。しかしこうしたもつれた糸をほぐすように理解していかないと、日本を飢えさせない、という目的を達成することはできない。

アメリカは国際決済システム(SWIFT)を牛耳ることで、事実上、ドルでしか貿易でのお金のやり取りができない仕組みを築いていたらしい。さすがはアメリカ。すでにデファクトスタンダードを握っている以上、なかなかこれを覆すのは難しい。

ただ、ロシアとウクライナの戦争が影を落とす。ロシアをSWIFTから締め出したことで、ロシアは独自の決済システムを作ろうと模索する恐れがある。中国ももしかしたら、今後を見据えて独自の決済システムを作るかもしれない。そうなると、ドルの絶対的地位が脅かされる恐れもある。

お金の決済システムの行方が、日本の食料安全保障に直結するかもしれない。食料は、ただたくさん作ればよい、というものではない。どうやって手に入れ、どうやって配るのかまで考慮して初めて食料安全保障となる。

食料を手に入れる、配る、というとき、どうしてもお金の動きとかかわることになる。食料安全保障を考えるとき、お金の仕組みを無視することはできない。お金を手に入れるには、自動車などの強みのある産業が日本に存在することも重要。それで食料を買うだけの稼ぎができるからだ。

食料安全保障を考える場合、4つのことを考えなければならない。エネルギー、環境、経済、食料。どれが一つでも欠けると、食料安全保障を考えるうえでは不十分となる。実にややこしく面倒くさいが、それを日本はやっていく必要がある。

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