成功を求め失敗を恐れると「成功貴族」と「失敗庶民」に分断し、多くの人々から学習意欲を奪う
「失敗を楽しむことは同意だけど、それも成功する喜びを知っているからこそできることでは?」というご意見複数。しかしそれもまだ、「成功せねばならぬ」という呪いをかけられた大人ならではの思い込みのように思う。
赤ちゃんや幼児は、目の前の現象を興味深そうに、しげしげと観察する。いろんないじくり方をしては、楽しそうに。その過程のすべてが新しい発見の連続で楽しいのだろう。そうした観察と試行錯誤を繰り返すうち、大人から見た「成功」の道を見つけてしまう。そうしようと思いもせずに。
子どもの頃のそのマインドセットを思い出せばよいだけだと思う。成功とか失敗とか考えずに、目の前の現象をしげしげと観察し、観察そのものを楽しむ。ここを押したらどうなるのだろう?と試行錯誤を繰り返す。「なるほど、ここを押したらこうなるのか」という新しい発見がどんどん生まれる。
そうした試行錯誤と観察を繰り返していくうち、仕組みが見えてくる。やがて「これはこう使うものなのでは?」と気がつく。偶然に、知ってる人から見た「成功」の道を見つけてしまう。歯科もその時には仕組みがバッチリ頭に入っている。何をどうすればどうなるかがわかっている。だから。
次からは失敗しない。何をどうすればどうなるのかわかっているから。それどころか、応用まできくようになる。仕組みがわかっているから、どんな使い方をすることができるのかもわかっているから。これ、「成功」だけ見つめているとこうはならない。仕組みが頭に入らないから。
私達は相当に「成功体験」の呪いにかけられているように思う。喜びは成功からしか生まれないと考えてしまう人が少なくない。確かにいろんなビジネス書が成功することの栄光を説き、その裏メッセージで「失敗したときのうら寂しさ」を暗示している。そうした言葉に影響を受けてしまう。
「失敗を恐れずに」という言葉をよく聞く。しかしこの言葉の裏メッセージは、「失敗は恐いものだけどね」が貼り付く。このフレーズは、結局失敗を恐怖させることに成功しているように思う。でもなんでそんなに成功ばかり求めるのか?失敗をそんなに恐れるのか?
やはり、ビジネス書や子育て本の影響(悪影響?)が大きいように思う。成功は栄光への花道、失敗は裏寂れた人生、という価値規準を提示し、成功しなければ人生終わり、という世界観を示しているものが少なくない。成功をたたえるその内容は、失敗への恐怖を同時に植え付ける。
「失敗への恐怖」という動機は、楽しくない。楽しくないからそのうち疲れてしまう。成功の喜びもイマイチ。もっと成功している人との比較をすると、白けてしまう。こうして大部分の人たちが自分を負け組と自認し、自分は努力しなかったからダメなのだ、と自己否定するようになってしまうように思う。
こんな楽しみにくい価値規準の中でも、ごく少数の人間だけが成功をおさめ、成功者として君臨する。そしてこの人たちは、「努力したから成功がある」と自らをたたえ、優秀な人間と自認する。こうして、「成功貴族」と「失敗庶民」を形成してしまっているように感じる。
成功をたたえ、失敗を恐怖させる価値観が、多くの人々から学習意欲を奪い、社会全体としてのパフォーマンスを下げ、「成功貴族」と「失敗庶民」の格差を拡大している原因のように思う。勝ち組負け組という話に近い。竹中平蔵氏的な「呪い」のように思う。
失敗をまるで危険なことかのように恐れる必要はない。失敗の大部分は危険がない。「危険」は事前に避けるべきだし、指導者はその点に注意して指導する必要があるが、危険でない失敗はいくらでもある。そして危険でない失敗は、むしろやっておいた方が仕組みもわかるから、その後失敗しにくくなる。
失敗だとか成功だとか考えずに、赤ちゃんや幼児が目の前の現象を興味深そうにしげしげと観察し、何が起きているのだろう?と興味津々で、いろんなことを試行錯誤し、その反応をまた観察する、というのを楽しんでいる、あのマインドセットを取り戻したほうがよい。
「大人はいろんな経験をしてきて、今さら成功や失敗を考えない幼児には戻れない」という指摘もあるが、私はそうは思わない。江戸時代の人が海外から来た珍品が来た時、あれこれといじくりまわしてこれは何に使うものか、と思案している話がいろいろ伝わっている。大人でもそんなもの。
成功しなければ、失敗は避けなければ、という「呪い」をいったん外し、危険は回避しつつも、目の前の現象を観察し、試行錯誤することを楽しむ。これを取り戻せば、ほぼ全員が学ぶ楽しみを取り戻し、その瞬間から気づきをたくさん得て、成長しはじめると思う。大人であっても。
成功にこだわるのは、ここ4半世紀の、成功しなければ人生終わり、という脅しに私たちはすっかり洗脳されてしまっているからだと思う。それよりも、目の前の現象を楽しんでしまったほうがいい。そのほうが学びは進み、その結果失敗は減り、成功への道も切り開け、みんな成長できるのだから。
私の中では、成功はむしろつまらないもの。工夫すればどんな変化が起きるのかを観察する、ワクワクするゲームが終了してしまったのが成功。だからむしろ成功はつまんない。つまんないから次の挑戦。成功を喜ぶよりはちと寂しく残念な気分。