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韓国の茶旅12ヶ月 釜山編

盲目の龍が守護する寺とお茶

 釜山に完成した韓国茶博物館のオープニングセレモニーに参加させてもらったのは、平成18年7月のことでした。セレモニーではまず博物館設立の功労者であった故人を偲んでの献茶式が行われました。釜山茶道協会のお招きを受けた茶道の先生のお供をさせていただいたおかげで、韓国・中国・日本三国のさまざまな流派の作法を堪能することができました。

 滞在中は毎日会場につめていたので、せめて帰国前に観光をということで釜山郊外にある霊鷲山通度寺を訪ねることになりました。韓国で初めて訪れた記念すべき寺院が、通度寺でした。このことが韓国のお寺のお茶に興味を持つようになる最初のきっかけとなりました。

韓国茶礼表演。その場で詩を作ってお披露目する。
中国茶芸表演
中国茶芸表演

 韓国三大寺院の一つ霊鷲山通度寺は、新羅時代645年に開かれました。朝鮮半島に仏教が伝来したのは三国(高句麗・新羅・百済)時代のことで、新羅は遣唐使としてたびたび学問僧を唐に送り出し、後世まで強い影響をおよぼす高僧を多く排出しました。通度寺も新羅の善徳女王(在位632~47)の時代に創建されたお寺です。慈蔵律師が唐の五台山から袈裟と仏舎利を持ち帰り創建しました。

 この場所にはかつて蓮の花が美しい大きな池があり、九頭の龍がすんでいたといわれています。文殊菩薩の託宣(お告げ)により八頭の龍はこの場所を離れましたが、目の見えない一頭の龍だけがこの地に残りたいと懇願したため、慈蔵律師はその龍のために新たに池を造り、そこにすまわせました。その龍はいまも通度寺の聖域を守っているといいます。九龍神池にたたずんで、池の中をのぞきこんでみれば、もしかするとキラキラ光る龍の鱗が見えるかもしれません。

 この寺は一度消失してしまいましたが、開山からちょうど千年後の李氏朝鮮時代に立て直されました。お寺の中心である大雄殿には仏像が安置されていません。本尊が本来あるべきところには大きなガラス窓が張られ、外の仏舎利(釈迦牟尼の遺骨と伝えられる)を映しています。お釈迦様に祈ることができるので仏像は必要ないということなのでしょう。これまで多くの僧侶がこの寺から輩出されています。韓国で仏舎利が祀られた唯一の寺院ということで、この寺で数多くの僧侶が修行を積んできたのです。そして現在も、300人以上の僧がここで修行をしています。修行の内容のなかには茶文化にかかわることも含まれているようです。

通度寺
五体投地で祈る通度寺の修行僧

 釜山の茶文化交流財団の方々に連れて行ってもらったおかげで、特別に年に2、3回しか門が開かれない金剛戒壇(慈蔵律師が五台山で授けられた仏舎利が祀られる)を近くで見学することができました。金剛戒壇の説明をしていただいている時、塀のすぐ向こう斜面に茶樹が植わっているのが目にとまりました。私の目はもう茶樹に釘付けです。説明を聞いているどころではなくなってしまいました。そんな私の様子に気づいたお寺の方が、「あれはこの寺に昔からある茶樹ですと」教えてくれました。

通度寺金剛戒壇の裏手斜面にある茶樹

 お寺の茶室でいただいたお茶は、棗や山で採れた実、蜂蜜などが入った手作りの伝統茶でした。釜山の有名な韓国伝統宮中料理店で食後にいただいたお茶も棗などが入った伝統茶でした。棗は7月が旬の果実で食用にも薬用にもよく使われていて、中国でも古くから栽培され、その歴史は3000年におよびます。食材は五性(寒・涼・平・温・熱)五味(酸・甘・苦・辛・醎)に分けられ、五臓六腑のそれぞれを保護したり、身体を温めたり冷やしたりする性質をもっています。自然界の六気<風(春)・湿(梅雨)・暑(夏)・火(盛夏)・燥(秋)・寒(冬)>に生じる邪気を予防するために、人々は食材の性質を考えた料理や伝統茶を作り出してきたのです。

お寺の茶室でいただいた伝統茶と韓菓

 釜山では歓迎のごちそうのひとつに参鶏湯が出されました。日本では土用の丑の日に鰻を食べますが、韓国では三伏日(夏の最も暑い日)に参鶏湯を食べるそうです。若鶏の中にもち米や高麗人参、棗、銀杏、栗、松の実、大蒜など薬膳料理の食材をつめて煮込んだ料理で、夏バテや疲労回復に効果があります。

参鶏湯

 キムジャンチョルの季節にも、興味深い風景を見ることができます。キムジャンチョルとは、キムチなど漬物を漬ける年中行事を指します。野菜を漬けて保存することによって野菜の不足する冬場にも栄養のバランスが保たれます。巡ったお寺の境内にも山のように白菜や大根が積まれて、甕に漬けられたり軒下に吊されたりしていました。

 このとき入った料理店でお茶とともに供されたデザートはシャーベットでした。これがかなり手の込んだもので、冷凍保存している完熟柿の果肉をペーストにしたものでした。甘くてしっとりした忘れられない味です。冬になると全羅南道のお寺の参道沿いにある小さな店には、ふれると果肉が流れ出てくるのではないかとドキドキしてしまうほど紅く熟れた柿が名産として並びます。これまでの柿に対する常識が変わると同時に、果物の甘味をそのまま引き出して作る伝統茶やデザートの世界に魅せられます。季節の食材を上手に使った韓国の多彩な食文化に感心せずにはいられません。

 尚州窯へと向かう車窓には茶畑が広がっています。韓国の南はやっぱり茶産地なのでした。

キムジャンチョル

上の記事は韓国茶の旅中の記事です。
他地域の物語も読んでいただけたら、幸いです🍀

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韓国の旅で見る茶産地、茶生活、行事、節気食、伝統茶院、伝統茶、500の画像で綴ります

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