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江國香織『東京タワー』覚え書き

2023.5.7 8:28

『東京タワー』は、私が初めて読んだ江國香織の本で、ここ数年の私が一番好きな小説だ。
この一ヶ月で三回読んだ。旅行中に一回と、帰ってから二回。

こんなに綺麗な小説は他にない。読んでいて、ほとんど陶酔する。
描かれているのは二組の不倫関係の男女で、性的な描写ももちろんあるのに、汚さやいやらしさ、生々しさを感じない。ただ綺麗だと思う。

前から読んでいる小説なのに、なぜ今更この本について書き始めたかというと、久しぶりに読み返したら新しい発見があったからだ。

まず驚いたのは、一人目の主人公・透くんが恋する相手である詩史さんの、容姿についての描写だった。私の脳内の詩史さんは、著者近影の江國香織自身のような、さっぱりしたショートヘアに繊細そうな顔立ちの、儚げな女性というイメージが確立していた。しかし。

すんなりした手足と豊かな黒髪。白いブラウスに濃紺のスカートをはいていた。
「こんにちは」
目と口の大きな、エキゾティックな顔立ちのひとだと思った。

江國香織『東京タワー』

全然違う。豊かな黒髪、ということはたぶんロングヘアなのだろうし、なにより「目と口の大きな、エキゾティックな顔立ち」である。女優のような、存在感のある美人なのだろう。

なぜこんな冒頭の描写を見落としていたのかわからないが、でも、この本を読んだ人は少なからず私に共感してくれるのではないかと思う。
詩史さんは年上の女性だけれど、儚げで、弱々しくて、守ってあげなくてはいけない存在だと透くんは思っている。私たちは透くんの目を通して詩史さんを見ているから、そんなふうに感じるのではないだろうか。

それから、具体的な地名がたくさん出てくることにも驚いた。
透くんの生活圏内である港区周辺については、私はよく知らないのだが、もう一人の主人公・耕二くんの暮らす中央線沿いには馴染みがある。

耕二くんが、住んでいるアパートから新宿だか東京だかに向かい、その途中の吉祥寺で連れが降りた、という描写がある。
つまり、耕二くんは吉祥寺より西の大学に通っているのだ。吉祥寺より西となると、東京の中ではかなり僻地である。私もその辺りに住んでいたことがあるので、一気に親近感が湧いた。どこの大学なんだろう。

……と思ったけれど、耕二くんは国立大学の経済学部だったはずなので、どう考えても一橋である。すごいなぁ。
透くんに関しては、私立の仏文科という情報しかないので、さすがに絞れない。早慶というタイプではない気がするので、青山とかかな。なんとなく。

とまぁ、こんなふうに、初めて読んだ高校生のときにはわからなかったことがわかるようになっていて、面白かったのだ。

最後に、一番どうでもいい話をひとつ。
「卵の黄身をからめた焼きアスパラガス」。これは、透くんと詩史さんが、よく行くレストランで必ず食べる前菜だ。
私は以前から、これはどういう料理なんだろう、と思っていた。おいしそうだけれど、卵というのはどういう形状なんだろう。ゆで卵なのか、目玉焼きなのか、ポーチドエッグみたいなものなのか。私の脳内にはなんとなく、ベーコンエッグのベーコンがアスパラになったものが浮かんでいた。

隣にいた夫に、前からこの料理がわからないんだよね、と話してみたら、「これじゃない?」と、本棚から出したイタリアンのレシピ本を見せてくれた。
「グリーンアスパラガスと卵のオーブン焼き」と書かれたその料理は、長いままのアスパラを耐熱皿に並べ、隙間に卵を落としてチーズをかけて焼いたものだった。
そうか、フライパンで焼いた目玉焼きだと簡単すぎるけれど、オーブン料理ならレストランで出てきてもおかしくない。こんな料理だったんだ。
今度アスパラが安かったら、作ってみようかな。

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