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『一人の哀れな女性のための回想』1話目

私の名前は佐川翔輔。私は今日、死ぬ。
なぜ死ぬかって?
今日は私の死刑が執行されるからだ。
私は多くの人を殺めた。無差別殺人だ。
私利私欲のため…いや、本当は違う。

一人の哀れな女性のためだ。
今日は最後に、あの女性のことを思い出そうと思う。


~15年前~

すべてが憎かった。
目の前のすべてが癪に障る。

おかえりなさい

毎日毎日妻は私を出迎えるが、その出迎えさえ私を苛立たせた。
いつしか、その出迎えは無くなっていた。
この豪邸には、私一人しか住んでいない。

仕事が私の生きがいだった。
幸いにも仕事だけはできた。
繊維に関する職に就き、営業マンとして出世した。
数年で課長職についた。

私が出社をしても挨拶はない。
見た目だけ美しい受付嬢も、私が出社をすると笑顔が消える。
それでいい。私にはマネキンにしか見えないのだ。

今日も昼まで軽く仕事をこなし、愛妻弁当を食べる社員を横目にコンビニへと向かった。

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またあの小娘がいる。
私が昼食を購入するタイミングには、必ずこの小娘がいる。
気味が悪かった。いつ何が起こっても、笑顔を崩さないこの小娘が。

私は唐突にこの小娘の笑顔を崩したくなった。

佐川『タバコ。』

私は、わざとこの小娘が判断に困る注文の仕方をした。
この小娘が困り果てる顔を見たかったのだ。

店員『いつものでよろしいですか?』

私の意図とは裏腹にこの娘は私の注文を記憶しており、難なくことを逃れた。
屈辱だった。私の思い通りにならない人間は存在しなくてよい。
当時の私は本気でそう思ったものだ。

佐川『コーヒー。』

どうしてもこの事実を受け入れられない私は、更なる嫌がらせを仕掛け、反応を待った。

店員『今の時期はホットコーヒー一択ですよね!すっきりした後味のアメリカンがお勧めですよ。』

はらわたが煮えくり返る思いだった。
この小娘は、私の嫌がらせを嫌な顔一つせず払いのけたのだ。

一生懸命用意したホットコーヒーを私は受け取った。
その熱いコーヒーを、私はその店員の顔面目掛けてぶちまけた。

うわあ!
周りの人間は動揺し、私に注視した。
周囲の人間は私の思い通りに動いている。
そしてそう、この小娘もと思った。しかし。


店員『お怪我はありませんか?服は汚れていませんか?』

この娘は熱いコーヒーをかけられたにもかかわらず、私の心配をしたのだ。
ほかの店員が110通報しようとしたが、この娘は大丈夫だからとその通報を止め、逃げるように退店する私へ声をかけた。

店員『またのご来店をお待ちしております。』

このとき、私は生まれて初めて、罪悪感に苛まれた。
罪悪感に苛まれた私はこの夜、眠りにつくことができなかった。


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悔しかった。
この年端もいかない小娘に、心を支配されたのだ。
ともかく私はこの罪悪感を払拭するため、彼女のもとを訪れた。
彼女は私を見るや否や笑顔になった。
私はその小娘に、時間をくれ。とだけ伝えその場を後にした。

彼女が勤務時間を終えコンビニを出たところで、私は声をかけた。

佐川『先日は申し訳なかった。少し話せるだろうか。』

店員『大丈夫です。少しだけなら。』

彼女は、狩野麗美(うるみ)というらしい。
話を聞いて私は驚いた。
なんと彼女は、まだ15歳の中学生だというのだ。
母子家庭で貧しく、家計の足しにしようと中学生の身ながら働きに出ていたのだ。

私には理解できなかった。
私は金に困ったことがなかったのだから。

彼女には妹がいた。
別の家庭で裕福に暮らしているらしい。
狩野は文句の一つも吐かず、友人として妹を見守る話を私にする。

私には理解できなかった。
私は家族がいなかったのだから。

この小娘…いや麗美は、こんな私にいろいろな話をした。
麗美には、私と同じく友人がいなかった。
貧乏だから、同級生と話が合わないらしい。
流行りの話、化粧品の話、美容室の話。
麗美には、混ざって入るだけの財力がなかった。
私はこの麗美の話を聞くのが日常の一部となっていた。

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麗美は高校に行くことができないらしい。
もうわかるだろうが、彼女の家庭は裕福ではない。
この子は15歳にして、働きに出る決意をしていたのだ。
私は先日の侘びも兼ね、麗美が高校に通うことができるよう取り計らうことにした。
自分以外のために金銭を使うことは、初めてのことだった。

麗美は悪いからと拒否をしたが、私は親に説明させてくれるよう頼んだ。
何を言っても麗美はどうしても拒否をする。
無理やり麗美を引きずっていったが、その道中で私は理解をした。

町の光は消え、山の中に入る。
私の車ではもう進めなかった。
仕方なく車を降り、土の上を歩いた。

見えてきたのは、闇の中に光る1件の木造住宅。
こんなところにも電気は通っているのかと感心したものだ。

麗美は、この家を見られるのが恥ずかしくてたまらなかったのだ。
私は初めて、自分がいかに恵まれた環境にいたかを痛感した。

家に入ると麗美の母は驚いた顔をしたが、私がお辞儀をする前に深々とお辞儀をしてきた。

麗美から話は聞いています。そう麗美の母は話し、私は高校についての話をした。

さすがに見ず知らずの男から金銭を払うといわれても怪しいと思うだろう。
私は貧しい家庭を支援する団体にいると嘘をつき、麗美の母を納得させた。
こうして麗美は晴れて高校生となった。

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