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梅雨

江戸時代の梅雨はそれはそれは激しいものだったそうです。雨は実ったばかりの作物を流し、家の屋根に穴を開け、川を氾濫させて街を土砂まみれにするほどの激しさで、江戸の人々は大変に困っていたようです。

江戸の人々はこのひどい雨を止める方法がないか、祈祷師に聞きに行くことにしました。薄暗い山奥の祈祷部屋で、祈祷師は目をつぶり、こう答えました。

「罪人の悪い心を綺麗に流すために、仏様が激しい雨を降らせるのです。晴れ間が見たいのであれば、罪人を江戸の街から消してしまえば良いのです」

江戸の人々は早速、街で有名な罪人たちを引っ捕らえ、次々に処刑したそうです。まずは重罪人から。重罪人を10人ほど処刑したあと、激しい雨がぴたりと止まったそうです。

「あの祈祷師さんが言っていたことは本当だったんだ」

江戸の人々は大層喜んだそうです。


そして一年が経ち、また梅雨がきます。江戸の人々は、昨年と同じように罪人を捕らえようとします。しかし、罪人たちの多くは処刑を恐れて江戸を離れていました。

困った江戸の人々は、人斬りや放火魔だけに留まらず、窃盗、スリ、間男と小さな犯罪を犯した罪人たちを捕らえては処刑したそうです。20人ほど処刑したあとで、雨はぴたりと止みました。

「罪の軽い人ばかりだったから、昨年より多くの人を処刑する必要があったのかもしれない」と江戸の人は噂をしました。


それから一年が過ぎ、また梅雨がきます。江戸の人々はもう心得ていて、雨の時期が来る前から罪人を牢獄に入れ、処刑の準備をしていました。これなら罪人が江戸を離れる心配もありません。

激しい雨が降り始めると、獄中の罪人たちが次々と処刑されていきます。10人、20人と罪人が処刑されていきますが、なかなか雨が止む様子がありません。

「やっぱり罪の重い罪人を処刑しないといけないのだろうか」

江戸の人々は話し合いましたが、答えは出ません。また祈祷師に話を聞いてみることにしました。

「人を殺めてはいけません。罪人を処刑した人もまた、人を殺めた罪を抱えるのです。だから罪人を処刑すればするほど強い雨が降るのです」

「それならどうすりゃいいんだ」

「良いですか、仏様は罪人も江戸の人も等しく救済します。必要なことは、彼らを殺めることではなく、彼らが2度と罪を犯さないことです」

江戸の人々はなるほどと膝を叩きました。

江戸へ戻り、早速処刑執行人たちを捕らえます。

「待ってくれよ。俺たちはみんながやりたがらないから、しぶしぶ処刑人をやったんだ。それが今度は俺たちが処刑される?そんなのおかしいだろ」

処刑人たちが唾を飛ばして激怒します。

「いやいや、勘違いしなさんなよ。人を殺めてはいけないのだから、処刑はなしだ。要は罪人たちがもう罪を犯さなければいいってわけだ」

そう言うと、江戸の人々は処刑人の指を10本切り落としました。激しい断末魔の叫びが轟きます。

「これでもう悪事はできないだろう」

降りしきる雨の中、江戸に多くの指が地面に落ちました。その指を一つ一つ白い布で包み、仏様に見えるように木と木の間にかけた糸にくくりつけました。これなら仏様にも、罪人たちがもう悪事をしないことが伝わります。

この指のおかげで、激しかった雨はピタリと止んだそうです。江戸の人々は喜び、祈祷師に感謝をしたそうです。

それから江戸の人々は毎年梅雨の時期になると、多くの指を集めるようになりました。白い布に包まれたそれは、晴れ間を願う照る照る坊主と名付けられ、夏の風物詩となりました。

今でも街でてるてる坊主を見かけますが、その下を通るときは、布の中をのぞいてみてください。そこには罪人たちの指が今も包まれているはずですから。

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