見出し画像

創作大賞2022表彰式爆破事件

コンテスト関係者が集められた小部屋で、私は食い入るようにタブレットの画面を見つめていた。

「速報です。今日昼頃、都内ホテルにて爆破事件が発生しました。ホテルではnote株式会社主催のコンテスト『創作大賞2022』の式典準備が行われておりましたが、幸い死傷者は出ていないとのことです。警察はテロの可能性も視野に入れて捜査を開始しています」

アナウンサーが原稿を淡々と読み上げるのを聞いた。自分もこの爆発に巻き込まれていたかもしれないと思うと背筋が凍る。イヤフォンを外したのと同時に部屋のドアが開き、刑事が顔を覗かせた。

「次にnote編集部の田中さん、お願いします」

返事をして椅子から立ち上がると、隣の部屋に案内された。部屋の中央には机を挟んで二脚の椅子があり、刑事は入り口から遠い方の椅子に座るよう促した。

刑事は警察手帳と名刺を机の上に置いて名乗った。手帳の写真は色褪せていたが、眼光の鋭さは今と同じだった。

「改めていくつか確認をさせてください。『創作大賞2022』の責任者の田中さんでよろしいですね」

私は刑事に目を合わせたまま頷いた。今日はnote株式会社として晴々しい一日になるはずだったのに、爆破騒ぎのせいで式典は中止となってしまった。

「本日13時頃、皆さんが式典の準備をしている最中にホテル14階の会場で爆破事件が起きました。爆破装置が会場内のステージ下で発見されています。その時、田中さんはどちらにいらっしゃいましたか」

「その時はホテルのロビー階でスタッフと式典の流れを再確認していました。爆発音と共にホテル全体が揺れたので、最初は地震かと思いました」

刑事が手元の手帳に何かを書き込む。あの時ホテルは大騒ぎになったが、ホテルマンたちが冷静な指示で避難するよう客たちを誘導していた。すぐに会社のLINEで連絡を取り合い、社員たちの安全を確認したのを覚えている。

「その後すぐに社員やコンテスト受賞者二名に連絡して、全員の無事を確認しました」

「式典は午後五時からだったと伺っていますが、受賞者も会場にはすでに入っていたんですか?」

「そうです。午前中には式典のリハーサルがありましたので、お二人とも会場入りしております」

「そのお二人について教えてください」

今回の式典に招待していたのは大賞受賞者と次席の受賞者の二人だ。

大賞を獲ったのは「失踪の都市」を書いた堤寒咲。「失うから輝くものがある」という書き出しで始まるサスペンス小説で、現実と虚構を行き来する文体は圧倒的だった。すぐに世に羽ばたく才能だと編集部で話題になり、出版に向けての準備を進めている。
仙台在住で、今日は朝から新幹線に乗って東京まで来ていた。気の良いお兄さんという印象で、ホテルでは編集部へのお土産だと言って黄色い萩の月の紙袋を携えていた。

次席は瀬長守の書いた「楽園の光に誘われて」。麻薬カルテルの拠点となった島を訪れた際の経験をエッセイにまとめた作品だ。麻薬密造の現場で銃口を突きつけられた時の緊張感や、その後仲良くなった島民らとの交流が興味深い大作だった。こちらは都内に住んでいるルポライターで、荷物らしい荷物もなくふらっと会場に現れた。アロハシャツのよく似合う痩せ型のおじさんだった。

簡単に二人についてのプロフィールと受賞作について刑事に伝えた。彼らを恨んだ犯行かもしれないな、と刑事は独り言を呟いた。メモに何かを書き込んだ後、こちらに体勢を向け直す。

「最後に、単刀直入に伺いますが、犯人に心当たりはありますか」

刑事の黒目がじろりと動いてこちらを見た。心当たりなら、確かにあった。

「『秋巻きゅうり』というアカウントが、『このコンテストをめちゃくちゃにしてやる』とnoteに投稿をしていました。その方の応募作品が一次予選で落選してしまったようで、『この作品の良さがわからないコンテストなんて、どうなってもいいだろう』と書かれていました」

「それは威力業務妨害に当たると思いますが、警察への相談はされましたか?」

「もちろんです。ですが、投稿は『めちゃくちゃにする』など具体性に欠けるもので、はっきり犯行予告とは取れないと警察の方には言われました。結局は注意してコンテストを見守ってください、とだけ。仕方ないのでスタッフを増やして関係者以外が入れないように会場入り口で細かくチェックしていました」

目の前の刑事を非難するわけではないが、この程度の書き込みで警察は動けない、と暗に言われた中で爆破事件は起きたのだ。今回の事件には警察にも若干の落ち度もあるはずだ。

「それは大変申し訳なかったです。担当した警官について調査し、しっかりと上に報告させていただきます」

刑事が机に額をつけるように頭を下げるので、「被害はなかったので良かったですけど」と首をすくめた。

「では、その投稿を見せていただけますか」

タブレットを操作し、検索窓に残っている「秋巻きゅうり」の文字をタップした。何度もこのペンネームを検索して、他に不穏な投稿をしていないか監視していたのだ。

秋巻の「めちゃくちゃにする」という投稿にはいくつかのコメントがついていた。コメントはどれも新しいもので、先程のニュース速報が流れた後で書き込まれたようだった。

「犯行予告ゥ?」「お巡りさん、こいつです」「作品読みましたが、はっきり言って駄作です」「爆弾の描写は細かいが感情はまるで書けてない」などなど。そうそう、秋巻きゅうりの応募作品は、爆弾魔の苦悩について書いた小説だった。設定は面白かったが、主人公の男が史上最高の爆弾で爆死するというエンディングは、コンテスト向けの内容ではなかった。

刑事は何かメモを取った後で「ご協力ありがとうございました。何かわかったら連絡ください」と言って名刺を差し出した。私はようやく取り調べから解放された。


上司に取り調べが終わったことを報告し、会社には寄らずに帰宅した。自宅の匂いを嗅ぐと一気に安心感で包まれて、全身の筋肉が弛緩するようだった。

たくさんのことがあった一日だった。部屋着に着替えるのも面倒で、そのままソファに沈み込んだ。体は疲れていたが、頭は冴えて休めそうもない。タブレットを取り出して、爆破事件について検索してみる。

警察がテロの可能性を視野に入れたことで、ネットではかなりの話題になっていた。特に電子掲示板での盛り上がりは異常で、ネットの特定班たちは既に、秋巻きゅうりを犯人として扱っていた。

秋巻の本名や顔写真、住所などはあらかた掲示板に流出していた。これと言って特徴のない若者で、会場では見かけていない顔だった。本名にも聞き馴染みはない。読み進めていくと、気になる書き込みがあった。

「秋巻は同コンテスト大賞受賞者の堤寒咲と同じ大学の同じゼミに所属。ゼミの教授は爆弾処理の分野で有名だった。コンテストで優勝した友人を妬んで犯行に及んだのではないか…」

大賞受賞者の堤寒咲を狙っての犯行だとしたら、ステージ下に爆弾が仕掛けられていた理由も分かる。改めて今日被害にあった人がいなくて良かったと心から思えた。

・・・

ガチャリ、と鍵を開ける音がした。同居している弟が帰ってきたのだ。

「おかえり」

かしゃかしゃとコンビニのレジ袋を振り回しながら、弟はリビングに入ってきた。

「ただいま。あれ、コンテストの打ち上げはなかったの?」

「テレビ見てないのかよ、大変だったんだぞ」

動画投稿サイトに爆破事件と打ち込んでニュース映像を弟に見せた。

「うわ、こりゃ大変だったね」

弟はレジ袋から発泡酒を取り出してプルタブを上げた。つまみはポテトチップスのうす塩味で、横から一枚くすねる。コンテストが中止になった愚痴を混ぜつつ、弟に今日あったことを話した。

弟はうんうんと相槌を打ちつつ発泡酒を飲み、ポテチをバリバリ食べた。要点をかいつまんで話そうとしたが、感情が乗って思わず冗長に話してしまう。ようやく全てを話し終えると、弟は空になった缶を机に置いて意外なことを言った。

「note関係者を信じるなら、爆弾を設置した犯人は堤寒咲だね」

突然の発言に呆気に取られていると、弟は何事もなかったように二本目の発泡酒に手を伸ばした。大賞を獲った堤が犯人?堤はせっかくのコンテストが中止になった被害者だろう。

「それって、どういう意味?」

我に帰ってようやく聞き返すと、弟は「どういう意味も何も…」と不思議そうな顔をした。

「何かわかったの?」

と弟に畳み掛けると、仕方ないな、という様子で解説を始めた。

「秋巻きゅうりが『めちゃくちゃにする』と投稿したせいで、当日は入り口で出入りを厳しくチェックしたんだよね。note関係者がきちんと見張っていたと信じるなら、会場に入れたのは関係者か受賞者だけ」

私は頷いた。入り口のチェックは結構厳しくやったはずだ。

「爆弾が仕掛けられていたのはステージ下。もちろん会場に入らないと爆弾は仕掛けられない。ということは犯人はnote関係者かコンテスト受賞者に絞られる」

「うちの社員に爆弾を仕掛けるような奴はいないぞ」

みんな今日の式典に懸けていた。爆発させてやろうなんて危険な思想を持つものはいないはずだ。

「俺もそう思う。だからnote関係者を信じるなら、犯人はコンテスト受賞者に絞られる。関係者には爆発させてメリットのある人もいないだろうし」

「それを言ったら受賞者だって同じじゃない?」

自身の晴れ舞台をわざわざ中止に追い込むなんて普通ならやらない。私がそう切り返すと、弟は子供をいなすように、まあまあと両方の手のひらを下に向けた。

「秋巻きゅうりは爆弾処理で有名な教授のゼミで学んでいたんだよね。当然、簡易的な爆破装置ぐらいは作れる。そして秋巻と同じゼミ生だった堤も同じように爆弾を作ることはできる」

弟の推論には当然の疑問がまだ残っている。

「それでもやっぱり堤には動機がないよ。だって、自分の書いた作品に賞が贈られる特別な日なのに」

記念すべき日に爆破装置を設置してコンテストを中止に追い込むことなんてない。

「たしか、堤が書いた作品の書き出しは、『失うから輝くものがある』だっけ。書き出しには作者の思いが最も色濃く出るよね。コンテストが爆破騒ぎで中止になったおかげで、このコンテストはたくさんの人が注目するものになった。ネットでは犯人探しで躍起になっている連中がたくさんいる。これから喧伝されるニュースをきっかけに堤の作品に触れる人も大勢いるはず。それが堤の狙いだったとしたら」

失うから、輝くものがある。心の中で呟いてみた。書き手の気持ちも分からなくはない。自分の作品を有名にするために手段を選ばないことだってあるだろう。

「あくまでnote関係者が信じられるなら、っていう前提条件の上での仮説だけどね」

そう言い残すと弟は焦ったように立ち上がり、トイレトイレと呟きながらドアの向こうに消えた。

弟の話を警察にするべきだろうか。ポケットの中の名刺に触れる。いや、監視カメラで不審者の出入りがないことさえ分かれば、犯人は自ずと浮き上がってくるだろう。

弟の発泡酒を勝手に飲み干して、大きなため息をついた。

テレビをつけると、どこの局も爆破事件のニュースだ。その内の一つに会場の爆発直後の映像が流れていた。視聴者提供とクレジットされている。さまざまな怒号が飛び交う中を逃げまどう人たちが出口へ走り、奥の方では火の手が上がっている。撮影者も焦っているようで、映像が縦横に揺れている。
その映像に私は息を呑んだ。燃えながら空中を漂う、萩の月の黄色い包装紙が見えた。


この話はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。

この記事が参加している募集

ほろ酔い文学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?