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じさつとたましい47

呉越先生を訪ねると、先生は実習室Aで
箱庭をしていた。

「最近、レポートの添削やら実習やらで。
疲れちゃってねえー」

渦を巻いた砂の上を、人や動物や魚たちが
円になって歩いている箱庭を作っていた。

「輪廻転生〜!なんちゃってね」

円の中には、カバもいた。
カバは生きていた。

あの日、Aが亡くなった夏、
帰省する前に呉越先生のところに寄った。
先生は新しく買った箱庭の玩具だと、
ピンクのカバを私に見せた。
あの日私は確実にカバと目があった。

それから、馨に誘われて行った動物園でも
カバに出会った。生きているものの強い刺激や
魅力がそこにはあった。

今日もまたカバは輪廻転生の廻りの中を歩いている。

黒い海。輪廻転生は黒い海の中か。

気づけば黒い海は、"脅威"だけではなくなっていた。
黒い海は、光が当たり、波打っていた。
黒い海だけど、私の中で色が変わっていた。

今日はアメイジンググレースの話を
呉越先生にもしようと思って来たのだった。

しかし、そんな気はすっかりなくなってしまった。

「すえっちゃんも、なんか置く?」

呉越先生に勧められて、私は久しぶりに
箱庭に玩具を置いてみせた。

輪廻転生の、渦の、円の中心に
井戸を置いてみたのだ。

「まぁー」

先生はハッとしたような、しかし
それよりはもっと静かで深いリアクションをしていた。

黒い海に通づるような、
深い空間が広がっていた。

黒い海はもはや"死"だけではなかった。

アメイジンググレースもそこでは流れていた。

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