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小規模のプロジェクトが持つ参加や参画の力学から考える─『新建築』2018年9月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)


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評者:連勇太朗
目次
●顔の見えない巨大プロジェクト
●関係性の中で意味を獲得していく建築─栗源第一薪炭供給所(1K)
●まちの風景を魅力的に更新していく─前橋デザインプロジェクト,商店街HOTEL 講 大津百町,クリばこ,青梅麦酒
●生き続ける「思い」─Ginza Sony Park
●再び巨大プロジェクトについて



今月号の執筆期間中に海外出張が重なってしまったため対談が組めなく,今回はイレギュラーに単独執筆とさせていただきました.

顔の見えない巨大プロジェクト

巨大プロジェクトはいつの時代も人びとの夢です.多くのエネルギーとお金がつぎ込まれ,多くのものが運ばれ組み立てられる.ビッグプロジェクトはそれ自体に感動が宿るものだと思います.

でも,何なのでしょう.
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会会場施設整備事業の記事を読んでもワクワクした気持ちを微塵も感じないのは.

インターネットで検索して「東京2020大会開催基本計画」をPDFでダウンロードして読んでみました.
大会ビジョンの一節に

「史上もっともイノベーティブで,世界にポジティブな改革をもたらす大会とする」

とあります.そして,ことあるごとに(そしてそれが違和感を覚えたポイントのひとつでもあるのですが)「1964年の大会は日本を大きく変えた」と繰り返し述べられている.
1980年代後半生まれの人間としては, 1964年当時の日本人の熱気や一体感を強調するようなもの言いは懐古趣味にしか感じないし,そもそもイノベーティブとか改革といった質のものを本大会から今のところ何も感じません.
キーワードのみがひとり歩きしているからでしょうか.同じくイノベーションを標榜する殿町国際戦略拠点 キングスカイフロントも巨大プロジェクトですが,熱くなる気持ちや関わりたいという気持ちが湧かないのは前者のプロジェクトと同じです.

雑誌というメディアから感じる表面的な印象なので,バイアスがかかっているわけですが,テキストからは標語や文脈が語られるのみで,その場から何が生まれるのか,どういう働き方が実現するのか,どんな人たちが関わっているのか,イノベーションにおいて決定的に大事な情報が何ひとつ伝わってこないのは残念です.
そしてそうした印象を決定付けているのが,プロジェクトの器である建築・環境・空間から直感的・感覚的に感じるものを通してなので,ひとりの建築人としては虚しい気持ちになりました.



関係性の中で意味を獲得していく建築─栗源第一薪炭供給所(1K)

今月号の特徴は,こうした巨大プロジェクトと対比的に,まちづくり会社やエリアコーディネーションと綿密に連動した小規模かつ点在型のプロジェクトが数多く掲載されていることです.

栗源第一薪炭供給所(1K)|アトリエ・ワン

栗源第一薪炭供給所(1K)は派手ではないけれど,材料,行為,機材(道具),そして建築物が等価に扱われ,丁寧に環境の中に再配置されていることを読み取ることができます.
塚本由晴氏の言葉を借りれば,まさしく事物連関の中で建築を組み上げた成果なのでしょう.網膜に刺激的に訴えかける建築物ではなく,関係性の中で意味を獲得していく建築のあり方を予感させてくれます.

福祉楽団という事業主体が,近代社会を通して分化してしまった福祉,ケア,仕事,食などの要素を丸ごとひとつのプロジェクトとして成立させていき,それをアトリエ・ワンが環境として具現化していくというサイクルが今後どのように展開していくのか,想像するだけでとてもワクワクします.




まちの風景を魅力的に更新していく─前橋デザインプロジェクト,商店街HOTEL 講 大津百町クリばこ青梅麦酒

前橋デザインプロジェクト Mビル(GRASSA)+なか又|
中村竜治建築設計事務所(Mビル) 長坂常/スキーマ建築計画(なか又)

前橋デザインプロジェクトのMビル(GRASSA)+なか又は,誌面をめくった瞬間に,何か「通常ではない」ことが起きていることを感じさせます.
中村竜治氏と長坂常氏という強烈な個性が並んでいるのに,この妙なまとまりはなんなのでしょう.かといって,個性や作家性が消失しているわけでは決してない.

誌面を読み進めたら,橋本薫氏率いる前橋まちなかエージェンシーの存在を知り,納得がいきました.
人が中心にいて,そこにビジョンがある.まちの風景を魅力的に更新していく原動力,その基本要素を教えてもらった気がします.この基本要素が前橋にあることで,ちょっと奇妙で,でも周辺にフィットした,そして愛すべきチャーミングな建物がポコポコと増えていくさまを容易に想像することができます.


商店街HOTEL 講 大津百町|竹原義二/無有建築工房

クリばこ|伊藤孝紀/タイプ・エービー

他にも商店街HOTEL 講 大津百町クリばこ青梅麦酒など,特定の人たちの企みがあって,新しく場所ができて,そこで働いたり,過ごしたりする人がいる.そうした魅力的なプロジェクトが数多く掲載されています.

青梅麦酒|
西沢大良建築設計事務所+芝浦工業大学西沢大良研究室

青梅麦酒の断面が,通常のリノベーションと決定的に異なる位相で発明的な操作をしていることは,今回の月評の筋とは外れますがひと言触れておきたいと思います.実際に訪れたわけではないのであくまで想像ですが,リノベーションプロジェクトが既存の持つ独特のテクスチャーや質感に頼りがちになってしまうのに対して,青梅麦酒は断面の操作によって領域を画定し,そこに上部から光を取り入れ拡散させることで,空間を構成的に出現させることに成功しています. 



生き続ける「思い」─Ginza Sony Park

Ginza Sony Park|Ginza Sony Park Project

Ginza Sony Parkは,現在のソニーのビジョンを体現しているというよりは,過去のソニー,そして当時の芦原義信氏が設計に込めた思いを強く感じさせるプロジェクトです.
そういう意味で,ひとりの人間の強い思いが長い時間を経過しても生き続け,誰かの意思決定に影響を与えていくという好循環の存在を立証しているようで励まされます.現時点でのソニーや本プロジェクトそのものの是非を問うのはまだ時期尚早という感じでしょうか.


再び巨大プロジェクトについて

さて,再び冒頭の大会開催基本計画に戻りますが,今回の大会ではアスリートだけでなくさまざまな人びとの参画・参加の重要性が謳われています.
ひとまずそれは,ボランティア,公募,人気投票,寄付などそうしたことを意味しているのでしょう…….

しかし,後半で挙げたプロジェクトを見てみれば,参加や参画が遥かに多様で豊かな意味を持っているということに気付かされます.
こうした小規模のプロジェクトが持つ参加や参画の力学を,なんらかの方法で前段で触れたような巨大プロジェクトに投射し,組み込むことはできないのでしょうか.それが現時点でできていないのが,社会の構造的な問題に起因するのか,単なるわれわれの努力不足にすぎないのか,私には分かりません.

ただ,魅力的な原石があり,そこにビジョンが描かれ,さまざまな人たちの思いが重なったその時に,資本が投下され,原石を大きな宝石にしていくことができる,そうした社会にしたいと強く思います.




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