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森が教えてくれること-皆野アルプスを行く破風山ハイキング⑳

粒粒塊ウンチを発見。

「あっ、糞がある。」

目に入った何にでも興味を示すのん。下品を好まないたぁは知りたくなかったご様子。しかしのんの観察は続く。

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フムフムフム・・・

コース上にあり形も乱れておらず乾燥も見られない。さほど古くないものだろう。どうやら熊のほかにもイノシシのものらしい。遭遇せずして何よりだ。こうなるとミーハーたぁの熊スプレーは本当に価値があるものなんだぁと静かに納得。

足元に気を付けながら下を向いて歩いているせいか小さな発見は続く。3-4cmほどの小さな松ぼっくりが集団で落ちている。近くに松の木があるのかな?と見回すもののその姿は見当たらなかった。

次に目にしたのはアリンコ世界。力持ちのアリンコさん3匹が大きな獲物を一緒に運んでいる。協力することをアリンコさんはちゃんと知っているんだぁ。力を合わせて事を成す。やっぱり森の世界と人間社会に大きさな差はない。

長生荘バス停行きの道が分かれる三叉に到着、15時25分。

「何この道?」

長生荘バス方面への道に目を向けたのんは驚く。

「えー、これ道?あぁ確かにね。」

それは急な急な細い下り。この道に比べれば二人が進むべき道はまだ増しだと思える。

よしっ、先へ進もう。

地図によれば後35分で大渕登山口のはず。終わりに近づくと安堵感で再びテンションが上がる。

「どうして山登るの?疲れるだけじゃん。」

このような質問をのんは何度か受けたことがある。いつも返答に困ってしまう。

だって一見体験にしかずだから。

「うーん、森にいると癒されて気持ちいいよ。」

答えとして間違いないがそれが理由のすべてではない。自然が与えてくれる空間が癒しに繋がるのはもちろんのことだ。ただ山登りそのものを通して学べることが多い。

ハイキングはスタートした時からゴールがある。ゴールを目指して進む。ようはハイキングの目的はハイキングを終えることでもあるのだ。その終えるまでの道中、自らを奮い立たせ進む。

道幅狭く木の根や岩に邪魔され、滑りやすい道がある。岩登りは怖いし、滑って尻もちだってつく。もうヘトヘトに疲れているのに止まれない現実を目の当たりにする。

でも平坦な道は簡単に進め周辺を眺める余裕がある。険しい上りの後には美しい眺望が望められる。転んだり滑ったりしたら身の安全を改めて確認するチャンスをもらえる。

道はただきつくて辛いだけじゃない。沢山の楽しみと学びがある。文句を言いながらでも良いし、ゆっくり自分のペースで構わない。自らの足でゴールして、その思いを噛み締めたい。道が長く苦難であればあるほど得られる達成感は大きくなる。

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そしてハイカーが山を満喫できるように山の中に道が作られ、迷わないようにと標識が立てられている。険しい場所にはロープも用意され、事前に地図や情報を得ることも出来る。どれほどの人たちがハイキングコースを維持するために手を貸してくれていることか。自然と人への感謝が生まれてくる。

さらにハイキング前の準備。荷物が多すぎれば重く背中にのしかかり、歩く負担となる。しかし何も持たずに山に入るのは危険。万が一の備えと最低限のものを背に山へと入り、それで十分豊かだと感じさせてくれる。 “これしか持っていない”のではなく“こんなに持っている”と自然と思えてくるのだ。

のんは自然に癒され、達成感を味わい、狂った感覚を修正してもらうためにハイキングをしているのかもしれない。それを山登りしない人に伝えるのは容易ではない。

道は急こう配の下りが続く。相変わらず辛い辛いと口から漏らしつつもスカスカ歩く。だからこそたぁも一緒にやっていられるのだろう。

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