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終わりと追憶。

好きになった人を忘れるなんて不可能なことで。
ずっと続くと思っていたことに終わりが来るだなんて、考えたことも無くて。
それだけ、幸せに浸ってしまっていた。
浸っても浸りきれない後悔を、
今でも引き摺っていた。






「 なあーーー 」

よく分からない声を上げながら俺の背中に体重をかける彼に向け “ 何? ” と短く返す。
咄嗟に嬉しそうに笑いながら “ 好き ” と言われた。
またか、といつも通り軽く溜息を吐いてから俺は言葉を繋げた。

「 お前さあ…、毎日好き好き言い過ぎじゃね? 」

「   そうかなあ…?
       …え、もしや僕のこと嫌い?泣いてい? 」

「 違うそういうことじゃないネガティブ辞めろ 」

彼は1日に10回は必ず “ 好き ” と伝えてくる。
過去の例を挙げると、

『 眠そうにしてるとこも好き 』
『 僕以外の人に触れようとしないの好き 』 
『 僕のせいで死にたくなってるのも好き 』 

最後の好きの使い方はイラついたから殴った。
確かに俺は嫉妬狂って自殺までしようとした。
それでもあの言い方は流石の俺でも頭に来てしまうので殴る対象。これに至っては自業自得だと思う。
彼はとにかく “ 好き ” という言葉を乱用する。


「 なんで僕には好きって言ってくれないの? 」

不服そうに頬を膨らませる姿はいつ何度見ても普通に可愛いと思う。
その可愛さに惑わされ悶えそうになりながらも俺は冷静に答える。

「 大切な時にだけ言いたいから。 」

「 え〜?例えば?どんな時? 」

「 お前の誕生日とか、俺らが付き合った日とか。 」

「 記念日ってこと!?!?!? 」

「 そゆこと。理解早いじゃん。 」

“ え〜…? ” と言いながら頬を赤らめた。
そんな仕草にぐっと来てしまうが何とか聞き流す。
満足したのかはわからないが、照れ照れとする様子を見て場を凌ぐ。
しばらくしてから彼はふと表情を変えた。
そして慌てた様子で俺の手を掴み、不安そうにしながら問いかけられた。

「 叶和は、普段から好きっていってくれないの? 」

「 …俺は大事な時しか言わない。
    そうじゃないと、好きっていう言葉の価値が
    下がる気がする。」

「 そ、っかあ… 」

しゅんとする涼の頭を軽く撫でる。
そうすると彼は、寂しそうに、けれど嬉しそうに俺の手に擦り付く。
犬みたいだな、と思うがこれも口には出さない。
笑いを堪えていると突然、そっと俺の手に頬を擦り付けたまま話し出した。

「 人、ってさ、簡単に居なくなっちゃうんだよ、
    僕は、失ってから後悔は、したく、ない、 」

途切れ途切れにしつつも言い切った彼の言葉に少し困惑する。
居なくなる。意味がわからなかった。
グイッと身体を引き、優しく抱きしめる。

「 俺は涼の傍からは居なくならない。
     だからそんな不安にならなくていい。な? 」

その言葉を聞いてからぐすっと音を漏らし、数秒後には綺麗な瞳に少し水の膜を張りながらも、俺の居る正面を向きこくりと頷いていた。
ふ、と笑って抱きしめながら再び頭を撫でる。





そんなやり取りをした日が、もう懐かしい。





あの会話を交わしてから数ヶ月が経った雪が降る1月
俺より先に離れていったのは彼の方だった。

「 っ…ごめ、ん…俺が、もっとちゃんと…
     りょう、ごめん… 」

彼が眠る棺の前で涙を零す。
後悔と悲しみが混じり合った涙は止まることなくぱたぱたと地面に跡を残した。


「 俺が、ちゃんと向き合ってあげれば、よかった、
     ごめん…、好き、だから、今でも好きだから、
     愛してる、誰よりも、ずっと、愛してる、よ… 」


呪いのように呟き続ける。
深い眠りに堕ちた彼にはきっと届かない。
温かさなんて欠片もない、冷えきった涼の身体に触れる。
微かに微笑む彼の笑顔は、好きについて語り合ったあの日と限りなく似ていて。
余計に苦しくなった。







最愛だった恋人がいなくなってから1年。
今でもあの時の “ 後悔 ” は消えない。
薄れることは無く、濃くなる一方。
俺の心もズタズタだった。
ある日のこと、身に覚えのない女に告白された。

「 好き 」

短くそう伝えられた。
ああ、付き合っていたことは、誰にも言ったことがなかったな。
と、思い出す。

「 ごめん、俺は… 」

断りの謝罪を入れようと声を出し始めた直後に、俺の目の前に立つ女は俺の声を遮った。

「 叶和君が私の事好きじゃなくても、
    私は “ ずっと好き ” だから…っ…? 」

「 …ごめん。その言葉は、聞きたくなかった、 」

その言葉は、俺と涼だけの “ 特別 ” だったから。
他人の口からは聞きたくなかった。
女の口に手を当て黙らせる。
困ったように立ち竦む相手を置き去りにして陽の当たりの悪い空き教室の片隅に座り込む。
そして俺は改めて実感した。

1度でも好きになった人は忘れられない。
新しく他の人を好きになるなんて出来ない。
無理だ。

と。
あの時から1年と1ヶ月が経ち、2月になった今でも雪は降り続けている。
寒い筈なのに、寒さは感じなかった。
寂寥感だけが今の自分を埋めつくしていたから。




「 やっぱ俺、涼のことが好きだわ、
     涼以外のことなんて、考えらんない。
     会いたい。抱き締めたい。
     ずっと… 」







「  涼だけが、ずっと好きだよ。 」






涼が眠る棺の前で泣きじゃくったあの日と同じように、涙を流す。
できる限り声を殺して、泣き続けた。
幻聴かもしれない。幻覚かもしれなかった。
俯いて嗚咽を繰り返す俺の背中に一瞬、微かな重みが重なった。
そして、声が聞こえた。





『 僕も叶和がずっと好き。 』





[  END  ]

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