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生きた痕跡は遺さない。

空に輝く星以外、何も無い崖の上。
ヒュッと冷たい風が僕の低くなった体温を更に低下させ、身を縮ませた。

「 今日も此処に居たんだ? 」

聞き覚えの声が無音の世界に響いた。
ゆっくりと上を向けば、
やんわりと微笑む少年が居る。
ぽかんと口を開けていると、笑ったまま何も言わずに僕の隣に座り込んだ。
抱き着く訳でも無く、猫の様に擦り寄る訳でも無く。
ただ横に座り、けれど少し僕の冷えた身体に寄り添ってくれた。
じんわりと左肩が暖かくなり、次第に全身に熱が回った気がした。

 「 …何で来たの? 」

鋭く睨みつけてもひるむことなく笑顔で答える。

「 君の姿が見えたから! 」

こんな街外れな街灯のひとつもない場所で僕の姿を見つけるなんて、相当ヤバい奴なんだなと改めて自覚した。
“ 帰れ ” と言を発しようとした矢先に彼が言葉を繋げた。

「 って言うのもあるし、君と、色々話したいなって        思ったから。来ちゃったw 」

“ 迷惑だったかな? ” と不安気な表情を作っていた。
いや、本心なのだろうけど。
ずっと笑顔を保っている彼は、いつでも仮面を被っている気はしている。
それでも偶に、ふと寂しそうな顔をする。
今だってそうだった。
だから追い払おうなんてできなくて。
そのまま許容してしまう。

「 で、何話すわけ? 」

じっと見詰めると、 “ 恋バナ!! ” と瞳を輝かせて期待を膨らませていた。
“ 話すことない帰れ ” と言うと “ じゃあボクに語らせてよ〜 ” なんて言ってしょぼくれていた。
しばらくの葛藤があってから結局僕は折れて、話すこととなってしまった。

「 まあ恋バナと言っても、君の大切な人達の話を聞きたかっただけ。 」

「 …僕の? 」

「 居るでしょ?大切な人。
    其の人達の事、どう思ってる? 」

思いかけていなかった内容に動揺する。
しばらく沈黙の空間が流れ、それに耐えられなくなった僕は仕方が無く喋った。

「 幸せには、なってほしいよ。
     けど、どうしても。拭えないんだよ。
     僕、は、終わるなら、綺麗に終わりたい。 」

過去に起こした自殺未遂の数々。
大切な人達にそれがバレてしまって、酷く怒られた思い出がある。
散々怒られたけど、それでも自分が抱えた強い希死念慮には抗えなくて。
挙句の果てにそんな僕に呆れたのか、彼等はもう怒ってくれなくなってしまった。
自業自得、なんだけど。それも少し、痛かった。

「 …怒ってくれる、って、本当に愛情がないと出来ない物だと思う。 」

僕がぽつりと零した言葉も、彼は優しく拾ってくれた。

「 ボクも、其れには共感だなあw
     情が湧いた程度なら、怒りなんて覚えないもん 」

どこか懐かしそうに空を見上げていた。
言葉は笑っていても、顔は笑っていなかった。
ちゃんと本心なんだな、と雰囲気でもわかる。
“ そうだな ” と相槌を打つ。
彼は身体を丸め、 “ 幸せ、って、何だろうね ” と苦笑していた。

「 幸せ、何だろうな。
     僕は生きていることが幸せとは思わないけど。 」

生きている今、大切な人達のうち2人はいなくなってしまっている。
そんな現状を受け止めて生きたいなんてお世辞でも言えなくて、僕が抱いた想いは強くなっていくばかりだった。

「 …ボクはさあ、君以外、こうやって話せる人居ないから、正直凄い嬉しいんだ。
     生きてるのも、悪くないなって思える。 」

そんなことを言う彼に向けて、問いかける。

「 お前は僕が、今ここで飛び降りようとしてたら、
     止める? 」

そう言ってから僕が首を傾げると彼はふはっ、と笑って迷いなく答えてくれた。

「 止めない。けど、ボクも飛び降りる。
    君が死んだら、ボクは生きる意味見出せないし。」

予想外の回答に少し吃驚する。
心中、と言ってしまえば聞こえはいいけれど、死を選んでしまうほど僕と話すことに価値を感じていたのかと複雑な心情に追いやられる。
眉を寄せる僕をみて彼は同じ質問をした。
“ ボクが死のうとしてたらどうする? ” と。

「 …お前と死にたい。なんて思ったことは無いけど
     一緒に死ぬかな。多分。 」

曖昧な返事をするとそれが可笑しかったのか彼は笑いだした。
ツボにハマっている彼を見ているうちに自分も吹き出してしまって、何も無かったはずの空間に笑いが飛び交った。
こんなにも笑ったのはいつぶりだろう、なんて考える暇もなく、ひたすら笑った。




笑いが尽きた頃、そろそろいいかなと思った。

「 幸せにはなってほしい。って言ったけど。
     それは酷い独善でしかないと思うんだ。 」

笑みを消した僕をみて、初めて真顔になった彼を見る。

「 大切な人が笑っていてくれるだけで僕自身は
     “ 幸せ ” なんだ。
     比喩じゃなくて、笑って幸せに生きて欲しかった
     見ず知らずの誰かに何を言われても、
     それを冀うよ。僕は。 」

言い切った後に立ち上がり、できるだけ綺麗に笑ってみせる。
演技ではなく、素で。
これがきっと、最期になるだろうから。
笑った僕をみて呆然としている彼を見下ろし、1歩後退る。
それから数歩、また下がった頃に、彼は声を出した

「 まっ、て、 っ…! 」

こちらにこようとしたのだろう。
けれど足が竦んでいるのか動けずにいる彼をみて


「 お前と話せて、俺はよかったよ。
     お前も、幸せになってよ。
     僕なんかを生き甲斐にしなくとも、
     お前は生きていける人間だから。
     僕とは、俺とは違う。
     ちゃんとした “ 人間 ” 。 」


と言葉をかける。
彼が僕の手首を掴もうと必死になっていたが、くるりと回って避けた。
まって、と泣きそうになっている彼の心情はいまいちよくわからない。理解できない。
それなのに、僕の頬には生暖かい雫が一筋の線を描いた。
風が止み静寂と少しの輝きを放つ星空の空間に2人。

「 …色々思い出させてくれてありがとう。 」

そう言い遺し、
彼が瞬きをした一瞬で僕は姿を消した。

「 あ、れ …? 」

彼が困惑を露わにする。
また動けないのだろう。
目の前で誰かが居なくなることは久々だったはず。
フラッシュバックさせてしまったのだろうけれど、僕に気の迷いはなかった。
あれ以上息をし続けていたって僕は苦しいだけだ。
ならば身を投げてしまおうと思い足を運んだ
この “ 舞台 ” 。
思いがけない出演者に驚いたがそんなのも束の間だった。
僕があの星と一体化できる、最期の芝居。
『 綺麗に終わりたかった。 』
なんて願いは簡単には叶わない。
観客がいない舞台の上での僕は何も無いのだ。
だからエンドロールを飾っても、見る人がいないのならば綺麗な終わりなんて迎えられない。
例え役者が揃っていても、迎えられない。
だから僕は気にせず舞った。
何も考えないようにして、崖に立った今日。
最期に会えた、最後の独りの、大切な人。
僕の残った大切な人は、紛れもなく君だったんだよ。
そう伝える間もなく堕ちた。
彼の泣き声が、赤く染った僕の身体を飾ってくれた。




過去1番で綺麗なエンドロールを迎えた気がした。

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