花音
『花音』
著 伊藤マサミ
雄大な自然が広がる山岳地帯。その景色の中に忽然と隆起した鉄の街。大きな山を2つほど切り崩して作られたその街は、昼夜問わず蒸気を噴き上げ、眩いネオンが輝く摩天楼。しかしその作りは、中心部の発展した都市部と、明かりの灯らない縁の郊外。そして街の周囲をぐるりと囲む山と森の境目には、開発途中とみられる歪な工業地帯。
浸食している。
街がその手足を広げ、森と山の色彩をゆっくりと灰色に変えていくのだ。
一角で火の手が上がる。森が燃えている。山が揺れている。
よからぬことが起きているのだ。この国で、何年と、何十年と。
アバン
そこはただ暗闇。まだ物語のページは開かれていない。闇の中に手を伸ばす男に光が射す。男の名は【アイン】
アイン「この手が届くと信じていた!あの時見せたお前の笑顔が、この時代の闇を照らす光に見えたんだ!樹樹!この手はお前の!」
その呼び声に応えるかのように、傍らで手を伸ばす女。名前は【樹樹(じゅじゅ)】
樹樹「この手ですべて払ってきた!後戻りはしない!でも、あの時確かに私の中にはお前がいた!アイン、このココロはお前の!」
其処はどことも知れぬ空間。まるで暗転した劇場に2人だけがスポットライトを浴びているようである。
突如、2人を照らしていた光が消える。その背後で、闇に浮かび上がる男。名前を【番(つがい)】
番はただ真っ直ぐとあなたに語り掛ける。
番「時の流れに配属されし、生きとし生けるすべてのモノ。互いを愛し、互いを育み、認め合う。それが生命としての理想郷ならば、古代ギリシャの聖地アルカディアがそうであったように、カルラルの麓、幻のシャングリラがそうであったように、我々は常に理想郷を求める。なぜか…それは命あるものは皆、母体という聖域より生まれ出でたものだからだ。…さて、いつからだろう。互いに命あるものがそれを「奪い合う」様になったのは。命が等価値であるが故、人が「互い」をではなく「自己」を尊重したとき…差し伸べるものは…。…失礼。私はこの世界の住人であり、異端。皆さまがこれより目の当たりにする世界の爪弾き者。ここはそう…古代ギリシャでもなければ、2023年東京でもない。そう、ここは。」
再び、アインと樹樹に明かりが灯る。ゆっくりと目を開き、物語を紡ぐために立ち上がる。
アイン「とある世界…とある国」
樹樹「その歴史の…分かれ目」
突如、あなたの眼前に景色が広がる。
そこは深い森の中、許された者しか立ち入ることの出来ない聖域。落ち葉を散らし、まるで獣のような俊敏さで集まる者たち。獣たちは一人の女性の前にひれ伏す。
風牙「現在、王国軍はついに前線を突破し境の森にて陣を敷いております。」
烈火「人間共が!」
雪那「森羅様、このままでは…!」
【森羅】
と呼ばれたその女性は、美しく、旋律のような声で言葉をかける
森羅「愛しき戦士たち。今は耐えるのです。あなた達の決意がいつの日か、悪しき人間を打ち滅ぼすときまで。」
意を決した獣たちが森の中へ駆けていく。そこへ、少し遅れて現れる樹樹。
樹樹「母様!」
森羅「…」
静かに樹樹を見つめる森羅。娘が言いたいことは分かっている。
樹樹は戦いたいのだ。自分たちの棲み処を脅かす者と。
しかし、母である森羅はそれに沈黙を以て答え、静かに森に消える。
樹樹「私は…!」
拳を握り、掛けていく樹樹。
景色は変わり鉄の街へ。その中心にそびえ立つ鉄と蒸気と歯車で組みあがった巨大な城。この街が【王都】と呼ばれる所以である。
長い廊下を国王【シルバ】
と、前線部隊長の【ジュラ】
が歩く。
ジュラ「報告です。我ら王国軍前線部隊、ついに境の森を占領いたしました。」
シルバ「よくぞやった。引き続き隊の編成、並びに新型兵器導入の指揮官、お前に託すぞ。」
怒りと焦りに満ちた森に棲む者たちとは、まるで対照的な表情を浮かべる2人。
そこへ駆け込んでくるアイン
アイン「父上!私も前線に加えてください!」
アインもまた、自身の中に在る思いの為、戦場へ赴くことを願っていた。
しかし、その必死の訴えは容易く切り捨てられる。
シルバ「ならん。」
アイン「何故です!私は―」
シルバ「―くどい!我が命聞けぬとあらばお前とて牢に繋ぐぞ。馬鹿息子が。」
取り残されるアイン。強く拳を握り締める。
アイン「俺は…!」
眼前に広がった世界は再び闇に包まれ、番が浮かび上がる。
あなたには、今見た世界がどのように見えただろうか?
ゆっくりと、再び番はあなたに語り掛ける。
番「国は二つに分かれ互いは争っていた。強大な知力と軍事力をもつ人間の王国。そして精霊と共に森を守り、獣がごとき戦闘力を誇る緋族の里。変革か、安寧か。互いが互いの存在を否定し、傷つけあう。対立する両陣の争いは実に50年と渡り続いた。そして今、その戦いが終局を迎えようとしていた。人間の王子、アイン。緋族の姫、樹樹。この二人の、出会いによって。」
物語の扉が開く。開けば、もう後戻りはできない。
番「…さぁ、世界のリスタートを」
SCENE1
森の中を、息を切らして駆けていく少女【スズネ】
長いスカートに、揺れる髪飾り。およそ森に入るには相応しくない装い。
スズネを追ってくる緋族たち。あっという間に囲まれ、追いつめられてしまう。
スズネ「やだ…助けて!」
スズネに掛かる一刀が振り下ろされるより早くその声は届く。
ニケル「待て!」
木の上から颯爽と現れる男【ニケル】
ニケル「女の子を寄ってたかって囲むなんて、趣味悪いぞ!」
スズネ「ニケル!」
ニケルと呼ばれた男は、素早い動きで緋族をスズネから引きはがす。
体術に覚えがあり、その動きに緋族たちも警戒を強める。
ニケル「駄目じゃないですかスズネ様!こんなところまで来たりして!」
スズネ「だって!」
ニケル「だってじゃありません!アイン様に来るなって言われたでしょ!」
スズネ「ごめん…ってか今そんな話してる場合!?」
ニケル「でもちゃんと聞いておかないと。」
スズネ「敵がいるのよ?」
ニケル「大丈夫ですよ。」
スズネ「え?」
ニケル「すぐに終わらせる。」
翻り、勇ましく構えるニケル。
スズネ「かっこいい!」
ゆっくりと緋族に歩み寄るニケル。しかし、緋族が放った一発のパンチをくらい。その場にうずくまる。そう、ニケルはとてつもなく弱かったのだ。
心配そうに駆け寄るスズネ。
スズネ「………だ…大丈夫?」
ニケル「うん…ちょっと油断した。」
スズネ「あそう。ねぇ聞いていい?あたし今すっごく不安になったんだけど、本当に大丈夫?」
ニケル「うん大丈夫。」
スズネ「今なに考えてる?」
ニケル「時が戻ればいいのに。」
スズネ「だよね!ていうかちょっと泣いてる?泣いてるよね!?」
ニケル「泣いてない!泣いたことない!」
そう言っているニケルの鼻からは情けなく血が垂れている。
スズネ「嘘つけ!あと鼻血を拭け!」
緋族「死ねぇ!」
襲い掛かる緋族に追い詰められるニケルとスズネ。
ニケル「やっぱアイン様やラティナみたいにはいかないか…」
スズネ「ちょっとどうすんのこれぇ!」
緋族「覚悟しろ…人間!」
絶体絶命の危機に、駆けつける女戦士【ステラ】
ステラ「人間なめんじゃないよ!」
ステラ、手にした2丁拳銃で緋族たちを軽々と撃ち倒していく。長い髪を揺らし戦うその様は、味方にとって見ればまさに戦場のジャンヌダルク。銃口を向けられた側は、恐ろしい処刑人となる。ステラの猛威に数を失う緋族たち。しかし、目の灯る怒りの火は消えていない。
ステラ「少なくとも、野蛮で気色悪いあんた等緋族よりは、ましだと思うけどぉ?」
ステラは自分たちを「人間」と言い、緋族を人間以下の野蛮な存在として蔑む。この国の分かたれた差別感情が彼女に、いや、王都のほぼすべての人間に根付いているのだ。
緋族「女…今我らを…誇り高き我ら緋族を侮辱したか!」
ステラ「本当の事を言っただけじゃん?」
ステラの声を制するように森の中より一人の男。剣を携え、凛とした表情である。名前を【ラティナ】
ラティナ「よせステラ。口喧嘩をしに来たのか?」
ニケル「ラティナ!」
その名前を聞いた緋族は一瞬にして体を強張らせる。戦場に於いてその名前は、死神に出会うことと同義故である。
緋族「ラティナ…!」
ステラ「お、知ってる?さっすが有名だねぇ。ならステラって名前も覚えときな。」
ニケル「そしてニケル!(ステラに睨まれて)…という空気のようなものです。」
ラティナ「覚える必要はない。以後口にすることもないだろう。」
緋族「お前殺せば手柄だ!」
緊張を振り払い、襲い掛かる緋族を流れるような動きで絡み取るラティナ。
ラティナ「下がっていろ。すぐに終わる。」
ステラ「はいはい。」
一瞬であった。流水のように流れるラティナの剣は、瞬く間に緋族たちを斬り伏せた。
一人が残り、手負いの状態で逃げていく。ステラが逃すまいと銃を構える。
ラティナ「放っておけ。」
ラティナは静かに剣を納める。
スズネ「かっこいい…。誰かと違って。」チラリとニケルを見る。
ステラ「スズネ様、そいつには期待するだけ無駄。ホント使えないんだから。」
ニケル「それは!…そうだけど…でも!俺だってみんなの力に―」
ステラ「―実戦で役に立たなきゃ意味ないでしょ!」
ニケルは優しき少年であった。だから誰かを守りたくて兵隊に志願した。演習での成績は高く、身体能力も申し分ない。しかし、実際に戦場に出ると、恐怖で足がすくむのだ。人を傷つけたくない。それが、たとえ緋族であっても。
そこに現れる大柄な男。先ほど逃げた緋族を捕まえている。簡単に逃げられないように、既に足を入念に斬りつけられている。
ジュラ「おいおい、そう苛めるなって、ステラ。」
ステラ「ジュラ隊長。」
【ジュラ】と呼ばれたその男は、緋族を討伐する王都の前線部隊隊長である。腰には日本刀を携え、よく見ると、体中に歴戦の傷跡がある。目の奥は静かに燃えており、ラティナが“戦場の死神”なら、ジュラは“戦場の悪魔”が似つかわしい。
ジュラ「ラティナさんよ、相変わらず詰めが甘いねぇ。」
ラティナ「逃げるものは追わぬ主義だ。」
ジュラ「慈悲だねぇ。よかったなぁ、見逃してくれるってさ。」
ジュラの腕を振りほどく緋族。
緋族「殺せ!我ら誇りある緋族―」
ジュラ「―あいよぉ。」
ジュラは瞬時に抜刀し、緋族を袈裟懸けに斬り捨てる。
その凄惨な光景に思わず目を伏せるスズネ。
ジュラ「だが悪ぃな。俺の主義は「逃がさず殺せ」なんでね。」
スズネ「もうボロボロだったのに…。」
ステラ「仕方ないよ。それが戦争。」
ニケル「…。」
ジュラ「うし、もうすぐ作戦終了だな。ステラ、ニケル」
ビシッと姿勢を正し、返事をするステラとニケル。
ジュラ「もうすぐいつもの合図が鳴る。今夜の進行はここまで。作戦終了までは各自、現在展開中の緋族を見つけ次第全て殺せ。」
ニケル「え、でも。」
ジュラ「聞こえなかったか?視界に入る緋族全てだ。」
ニケル「…分かりました。」
ステラ「隊長は?」
ジュラ「俺はこの「おてんばお嬢様」を王都まで連れ帰る。」
ジュラの屈強な腕に捕まるスズネ。
スズネ「あ、ちょ、ちょっと!」
ステラ「了解しました!ニケル、行くよ。」
早々に賭けていくステラだが、ニケルは立ち止まり、スズネに呼びかける。
ニケル「スズネ様、もう来ちゃ駄目ですよ…こんな所。」
ジュラ「ニケル。お前は優しすぎる。…いざって時、足元すくわれんなよ?」
何故そのような言葉をかけられたのか、一瞬考えたニケルだが。自分の普段の甘さが招いたことなのだと、心の中で認識する。
ニケル「…ハイ。失礼します!」
去っていくニケル。その場に残ったのはラティナ、ジュラ、スズネのみ。
日も沈みかけている。夜の森は深い。
ジュラ「さぁ参りましょうかスズネ様!」
スズネ「無礼者!離しなさい!」
ジュラ「ご結婚を控えた身、少しはご自重ください。」
先ほどからスズネ「様」と呼ばれている彼女は、王都より更に離れた別の国の姫君である。何故そんな彼女が、戦争中の危険な森へ足を踏み入れたのか、それは彼女の中の“ある激情”によるものである。
そしてもう一人、スズネとは違う理由で、“同じ激情”を心の中に持つラティナ。
ジュラ「お前さんはどうすんだ?」
ラティナ「引き続き、自己の判断で行動する。」
ジュラ「ははは、いつもの「かくれんぼ」か?」
ラティナ「笑い事ではない。」
ジュラ「親衛隊が守るべき対象に逃げられる。そりゃ笑うだろう。」
ラティナ「責任は感じている。」
ジュラ「へこむなって。まったく、あなたの婚約者様は行動がそっくりですな。」
スズネ「離して!私はアインに会いに行くの!」
そう、スズネの目的はただ一つ。王子でありながら戦場へと赴く、婚約者のアイン。彼の身を案じ、ただひたすらに想いを巡らせている。
―あの人はすぐに一人で駆けてしまう!鉄の意志と、自身の優しさの果てに!だから追いかけるの!じゃないとあの人は…いつか誰かの犠牲になってしまうの!だから!―
稲光と共に豪雨。
森の中には2人の男女。アインの目線の先に現れる一人の女緋族、樹樹。
仮面を被り、両手には二振りの短剣。華奢な風貌であるが、燃えるような闘争心をその身に宿
している。
アインは争いを止める為
樹樹は戦う為
相反する目的を胸に、二人は戦場で出会った。
アインの元に逃げてくる王国兵。
それを追って現れる緋族たち。
王国兵「うああ!た、助けてくれ!」
アイン、うずくまる兵士の背中にそっと優しく手を置き。
アイン「大丈夫。もう…大丈夫だ。」
王国兵「あ、アイン様!」
樹樹「っ!?」
その名前を知っている。憎き人間。倒すべき敵。その国の、王子であるということを。
…そうか…お前が…!
樹樹、促すと一斉に襲い掛かる緋族たち。アイン、剣を鞘からは抜かず応戦する。兵士を逃がし、美しく素早い動きで緋族たちを倒していく。ただし、一人の命も奪うことなく。
次の瞬間、樹樹がアインに飛び掛かる。その猛攻にアインも本気で受け太刀していく。両者一歩も譲らない、凄まじい打ち合い。
しばらくの攻防の後、樹樹は攻撃を止め、語り掛ける。
樹樹「…ふざけてるのか。」
アイン「何が?」
樹樹「剣を抜け!」
樹樹は気に入らなかった。本気で戦う相手に対し、抜刀をしないアイン。
舐められているのか?人間ごときに。
アイン「んー…いやだね。」
樹樹「ならそのまま死ね!」
憤慨する樹樹の猛攻が再開。しかし、冷静さを欠いた樹樹の剣が大振りになり、一瞬の隙を生む。そこにアインの一刀が樹樹の腹部を横一閃にとらえた。
鞘で殴られたわけだが、アインの一打は確実に樹樹の動きを封じるに至った。
アインは、自分が本気で振り抜いてしまったことに気付き、樹樹に駆け寄る。
近づくアインを振り払う樹樹。その時腕にしていた飾りを落としてしまう。
その腕飾りを拾い樹樹に渡そうと思うが、今の樹樹は近づくもの全てに剣を向ける覇気を纏っており、歩み寄ることができない。
突如鳴り響く王国の作戦終了サイレン。アイン、已む無くその場を去る。
追いかけられない樹樹、膝をつく。
樹樹「負け…た…。…うあああ―――――――――っ!」
猛りに応えるかのように稲光。激しくなる雨。
SCENE2
明くる朝の王都。一糸乱れぬ隊列を組む兵士。その先頭に立つジュラ。全員が跪いたその先に
は国王シルバ。堂々とした風格。その目は威厳と自信に満ち溢れている。アインもその場にい
るが、シルバを避けるように隅に座り込み、樹樹の落とした腕輪を眺めている。
シルバはゆっくりと口を開く。
シルバ「報告を聞こう。」
ジュラ「は。王国軍、境の森にて4度目の陣を展開、残存する緋族前線部隊の一掃を続けてお
ります。」
シルバ「境の森への進行より、いささか失速を感じるが。」
ジュラ「申し訳ありません。造兵はほぼ片づけたのですが…。」
シルバ「どうした。」
ジュラ「はい。兵の報告によりますと、現在前線に恐ろしく強い緋族が現れたとの報告。その者に進行を防がれている模様です。」
シルバ「ついに“三鬼衆”が動き出したか。」
ジュラ「いえ、おそらく別の者かと。両手に赤い剣を持ち、顔には太極を模した面をつけているとか。」
シルバ「太極の面だと。」
ジュラ「ハイ。そしてその図の陽の部分は、赤く塗りつぶされているそうです。」
シルバ「我らを食らうということか。よかろう。その緋族、即刻始末せよ。討ち取りし者には相応の対価を与える。よいな。」
王国兵は力強く応え、去っていく。その場に残ったシルバ、ジュラ、アイン。
シルバ「三鬼衆でなければ新型兵器を導入するまでもない。これ以上の時間はとるな、どんな手を使っても殺せ。」
ジュラ「御意にございます。」
シルバ「それとアイン!…よくもぬけぬけと顔を出せたものだな。」
アイン「あ、じゃあ森で待機していればよかったですねぇ。」
シルバ「お前という奴は!」
アイン「多くの兵の命が失われてる。私だけここで黙ってるわけには―」
シルバ「―戦場で戦い、国を守るのが兵士の役目だ。」
アイン「死ぬこともですか。」
先ほどまでの軽口とはうって変わり、真剣なまなざしを向けるアイン。しかしシルバは息子に対し眉一つ動かさず言い放つ。
シルバ「戦争なのだ。已むを得ん。」
アイン「ですが、今日も多くの命を守りました。」
シルバ「それはお前のすることではないお前は王子なのだ。」
アイン「ならば王子の役目というのはただ部屋に閉じこもり、戦場で傷ついた仲間をただ黙って待つことなのでしょうか。」
シルバ「黙れ!…貴様は国というものをまったく理解しておらん。ラティナを親衛隊として傍につけたのも間違いだったようだな。」
アイン「ラティナは悪くないでしょう!ただ俺が―」
シルバ「―今後お前には24時間の監視をつける。戦況が落ち着くまで、一歩たりとも城を出ることは許さん。」
アイン「父上!」
シルバ「ラティナもお前の親衛隊から外し前線に加える。ジュラ、指揮はお前に任せたぞ。」
ジュラ「は。」
シルバ「少し頭を冷やすのだな。あのおかしな剣も取り上げる。」
言い切った後、これ以上話すことはないと去っていくシルバ。取り残されるアインにジュラが寄り添うように語りかける。
ジュラ「ったく、口喧嘩したって意味ねえの分かってるだろうに…。」
本来であれば、王族であるアインに対し敬語であるはずのジュラが、このようにアインと友人の様な会話ができるのは、ひとえにアインが“そうするように言っている”からである。
ジュラだけではなく。城の兵にも、王都に生きる民にも、同じ一人の人間として接している。
また、ジュラもそんなアインの気持ちを汲み、兄貴分のような立ち位置で彼の相談や剣術の稽古に日々付き合っている。
ジュラ「ま、しゃーねぇな。しばらくは大人しく―」
アイン「―なぁ。」
ジュラ「あ?」
アイン「その太極の面被った緋族って、女なのか?」
ジュラ「…さぁな、何分面が見えねぇし、姿を見たものは皆…ってお前反省してるかぁ!?」
アイン「―女だな。」
ジュラ「は?」
アイン「俺の勘がそう言ってる。」
ジュラ「お前…会ったのか!」
ジュラの目が光る。仮にもこの国の王子が、敵対する緋族の…しかも指名手配中の者と会ったなどと。一歩間違えれば王都全体を揺るがす事態である。
しかし、アインはそんなジュラの緊張感をほどくように、まっすぐに語り掛ける。その目は、どことなく悲しい。
アイン「なぁジュラ。今この国は男も女も、俺たちも緋族も、その子供たちも、みんな争ってる。お互いのことを否定して、憎み合って、殺しあってる。」
ジュラ「…それが戦争だからな。」
アイン「その先どうなる。」
ジュラ「我等の王が目指すの強大な国だ。無論俺たちが勝つさ。」
アイン「勝って次は、更なる国を落とすんだろ?」
ジュラ「ゆくゆくはお前の役目さ。」
アイン「そうだな…。でもその時はきっと、今とは全然違う国になってしまっている。」
ジュラ「だろうな。」
アイン「形を変えてまで手に入れる勝利。人を殺してまで作る国。じゃあ…国ってなんだ。」
ジュラ「お前。」
アイン「王子としては失格なのかもしれないけどさ…俺は国である前に、人でありたいんだ。」
アイン、それ以上は何も言わず、去っていく。その背中は悲しくもあり、それでも揺るがない決意を背負っているようである。その背中を見つめながら滔々とジュラは語る。
ジュラ「…人ねぇ。人であろうなんて思ってたら、戦争なんかできねぇよ。お前もそうだろう?」
ジュラの視線が移る。その先にはラティナ。いつからそこにいたのか、静かにたたずんでいる。
ラティナ「…さぁな。」
ジュラ「あんた次から前線配備だとよ。長いお守りからやっと解放されるな。」
ラティナ「幼少の時分より仕えているにすぎん。」
ジュラ「親友なんだろ?」
ラティナの家は代々王家に仕え、命に代えて主君を守る役目をはたしてきた。ラティナはその剣術の腕を見込まれ、幼少期よりアインのお付きとして常に傍にいた。まだ幼かったアインにとっては自分と歳の近い友達ができたようで、心から喜んだ。ラティナはその屈託ないアインの笑顔を思い浮かべ。嘘偽りなく本心から言う。
ラティナ「分不相応だ。」
ジュラ「ははは。まぁ、折角前線に出てもらうんだ。ブラック企業よろしく、ざくざく働いてくれよ?」
ラティナ「やることは変わらん。ただ守るために剣を取るだけだ。」
ジュラ「詩人だねぇ。腕はたつのに勿体無ぇ。」
ラティナ「どういう意味だ。」
ジュラ「アンタもあんまし「むいてない」ってこった。」
そう言い残し、去っていくジュラ。
“むいてない”とはどういう意味なのか、誰と比較して何に対して…真意は分からないが、ラティナはまた、本心からこう思った。
―そうかもしれん―
景色は変わり、城の一角。大きなため息をつき、うなだれているニケル。
その姿を見付け、背後から忍び寄るステラ。そしてニケルの真後ろで大声。
ステラ「バン!!」
ニケル「敵襲――――っ!」
ニケル、飛び上がりながらその場を離れ、小さくなって周囲を警戒。
その姿を見て、ステラもまた溜息をもらす。
ステラ「…ホント情けないねぇアンタは。」
ニケル「ステラ…?ひどいよ脅かすなんて!」
ステラ「顔、怪我してるけど?」
ニケル「いやこれがね!さっきすごく強い緋族とまさに接戦になって―」
ステラ「―スズネ?」
ニケル「スズネにやられました。」
ステラ「そう…ごめんちょっと引いた。」
ニケル「仕方ないよ!すっごい暴れるんだよ?緋族より恐ろしいよ。」
ステラ「緋族に勝ってから言いなさい。」
ニケル「でもあれは仕方な―」
ステラ「―仕方ない仕方ない!そればっかり。」
ニケル「…ごめん。」
これはいつものやりとりではあるが、今日は少し空気が重い。その空気を察したステラ。
ステラ「…ま、アンタは昔っからそうだから。大丈夫!いざって時は、私が守ってやるよ。」
ニケル「ステラは俺が守るよ!」
ステラ「はははは!「仕方ない仕方ない」のアンタが?」
ニケル「俺だって戦える!」
ステラ「あ!緋族!」
ニケル「危な―――いっ!」
叫びながらこのフロアから姿を消すニケル。逃げ足の速さは、一応戦場でも役立つのだろう。
ステラ「…先行き心配だわ。」
と、また溜息をもらしてその場を後にするステラ。しかし、頭の中に一抹の不安がよぎった。
―あ…心配といえば、森に残してきた選伐隊…大丈夫かな…―
SCENE3
緋族の森は深く、夜はとくに深淵となる。そこに王国兵。4人編成の小隊。
ゆっくり、周囲を警戒しながら歩を進める。
「おい…おい!」「なんだ。」「この辺りはまだ管轄外だ。」「もう少し大丈夫だろ。」
静かな森で声を潜めながら話す兵たち。どうやら未踏の領域まで、自身の判断で踏み入れたのだ。その行動に一人が意見する。
「陣営から離れすぎてる。これ以上は危険だ。」「怖気づいたか?」「何!?」
「やめろ!命令違反になると言ってるんだ。」「でも緋族をやれば俺たちの手柄だ。」
「それはそうだが!」
「ふん。だから“女”は。」
その言葉に反応した兵士が激高する。
「貴様!」
その時、一人の兵士がある違和感に気付く。
女だ。森の中に女がいる月明りの下を悠々と歩き、まるで幻でも見ているかのような光景である。
「おい!あれ…。」「女…?」
森羅「迷い子たち。ここは緋族の里。何人にも侵されざる精霊の領域。それを知って参られましたか。」
「緋族か!」
森羅「我が名は森羅。突然のことゆえ準備ままならず、粗末をお詫びします。」
「森羅…?まさか緋族の…!」
兵士たちが一斉に銃を構えた瞬間。
―目が合った―
彼女の名前は緋族の族長【森羅】
美しく妖艶。その瞳は深く、底なしの闇へと続いているようである。
兵士は動けない。身体は硬直し、心はその深淵に吸い込まれていくように。
森羅、手にした扇子を遊ばせるように開く。
森羅「ただ…折角いらしたのです。せめてひとさし…舞って差し上げましょうか。」
そう言うと森羅、月明りの中で優雅に舞い始める。
先ほど“女”と言われ激高した兵士は恐怖を振り払うように叫ぶ。
「ふざけるな!…え?…おい!」
違和感に気付いた。女兵士以外、全員が構えを解き、吸い寄せられるように森羅へと歩いて行く。
「お前たち…どうしたんだよ!」
そして王国兵たちいはそのまま「舞い」の領域まで歩き続け、ついにはその扇子によって切り刻まれる。
鮮血を飛び散らしながら、深い森で果てる肉塊。その返り血を浴びながら、森羅は微笑む。
森羅「はて、あなたは女でしたか、その身、今宵は恨むこととなりましょう。」
下弦の月のように嗤う森羅の口元。女兵士は確かな死を覚悟したが。同時に激しい怒りの感情でその恐怖を覆いつくした。
―私は女じゃない!戦士だ!お前たちが大切な人を殺した!殺してやる!絶対に!―
「ううう…!!!うあああああああっ!!!!」
雄たけびを上げ、森羅に銃を構える戦士。
しかしその銃口は闇より出でたもう一人の“戦士”樹樹によって跳ね上げられる。
次の瞬間、樹樹の剣は悲しき復讐者を斬り刻んでいた。
しかし、倒れる直前、女兵士は照明弾を森の上空に高く撃ち放った。
―くそ…!悔しい。でも、お前たちは絶対に死ね―
眼前の敵が倒れるやいなや、母に駆け寄る樹樹。
彼女もまた、家族を守ったのだ。
樹樹「母さま!お怪我は!」
森羅「心配なく。…ですが樹樹?我が命を聞かず、また前線に出たことは…」
樹樹「ごめんなさい!…でも…私は…!」
森羅「…顔を上げなさい。大事な腕飾りを無くしてでも、無事に戻ってきたのです。」
森羅は、樹樹がいつも肌身離さず付けていた腕飾りがないことを見抜いていた。
樹樹「…それは…」
森羅「王国軍がついに境の森を占領しました。もはやこれ以上の侵攻は許されません。」
【境の森】それは緋族の森にとって外界との境目であり、いわば国境ともいえる場所。それより先の森はまさに緋族にとっての聖域。そこを侵された今、事態は緋族側が劣勢であることを示している。
突如「こっちだー!」など、声と共に駆け込んでくる王国兵たち。先の照明弾に気付き、駆けつけたのだ。
母を守るべく王国兵の前に立ちはだかる樹樹。
樹樹「はい!だから私が―」
樹樹の声を遮るように。声が森に響く。
「樹樹!お前ェは引っ込んでな!」
森羅は妖しく嗤う。
森羅「来たましたか…【三鬼衆】」
闇より飛び出る【烈火】
【風牙】
【雪那】
森に棲む精霊の力を強く継承した緋族の救世主。一見若く見えるその姿には、歴戦の勇者ともいうべき強烈な威圧感がある。3人は王国兵を圧倒的な力でねじ殺し、森羅の前に跪く。
森「烈火、風牙、雪那。我が愛しき剣(つるぎ)たちよ。彼の者たちの横行はもはや目に余りました。その命、賭してくれますか?」
【烈火】は3人の中で最も野性的で、燃える炎のような闘争心を携えており、【雪那】は対照的に冷静な装い。その目は冷たく暗闇で光る。【風牙】はその大きな躯体から立ち昇る威圧感が、存在の力強さを見せつけている。
烈火「任せてください。」
樹樹「お前ら…!」
雪那「僕たちだって、もう黙ってるわけにはいきません。」
牙「あとは我らに。」
樹樹「待て!私も行く!」
森羅「なりません。」
樹樹「母さま!」
烈火「足手まといなんだよ!黙って大人しく―」
烈火の言葉が終わる前に、その胸倉を掴む樹樹。
樹樹「―もう一度言ってみろ!烈火!」
森羅「では、どうかお願いします。緋族最強の戦士…【三鬼衆】」
三鬼衆「はっ!」
三鬼衆は散り散りになって去り、残される樹樹。
樹樹「母さま!」
森羅「番。」
森羅の呼び声に応えるように、森の中より現れる番。
ローブを深くかぶり、その表情はよく見えない。三鬼衆とも違う、独特の雰囲気を醸している。
番「ここに。」
森羅「我が娘、どうやら先の戦いで傷を負ったようです。」
樹樹「え…?」
―見抜かれていた―
樹樹は咄嗟に、アインに打たれた腹部を隠す。
森羅「しばし牢にでも繋いでおいて下さい。」
番「はい。」
樹樹「母さま!待って下さい!私はまだ―」
森羅「―あなたも戦士なら、敗者にすぐ二度目が無いこともわかりますね?少し頭を冷やしなさい、樹樹。」
そう言い残し、森の中へと消えていく森羅。樹樹は悔しさに口元を歪ませる。
樹樹「敗者…人間なんかに…!」
番「お察しします。ですが御命故、ご辛抱いただきます。失礼。」
そう言うと番、樹樹の前に跪き、腹部に手をかざす。
樹樹「何を・・・」
番「見事なまで綺麗に打たれている。治りも早きことでしょう。」
樹樹「え?」
番「優しき剣と、出会われましたな。」
樹樹の脳裏にアインが浮かぶ。
樹樹「…うるさい!」
去っていく樹樹の背中を見つめる番。
SCENE4
景色は変わり、王都の城へ。
城内を全速力で駆けてくるアイン。辺りを見回し、物陰に隠れる。
そこへ、アインを追って現れる王国兵2人。どうやらアインの監視役であったが、隙をついて逃げられたようだ。
「アイン様っ!」「まったく、目を離すとすぐこれだ!」「とにかく探すぞ。お前は向こうだ!」
そう言って二手に分かれて去る王国兵。アイン、物陰からゆっくりと顔を出す。
アイン「ったく勘弁してくれよぉ」
懐から樹樹の落とした腕飾りを取り出し、それを眺める。それは、アインにとってとても珍しいものであった。ふと、腕にはめてみる。昨日会った緋族のように。
そこに現れるスズネ。全力でアインに突進していく。
スズネ「見つけましたっ!」
アイン「え、ちょっ!スズネ!?」
スズネ「まったく!お父様のお言いつけも聞かずまた逃げたりして!」
アイン「こら離れろ!」
スズネはアインに抱き着いたまま離れない。猪突猛進。全身全霊の愛情表現である。
アインとスズネは両国の親同士が決めた、いわば政略結婚の相手同士である。
スズネはそんな親の取り決めなどなくとも、アインに好意を抱いているのは一目瞭然であるが、
アインは結婚に対しては反対していた。自分にはやるべきことがあり、万が一のことがあれば、
相手を悲しませてしまう。そう思っていたのだ。
なんとか引きはがし、大事な用があるのだと説得するアイン。しかし、スズネは見抜いている。
アインがどこに行こうとしているのかを。
スズネ「また森に行くおつもりですか?」
アイン「ああ。」
スズネ「危険です!」
アイン「スズネがだろ?」
スズネ「え?」
アイン「聞いたぞ?森に入ったって。」
スズネ「それは、アイン様がお父様のお言いつけを―」
アイン「―駄目だって言ったろ?あそこは危険な場所なんだ。」
スズネ「それはアイン様だって!…あれ?そんなのつけてました?」
アイン「あ、ああ…」
一瞬、言い知れぬうしろめたさを感じ、スズネの目線から腕輪を離すように避ける。
しかし、スズネの視線は腕輪から離れない。それもそうである。
“それ”は、この王都では見たことのない作りだからだ。
スズネ「何かの蔓ですか?」
そう。今の王都には植物をアクセサリーにする文化がないのだ。
同じ時間軸で、樹樹は飾りの無くなった腕を気にしている。そこに番が声を掛ける。
番「どうなさいましたか?」
樹樹「いや?」
スズネ「すごく綺麗に結ってある。植物って、こんな使い方もあるんですねぇ。」
アイン「ああ…気づかなかったよな。」
アインは優しく腕飾りを見つめる。
番「森羅様のご命。今暫くは。」
スズネ「何処で見つけられたのですか?」
アイン「それは…」
何かを思い出す樹樹。
樹樹「番。」
番「はい。」
何かを決意するアイン。
アイン「スズネ。」
スズネ「え?」
樹樹「ちょっと、待っててくれ。」
アイン「やっぱり、行ってくるよ。」
番「は…。」
スズネ「え?ちょっと、アイン様。」
同じ空の下で2人の言葉が重なる。
アイン・樹樹「大丈夫。」
樹樹「戦いに行くんじゃない。」
アイン「すぐに戻るからさ。」
樹樹、アイン、駆けて去っていく。
スズネ「あ、アイン様!」
去っていくアインの背中を、寂しそうに見つめるスズネ。
SCENE5
景色は変わり、そこは緋族の森。その外れにある場所。誰も立ち寄らぬ精霊達だけの領域。
木々の生い茂る普段の森とは違い、荒れ果て、干ばつした場所。そしてまるでこの地の再生を願うかのように精霊たちは美しく舞う。そこに現れる樹樹。「すうっ」と深呼吸して、精霊を感じる。
樹樹「居るのか…お前たち。」
樹樹に精霊は見えない。が、その空気を感じながら、何かを探す素振りで歩き回る。そこに一
筋の光。光の中心には小さな芽が出ており、一人の精霊が佇んでいる。樹樹、光の傍に座り込み、優しくほほ笑む。その顔は優しく、戦いの中では決して見せるものではない。
樹樹「もう少しだ。」
突如、精霊達が何かに怯え出し、逃げていく。
樹樹「精霊たちが去った…何か来る…」
樹樹は物陰に隠れ、その優しかった顔に血塗られた太極の面をつける。
しばらくして現れたのはアイン。不思議そうに辺りを見回す。
アイン「木も…草も死んでいる。森の中にこんな荒れ果てた場所が…。そうか、もしかしてここは…!」
アイン、一筋の光に気づき、近寄り手を伸ばす。
アイン「これは…。」
アインがその光に触れそうになったとき、飛び出してくる樹樹。
樹樹「触るな!」
樹樹はアインに飛び掛り、戦いになる。その戦いは激しくも美しい。恐る恐る顔を出した精霊も、やがてその戦いに見とれる。
アイン「お前、昨日の…!」
樹樹「死ねっ!」
樹樹の猛攻にアインは腕を取られる。その腕には樹樹が落とした腕飾り。一瞬止まる時。
アイン「お前…」
先に動いたのは樹樹。組み敷かれ、首筋に剣を突きつけられるアイン。
樹樹「お前たち。下がっていな。」
2人を観ていた精霊たち、顔を見合わせて去る。
アイン「へぇ、森と話せるのか。」
樹樹「そのまま答えろ。」
アイン「これ(腕飾り)、大事なものだったんだな。」
樹樹「答えろ!」
アイン「…なんだ。」
アインの目的は対話だ。質問に答えるならそれは願ってもない時間であった。
樹樹「何故剣を抜かない!」
アインは少しだけ考え、笑顔を向けながら言う。
アイン「んん…言いたくないって場合はどうすればいい?」
樹樹「殺す。」
アイン「あーそれは勘弁だな。」
樹樹「馬鹿にして!そんなに死にたいか!」
アイン「死にたくないよ。みんなそうだ。」
樹樹「え?」
少しだけアインの表情が真剣になり、まっすぐに、心から伝える。
アイン「死ぬってことは、命が終わるってことだろ?だから死にたくない。だから殺したくない。それが理由だよ。」
樹樹「戦争してるんだぞ!」
アイン「戦争したら死ななきゃいけないのか!?」
声を張り上げるアイン。それは樹樹の言葉に対してではない。そういうことが当たり前になっている世界に向けられている。それを感じた樹樹は、自分が少しだけ驚いていることに気付く。
樹樹「…お前。」
アイン「誰だって死にたくない!生きていたい!俺はただ…少しでも多くその気持ちを守りた
いんだ。」
樹樹「それがお前の戦う理由か。」
アイン「ああ。」
樹樹「自分が死ぬかもしれないぞ!」
アイン「そこは頑張る。」
屈託なく、本心でそう言っている。樹樹はそんなアインの目が嘘を言っていないことに理解が追い付かなかった。だから樹樹もまた、本心でこう言った。
樹樹「馬鹿だな、お前。」
アイン「そうかな。お前も…同じものを守ってる。」
アインの落とした目線の先には、光の中の小さな芽。まだ小さく、でも暖かい。
樹樹はその目を見て、僅かだが仮面の下で表情が緩んだ。
それに気づいた樹樹は突然、怒りのようでどこか違う感情が沸き上がった。
樹樹「うるさい!」
樹樹、アインに剣を振り下ろすが躱され、2人は再び対峙する。こんどは二人同時に喉元に剣をあてがっている。
アインは樹樹の仮面を見つめながら言った。
アイン「その模様…前に本で見たよ。世界は、元は光と闇が一つになっていて、その中に人々はいたって。それがいつしか分かれて、争うようになった。」
樹樹「そうだ。そして世界は人間を光と決め付け、私たち緋族は闇扱いだ。」
アイン「違うね。」
樹樹「違わない!」
アイン「違うさ。ただ、普段見てる景色がね。でもそれだけだ。」
樹樹「知った口を利くな!人間のくせに!」
樹樹が剣を振ろうとした瞬間、その視界はアインの手によって優しく遮られた。樹樹の中で何故か時が止まる。アインは仮面に手をかけ、ゆっくりと語る。
アイン「こんなもんで世界を分けた気になってたら…いつまでも戦争なんか終わらないさ。」
そう言うとアイン、樹樹から仮面を優しく取り外す。そしてまた屈託ない笑顔を見せて。
アイン「ほら、やっぱ女だった。」
樹樹「貴様!」
一瞬の攻防。数手をかわして離れる2人。その時お互いの手には先ほどまで持っていなかったものが。
アインの手には、樹樹の仮面。
樹樹の手には腕飾りがかえってきた。
アイン「それは返すよ。そのつもりで来たんだ。」
樹樹「…これを…?」
アイン「落し物は届けるのが礼儀だ。」
樹樹「馬鹿か。」
アイン「馬鹿馬鹿言うなって。大事なものなんだろ?あれもさ…。」
アイン、また、光の中の芽を見る。その優しい表情を、樹樹は確かに目にした。
アイン「なぁ、あれなんだ?木?じゃないよなぁ、すごくあったかい感じがする。…え?…もしかして、これって!」
樹樹、無視して歩き出す。
アイン「お、おい!」
樹樹「それでもお前は人間だ。汚く、卑劣で、最低の生き物。」
アイン「すごいなそれ。」
樹樹「人間なんかの血でここは汚さない。次に戦場で会うとき、そのとき必ずお前を殺す。」
アイン「なぁ、待てって。」
樹樹「最後に。…どうやってここに来た。」
アイン「え?」
樹樹「ここは緋族だって寄り付かない。何もない、森の外れだ。」
アイン「…呼ばれた気がしたんだ。」
樹樹 「え?」
アイン「あ、あー嘘。まぁ、勘?たまたま?」
樹樹「馬鹿にして…!」
アインに剣を振り、かけていく樹樹。
アイン「あ!」
樹樹、去り際に立ち止まって振り返る。
樹樹「まぐれでも私に膝をつかせた人間だ。名を聞く。」
アイン「…アインだ。」
樹樹「アイン。覚えた。私は樹樹。お前殺す緋族の名前は、樹樹だ!」
樹樹、去っていく。アインはその先を見つめながら、この出会いが何か特別なもののような気がしていた。
アイン「樹樹…。」
感傷に浸るアインのもとに突如現れる少女
少女「夢見がちな瞳!」
アイン「え?」
少女「優しい剣、清らかな心、胸に抱く正義!」
いきなり現れて怒涛のように喋る少女は、緋族とも、人間とも違う装いであったが。なによりこの空気にそぐわない無邪気な姿に戸惑うアイン。
アイン「な、なんだお前。いつから居たんだよ!」
少女「水面に揺れる波紋のように、その思いはやがてこの血まみれの戦場に優しく広がっていくのねーっ!」
アイン「おいって。」
少女「そしてその思いに救われた者が見るのは、澄んだ泉にまるで鏡のように映し出されたあなたの瞳!イマイチな顔!」
アイン「うるさいな!初対面で失礼だろ!」
少女「嗚呼っ、その夢見る瞳は、やがて他人に夢を伝染させていくんだわ!」
アイン「ねぇ聞いてる!?」
少女「でも残念。」
そこにまた新たに現れるもう一人の少女。装いは先の少女Aと同じようだが、纏っている空気は違い。どこか不機嫌そうである。
少女B「所詮すべて、夢幻(ユメマボロシ)だ。」
少女A「ゆめっ!まぼろしーっ!」
少女B「うるせぇ黙ってろ!喋りすぎなんだよクソが。」
少女A「酷い、そこまで言わなくても…(泣く)」
今度はアインをほったらかしで会話する少女たち、意味が分からないアイン。
アイン「お前たち、緋族か?」
少女B「あ?」
アイン「にしては雰囲気が違うな。」
少女B「何言ってんだかこのタコは。」
少女Bの方はとかく口が悪いようである。
アイン「俺のやってることが夢幻って言ったな。どういうことだ?」
少女B「いいかつまりはだ。おめぇがやってるのは全部偽善で、自分勝手で、それはもう救いようのないくらい間抜けなことだって言ってんだよ!」
アイン「な…!」
【無謀】【幻想】【無駄な努力】自分のやっているとこに様々な意見があるのは自覚している。それでも、ここまで面と向かって否定されたのは初めてであった。
アイン「自分勝手ってのは…そうかもしれない。でも…」
少女B「ここがどんな場所か知ってるか?」
アインは改めて辺りを見回し。
アイン「…周りの草木は生い茂っているのに、ここだけは荒れ果てている。ここはきっと過去の…拭い切れない過ちの爪痕だ。」
少女B「そう。はるか昔、お前たちと同じく人と人は争い、激化の果てに互いは禁じ手を使った。その結果がこれだ。お前たちがいくら大義名分を掲げても。傷つくのはいつもこの大地だ。」
アイン「そうかもしれない……え?「お前たちと同じく」って…」
そこに現れる番。
そう、少女たちの装いはどこか番と共通するものがあった。
番「何をしている。ミヤコ、ワスレナ。」
少女Aミヤコ「はーい!」
少女Bワスレナ「あいよ。」
アイン「ミヤコにワスレナ?…あんたは?」
番は静かにアインに目線を向ける。フードを被っているので表情は分からないが、どこか異質
な空気感を感じる。
番「話を続けるのは構わんが、その前にひとつ忠告だ。」
アイン「忠告?」
番「お前は、早く戻らなくてよいのか?」
その言葉に、言い知れぬ悪寒が走る。
アイン「…どういうことだ?」
番「風の精霊が伝えた。」
ワスレナ「三つの剣が、傲慢な鉄の国を目指している。」
アイン「え?」
ミヤコ「その足は獣よりも速く大地を駆け。闇夜を裂く猛りは死んでいった数多の仲間を鎮魂する。」
ワスレナ「まといし緋色は怒りの炎となり。人間の国に鉄槌をくらわす。」
ミヤコ「ドカーン!」
アイン、その意味を理解するとともに青ざめ、翻って王都に駆けていく。
番、その背中を見つめ…
番「戦いはどうやら佳境だな。さて、お前たちはどこまで繰り返す。」
月明りの下、獣のように奔る【三鬼衆】その目は闇の中で光り、鉄の摩天楼を目指す。
樹樹は腕飾りを見つめ、自分の中に決して言葉では表せない何かが芽生えたことに思い惑う
そしてアインは駆けていく。その先に、思いもよらない運命が待ち受けていることは、まだ知らない。
心を
心を賭せ
その手が繋がることは、まだ、ない。
劇場へ続く→
進戯団 夢命クラシックス#27
『花音』
或る世界…或る国。その歴史。分かれ目。
国は二つに分かれ、争い続ける。
強大な知力と軍事力を持つ、人間の国。
精霊と共に自然を育み、獣のように森を駆ける緋族。
知と力。互いが互いの存在を否定し、蹂躙し合う。
対立する両陣の争い50年目を迎え。今、急速に終息へと向かう。
人間の王子、アイン
緋族の姫、樹樹
この二人の、出会いによって。
―あれは“花”だ。もう随分と、見なくなってしまったけど―
◆日程
2023年3月16日(木)~3月21日(火)
◆会場
シアターサンモール
東京都新宿区新宿1丁目19-10サンモールクレストB1F
新宿御苑前駅[2]から徒歩約3分
◆タイムテーブル
2023 年
3月16日(木)13:00/18:00
3月17日(金)18:00
3月18日(土)13:00/18:00
3月19日(日)13:00/18:00
3月20日(月)18:00
3月21日(火)12:00/16:30
※受付開始は開演の1時間前・開場は30分前です。
※3月21日(火)は撮影予定日となります。
◆チケット
前売り 8,000円
※特典:全10公演絵柄が違うポストカード付き。
※当日券のご案内はご用意できる場合のみ公演日が近くなりましたらご案内いたします。
※最前列のお席は東京都のイベント開催制限が変更になりましたが今公演では販売いたしません。
・申込サイト・
エフチケット:https://www.f-ticket.com
カンフェティ:http://confetti-web.com/shingidan27
◆キャスト
アイン 高橋祐理
樹樹 矢澤梨央(進戯団 夢命クラシックス)
ラティナ 前嶋曜
ジュラ 岩城直弥
烈火 川隅美慎
森羅 新田恵海
雪那 望月雅友
風牙 滝川広大
シルバ 岩切チャボ
ニケル 大津夕陽
ステラ 山田せいら(進戯団 夢命クラシックス)
スズネ 石川凜果
ミヤコ 藤野あさひ
ワスレナ 本宮光(進戯団 夢命クラシックス)
番 伊藤マサミ(進戯団 夢命クラシックス)
アンサンブル
林田寛之、宮本親臣、小野流星、大浦司、鶴﨑綾太、Yoshi、倭香、早見妃奏、水野樹里(Vn.)
◆スタッフ
脚本・演出 伊藤マサミ(進戯団 夢命クラシックス/bpm)
演出助手 水沢まな美
殺陣振付 芹澤良(進戯団 夢命クラシックス/PUMP×EARTH)
舞台監督 森貴裕(M.T.Lab)
音響 志水れいこ
照明 島田雄峰(LST)
ムービングライト 紺野浩史(LuKeo)
美術 宮坂貴司
映像 常光博武
衣裳 鶴岡寛恵
衣裳製作 佃彩可/秋山智美/菅原紀子/竹内智香
衣裳進行 小川咲耶
小道具協力 高田紋吉(PUMP×EARTH)
音楽 dai/xaki(Pomexgranate.)
ヘアメイク 茂木美緒
スチール撮影・デザイン 横山隆人
キャスティング協力 甲斐範美(S-SIZE)
サポートメンバー かおりかりん/舞原鈴/小島麻奈未/山口由希(以上、進戯団 夢命クラシックス)
製作 株式会社フォーチュレスト
主催 進戯団 夢命クラシックス/株式会社フォーチュレスト
◆協力
株式会社コスモ/bpm/合同会社MYSTAR/PUMP×EARTH/株式会社Rush Style/M.T.Lab/LST/LuKeo
株式会社S-SIZE/株式会社パルムプロモーション/株式会社ディファレンス/コルト株式会社
株式会社アルディ/スペースクラフト・エージェンシー株式会社/株式会社キャストコーポレーション
株式会社ジャスティスジャパンエンターテイメント/株式会社サンミュージックブレーン
株式会社オムニア/劇団ひまわり/株式会社オフィス24/加藤企画/ロングランプランニング株式会社
ハープ王子/兼田玲菜
公式サイト
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