見出し画像

『ボーダー』の向こう側を強制された移民・難民たちの物語

日本が移民や難民の受け入れに積極的でないという認識は、当然ながら持っていた。ダイバーシティの重要性が叫ばれる昨今においてさえ、本質的な部分でオープンマインドを取り切れない日本社会の閉塞性に、個人的には若干辟易している部分もあった。でも、私の理解は全然甘かった。今この瞬間にも起きている眼前の問題は、想像以上に深刻なものであり、その深刻さをきちんと知ることなく過ごしてきたことを、日本人の1人して心から恥ずかしく思わざるを得なかった。そういう強烈な気づきを与えてくれたのが、佐々涼子による本書だ。

移民・難民に対する日本の現状に関して、この作品が浮き彫りにする問題は多岐に渡るが、大きく3つのパートで構成されている。第1部で明らかにされるのは難民支援の現状、そして入管の問題だ。様々な理由で自国からの退避を余儀なくされ、命からがらなんとか日本へと辿り着いた難民に対して、日本はどう向き合ってきたのか。年齢・性別を問わず、最低限の人権が担保された生活を送るさえ困難な異国出身者には到底無理なレベルの難民認定基準を押しつけ、わずか1%を切る程度の認定率を変えようとしない。それどころか、入管では本来庇護されるべき病人や子どもさえまともな医療が施されることもなく、明らかな人権侵害がまかり通っているのが実情だ。

続く第2部では、少子化・高齢化の波が押し寄せ、国内労働人口の減少に伴う国力の衰退が懸念されて久しい日本社会の現状において、外国人労働力の確保に向けた施策の1つとして始まった「外国人技能実習制度」の光と闇が対比的に示されている。ある意味で悪評の高い制度でもあるが、この制度を活用して母国では到底稼げない金額を持ち帰り、地元で華を咲かせる成功者も存在する。ハノイにはこの制度を利用して日本向けに労働者を送り出すための「センター」と呼ばれる機関があり、日本で蓄財に成功した帰還者達は、今度は経営者として新たなセンターを立ち上げるそうだ。こうしたサイクルによって光明が見出されることがあるのはグローバル経済のメカニズムの一面だが、一方で光の裏側に目を向けることも重要だ。時に非人道的な労働環境の下で、非正規雇用故にまともな残業手当も支給されず、長時間労働で自分自身をすり減らしながら生きざるを得ない技能実習生の声を、私たちはどこまで意識できているだろうか。

そして、第3部では鎌倉の地で難民支援活動を続ける有川憲治さんと、彼が立ち上げた「アルペなんみんセンター」の物語だ。難民のために自分に何が出来るのかをずっと考え続けてきた有川さんは、イエズス会の修道院が神父の高齢化もあって閉鎖するという話を聞いて、この地を難民センターとして貸してほしいと願い出る。イエズス会はそんな有川さんの願いを受け入れ、2020年2月にアルペなんみんセンターは正式に立ち上がるのだが、有川さんの優しさと熱意はやがて地域へと伝播して、人間本来の美しさに溢れるエピソードがこの地で数多く生まれることになる。

アルペなんみんセンターの存在は、1つの希望だろう。有川さんの深い人間愛に支えられた幾つかの奇跡によって、本書の読者はその心を洗われる。でも、それが本質的な解決ではないことを私たちは忘れてはいけない。わずかばかりのモデルケースに触れた日本人が心のどこかでカタルシスを得たところで、アルペなんみんセンターで暮らす難民たちは、今この瞬間も不法滞在者の烙印を押されたまま生きていることに変わりなく、いつ来るともしれない強制送還の恐怖に怯えているのだ。

「私の人生最大の失敗は、日本に助けを求めたことです」
そう叫ぶ難民の存在を、私たちは知らなければいけないのだと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?