腹痛 ~イスタンブール旅行記⑥~

実は私はイスタンブール旅行の最後の二日を棒に振っている。計五日ほど滞在したので実に旅の40%はホステルで寝込んでいた。原因はあの大衆食堂での爆食いと深夜の闇ビールだろう(詳しくはイスタンブール④を参照)。あの後宿に戻り、シャワーを浴びて心地よく寝たはずなのだが、お腹がグルグル鳴って寝かせてもらえなかった。何度もトイレに立つうちに状況を悟ったが、幸いにも私のベットはトイレの真横にあった。いや、だからこそ体が甘えて何度も催したのだろうか。そんなことはどうでもよくて、とにかくしんどかった。

 翌朝、n度目のお目覚めグルグルにせいせいして、もう起きて散歩に行くことにした。外の空気を吸えば少しはマシに感じるだろう。それに私は三番めくらいに楽しみにしてたグランドバザールを、旅の後半にとっておいたため、ビックイベントをみすみす逃すわけには行かなかった。ちょうど私の妹が18歳の誕生日を迎えたので、そのプレゼントに “Evill Eye” というトルコ伝統のお守りを買おうという動機もあったので、なんとしてもバザールに行かなければならない。

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 大通りのどこかで折れて、迷路のような路地に入った。私はグーグルマップのGPSの精度を信用していないので、地図の情報と実際の景色を照らし合わせながらバザールを目指す。既視感があると思ったが、昔やりこんでいた三国無双の夷陵の戦いで出てくる石兵八陣のような感じだ。擬似RPGを楽しみながら露店を見ていると実に美味しいそうな食べ物がたくさんある。得体のしれない黒い焼き物。肉なのだろうか。これはマンゴージュース的なやつか。そもそもトルコでマンゴーって採れんのか。観光地化の産物なのだろうか。グランドバザールは屋根の下にあるものだと思っていたが。実際はこの屋根のかかった部分を囲うように発達した屋外市場もその一部なのだろう。気づくと屋根の下に入っていて、さあ冒険が始まると意気込んだが、どうやらこれは私の苦手なタイプな商業施設だ。基本的に大きな施設で買い物する際は、受付などで店内のマップを手に入れてから、自分の行きたい店とそうでない店の場所を把握したうえで、効率的に全部を回るルートを最初に作る。そうやって満遍なく回るのが好きなのだが、ここではそれが通用しないようだ。入り口が無数にあるため、そもそもスタート地点が無い。そして見たところ通路は碁盤の目状に張り巡らされており、工夫しないで回れば反対側の入り口が一向に見えない迷路を何度も往復することになってしまう。旅の面白さがそこにあると言われればそんな気もするが、今の私はシンプルにお腹が痛い。もとから少ない脳みそが具合の悪さに伴ってまったく機能してないので、愚かな私は、限りなく走りに近い歩きで通路を一本一本コンプリートしていくことにした。そりゃあきついけど、18歳の誕生日ってのはフィンランドでは成人を向かえる日で、そんな大事なイベントを腹の痛さくらいでスキップすることはできない。しかし不思議なことに、何往復してもしっくりくるデザインが見つからない。Evil Eyeはお土産のド定番のようで、三店舗に一店舗は取り扱ってる商品だ。どの店も微妙にデザインが違うのだが、納得できるデザインはない。妹は青が好きだから色は良いのだが、よくわかんないところでこだわりを持つのは私の短所ではないかと誰かに指摘されたことがある。短所だと言い切るのは少々ナイーヴだよなと言い聞かせながら、敷地面積の85%ほどを制覇したところで、私は足を止めた。ほかの店にはなんというかツヤツヤギラギラしたデザインのが多かったのだが、その店はどこか控えめで繊細なデザインのEvil Eyeを取り扱ってた。アクセサリーは持ち主をサポートし引き立てる存在であってほしいと思っていたので、ちょうどいい具合のデザインだった。店頭のお兄さんからは、カードは受け付けないと開口一番に言われたので、値札を確認して財布を除くと嫌な予感がした。貨幣が足りないかもしれない。値段を口頭で確認してみるとやはり足りない。弱ったな。いつもカードを使うので現金は最低限しか持ってない。でも誕生日なんですよね、、、とお兄さんにシブシブ事情を話すと、店長らしき人が出てきて何か議論が始まった。カード決済機を借りてきてくれるのだろうか。どうやら10%程値引きしてくれるようだ。そもそも観光客価格だろうから値引きされてちょうどくらいなのかもしれない。それでも私は嬉しかった。まああくまで僕の主観的なチョイスなので、妹が気に入らなければ意味はないのかもしれないが、もし喜んでくれるなら報われるよな。私は日本では一人っ子なので、「兄弟(姉妹)の為に何かを」という経験はフィンランドでもう一つの家族ができるまで履歴上に無かった。正直、留学中はこの妹に四六時中腹を立てていて(詳しくはフィンランド編を参照)、決して大好きでは無かったかもしれないが、いざそんな妹が成人になりますとなると感慨深い。「好き=大切」ではないんだろうきっと。
しかし腹に加えて頭まで痛んできたな。熱もありそう。まあいいか、帰って寝たら治るべ。漂う豊かなスパイスの香りで痛覚を誤魔化しながら、私は残りの15%を楽しむことにした。リュックの一番奥にささやかなプレゼントを仕舞ってから私へ迷路に再び溶け込んだ。

誕生日おめでとう。

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