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【恐い話】交差点

知人のNさんから恐い話を仕入れたので、と連絡があり、喫茶店で一服しながら話を聞かせてもらう事にした。

Nさんの友人は、会社までの最短経路のために、毎日とある交差点を通るそうだ。
その交差点とは、周囲の住人曰く、地縛霊が居着いており事故が多発するとの事だった。

単純に見通しが悪いだけだと思うが、絶えず手向けられている花束が、交差点で起こる事故の絶えないことを知らしめていた。そのことは彼も重々承知していたから、いつも細心の注意を払って進入することにしていた。

ほんの先日にも、そこで事故が起きたらしい。
若いOLが、居眠り運転のトラックに撥ねられて即死。
また積み上げられた花束は、いかにも霊をそこに捕えて離さないような、そんな気さえしたと言っていた。

ある平日の夜。
彼はいつものように会社を出た。時刻は22:00くらいだった。業務も過渡期で、連日の残業に少し疲れを覚えていたそうだ。

そんな中、件の交差点に進入する。

信号は青だったのでそのまま直進した。
しかし、疲れの所為かほんのかすかな油断があったという。

赤信号であるはずの横断歩道を左から人影が飛び出した。まるで突然現れたかのように思える程、全く気が付かなかったそうだ。
慌てて急ブレーキを踏むが、もう手遅れだった。

ドゴォン

車内を嫌な音が反響する。ハンドルを握った手にも生身の人間を撥ねた感触が伝わったそうだ。

逡巡する。
飛び出した、過失、割合、保険、轢き逃げ、逃げれるか、目撃者は、ドラレコ、怪我は、人身事故、自動車過失致死だっけ、減点、交通刑務所、逮捕、終わった。

ヘッドライトが血の海で横たわる女性を照らしていた。

だめだ。加害者としての責務を果たそうと、慌てて運転席を降りながら119にコールする。

「はい、119番消防署です。火事ですか。救急ですか」

しかし、スマホ越しに聞こえる隊員の声を受けながら、彼は呆然としてしまったそうだ。

馬鹿な。道路に横たわっていた女性がいなくなっている。
それどころか血の一滴も見当たらない。

付けたままのヘッドライトは、もう車の持ち主である彼しか照らしていなかった。

「もしもし、聞こえますか。火事ですか。救急ですか」

焦りを駆り立てる電話を一旦切り、改めて周りを見渡す。

やっぱりいない。
這って動いたような血の跡もない。

さらには、車のどこにも事故の痕跡が残っていない。
ドラレコを確認しても、何もない交差点で急ブレーキをかけたシーンのみが残されていた。

─あれは、先日トラックに轢かれたという女性の幽霊だったのかな。

自身に降り掛かった奇妙な体験を、交差点にいる地縛霊の仕業と解釈するしかなかった。

それほどまでにリアルな感触と音を味わされたのだと言ったそうだ。




「でね、それで終わりじゃないんですよ、その話」
Nさんは少し嬉しそうに言った。

Nさんによると、その件があって以来、友人は車に乗り込んだ際に違和感を覚えるのだという。

例えば、嗅ぎなれない化粧品の匂いがふわっとしたり、座席が少しだけ暖かくなっていたり、助手席のリクライニングが少しだけ動いていたり、窓ガラスに人の吐息がかかったような曇りがあったり。

まるで女性の霊が車に取り憑いてしまったように思える現象が、多々起きるという。
あの日の出来事を幽霊の所為と解釈したからには、車内で起きる現象も幽霊の所為にしないといけない。そう思って彼は何度かお祓いに行ったが、まるで効果がなかったそうだ。

「ねえ、不思議だと思いませんか。何故女性の霊は彼の車に憑いたのでしょう」

先程から、宝物を見つけた子供の如く嬉しそうに見えるNさんは続ける。

「僕はね、殺された人が幽霊となって取り憑くものには、3パターンあると思ってます。1つは場所。1つは加害者。そしてもう1つは、凶器」

もちろん素人考えなので他にも色々あると思いますが、大きく分けるならこのあたりでしょう、と言い、やや早口になりながら語り続けるNさん。

「場所は、周知の通り地縛霊などが挙げられますよね。殺人事件があった家が心霊スポットになるのは、殺害された方の霊がその家に残るからでしょう。そして、加害者に取り憑くという現象も、感覚としてはすんなり理解できます。押し並べて例を挙げる必要もない程です。また、凶器。これもなんとなく分かるでしょう。日本人が持つ穢れという概念とも言うべきか、『あの戦国時代の刀には殺された者共の怨念がしがみついている』ってな感じで、はは、ところでどんな条件でそのパターンが変わると思いますか」

早口を通り越して、最早饒舌の域に達しているNさんに、私は、漸く薄ら寒い感情を覚えた。

「まあ閑話休題として、本当なら女性は、その交差点か、トラックのドライバーか、トラックそのものに取り憑くべきですよね。ああ、言いたい事は分かります。その交差点に地縛霊として存在したから、彼は交差点で事故を起こしたかのような現象に苛まれたのではないか、ですよね。しかし、それでは何故、女性の霊は彼の車に乗り移ったのでしょう。彼に縁もゆかりも無いですよね。そして何故、お祓いが効かないのでしょう」

Nさんは私に問いかける。しかし、その顔面からは隠しきれない程に、にんまりと笑いがこぼれ落ちている。

「僕が思うにですねえ、女性の霊は死んだという意識がなかったんだと思います。ほら、即死だったって言ってたじゃないですか。たぶん彼女の中では自分はまだ生きていると思っていたんですよぉ」

そこに、と一拍置く。笑みではない、笑顔に隠された純粋な悪意が伺える。

「彼の車が突っ込んで轢いてしまった。彼は、幽霊の彼女を轢き殺してしまったんじゃないかな。だから幽霊の彼女が、幽霊となって彼の車に取り憑いた。もうこれ、どうしようもないですよねぇ、だって、幽霊を殺したんですから、幽霊を殺して幽霊にしちゃったとしたら、もうだめですよねぇ」

もう聞きたくない。
そう思い、伝票を手に取り、席を立つ。
眼前に私がいなくなったのに、Nさんは壊れた人形のように正面を向き続けながら、こう続けていた。

「たぶん、もうだめですよぉ。人間のお坊さんは人間の幽霊を天国に送るんだから、レイヤーが違うんじゃないかなあ。だから、ゆうれいのゆうれいになったかのじょのことは、ゆうれいのおぼうさんが、はらってくれるのかなあぁ、どうかなあぁ」

それ以来、Nさんとは連絡を断った。

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