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【恐い話】夢に出るため

故人が夢に出てきてくれた、という体験は皆さんにも経験があると思います。

そのように人の夢に出るためには、故人側は相応のお金ですとか、生前の徳に基づく非常に厳しい審査があるというスピリチュアルなお話を耳にしたことがあるでしょうか。

それは、故人が夢に出てくれるというのはとても大変なことなので、きちんと感謝をしましょう、或いはそんな故人に哀悼の意を手向ける良い機会ですよ、という説法のようなものなのかなと思っていました。


高校生のとき。

僕にはHくんという幼馴染がいました。
幼稚園こそ違うものの、小学校から高校までずっと一緒でした。

何なら住んでいたマンションが同じだったので、物心の付く前からずっと遊んでいたような気がします。

高校生になってすぐの頃、5月の終わり。

Hくんはヤンキー集団にひょんなことから眼をつけられてしまいました。集団は何が気に入らなかったのか、執拗にHくんにいじめを行うようになりました。

カツアゲやリンチ、全裸を強制して撮影、万引きの強要、いじめと言えば思い当たるようなことは全てやっていたと思います。
至極ありきたりないじめばかりで想像力に欠けているな、とは第三者からの印象ですが、当の本人にはとても辛かったのでしょう。段々と彼の笑顔を見る機会は少なくなっていきました。

僕らは中学の頃から一緒に帰ってお気に入りの公園に寄り、少しだべって帰るのが日課でした。

6月の曇り空の下、雨が降るかどうかといった湿気を孕んだ雰囲気でした。

僕は、Hくんがなるべく学校の事を忘れてしまえるような明るくて馬鹿馬鹿しい話題を提供するように意識していました。

その公園から見える三棟のマンションのどこかに、中学の頃Hくんが好きだった女の子が住んでいました。

当時は告白するような度胸もないのに、しきりに公園に行っては、外から見えるベランダの柵を見て、あそこの角部屋に住んでるんじゃないのか?いや、あの子ならもっと上階に住んでるよ、なんてことで盛り上がったり。
思春期真っ只中だったHくんは、居ても立っても居られず「好きだー!!!!!」と叫んで、急に恥ずかしくなり2人で逃げ出したり。僕がHくんの好きな子のマフラーを貸してもらって巻いた事をいつまでもねちねちと怒っていたり。

そんな思い出の公園で、できるだけ馬鹿話をしていました。その時だけは、いつものHくんの笑顔が見れて、ああ、良かったと思っていたのです。

昔話のネタが尽きたあとは、Hくんのオカルト話を聞くのもルーティンでした。心霊やおばけに興味のあった彼の持論は、「死んだのに死んだことを自分で認められない存在が、幽霊となってこの世に居座るんだ」というものでした。

僕は興味がなかったので、いつもはふーん、と聞き流していました。

ただ、その日の朝は夢に死んだおばあちゃんが出てきた事を思い出したので、その事と前述の噂のことをHくんに話してみました。

すると、Hくんはしばらく黙り込みました。

そして「…なあ、死を死と認められないものが幽霊とするなら、生を生と感じられない僕も幽霊なのかもね。自身の生死に対する現実と認識の相違こそが幽霊となるための条件」と小さな声でつぶやきました。 

相変わらずよくわからないことを言ってるな、と思ったので、またいつものように、ふーんと流したのですが、Hくんはまた黙り込みました。

蒸し暑さとじめじめとした空気が身体にへばりついて、少し悲しげに黙り込むHくんへ声を掛け辛くさせていたように思います。

「…ごめんね、帰ろうか」とか細い声で唐突に発したHくんの、触れれば崩れていきそうな背中を無言で追いかけるしかありませんでした。



毎年こんな時期まで続いていたかなと思う、7月の梅雨明け直前。

Hくんは学校で机に突っ伏して寝ていることが多くなりました。
それでもお構いなしにヤンキー達の呼び出しで起こされると、どこかに連れて行かれ、フラフラになって帰って来て、痛みに耐えるためなのか、また突っ伏して動かなくなります。

僕に出来ることは、帰り道の公園でくだらない話をして彼の笑顔を少しでも増やすことだけでした。

僕は無力でした。



Hくんがいじめを受けるようになって1年が経った、高校2年生の5月。

ヤンキー集団の一人が亡くなりました。

交通事故による即死だったそうです。

学校内はざわつきましたが、
因果応報じゃないか、と僕は思っていました。

帰り道、公園でのHくんは安心と混乱と疲れの入り混じったような不思議な表情でした。
鉄板の好きな子ネタもああ、とかうん、とか。
どうにも上の空でした。

疲れてるのか、と聞くと、「いや、大丈夫だよ。あと2人だし」と、答えにならない回答を残して先に帰っていきました。

一週間後、集団の一人がまたしても亡くなりました。縊死だったそうです。

学年の皆は混乱と動揺と野次馬根性で騒ぎ出し、しまいには「Hが復讐しているんじゃないか」「死んだ当日にHがそいつの家の近くにいたのを見た」「Hが丑の刻参りをしている」という根も葉もない噂が瞬く間に広がっていました。

当の本人はどこ吹く風で、相変わらず突っ伏して寝ていました。最早集団は残り一人となり、いじめられることもなくなった彼の起きている姿は、学校ではほとんど見ることがなくなりました。

そして、予想通りとも言うべきか、ヤンキー集団の最後の一人も亡くなりました。自死だったそうです。
噂によると、自分の髪の毛を全て引き千切り、その全てを喉に無理矢理詰めて窒息死したと。

こうしてHくんのいじめに関わった3人が亡くなりました。


しかしその翌日から、Hくんは学校に来なくなりました。

三日経っても、一週間経っても学校に来る気配がなかったので、心配になり家を訪ねたところ、3人目が亡くなった翌日に学校に行くと言って家を出てから帰ってきておらず、捜索願を出していたそうです。

僕はどんな結果であれ、心配事の種が無くなったのであればそれでいいじゃないか、また昔のようなHくんが戻ってきてくれるなら、あの3人が亡くなったことぐらい他愛もないことだと思っていました。人様に迷惑をかけるような奴らが報いを受けて当然なんだから。

彼が戻ってきてくれることを願い、その日は床につきました。



そして、とても不思議な夢を見ました。

何もない空間に僕は一人佇んでいたのです。

寝る直前に着替えたパジャマのままでした。

辺りを見回しても何も見えません。

一頻り見回して、ふと目線を下に向けると

僕の足の間、およそ真下にHくんの顔がありました。顔はしっかりと僕の方を見つめていました。

目が合った状態で彼はすーっと上ってきて、頭の高さが同じ位置になりました。

その時僕は、恐怖という氷が五臓六腑を覆い尽くしたような、身体中の血液がまるで液体窒素にでもなったかのような冷たい戦慄を覚え、鼓動が暴れ回りだしました。

Hくんは顔から下に、脊髄しかありませんでした。

「お前のお陰で、あいつらを呪い殺す事ができたよ」

どうやって発声しているのかは分かりませんでした。

「一言お礼を言いたかった。この呪いを思いついたのは、お前の話のおかげだから」

何の事を言っているのか、分かりませんでした。

「なんとかお前の夢に出れるだけ残せて良かった」

気付けば脊髄が下から段々と黒く腐食していくように見えました。
腐食された部分はどろりとした黒い液体となり、そのままぽたり、ぽたりと奈落の底に落ちていくように感じられました。

「…本当はお前も呪い殺したかったよ。学校では見て見ぬふりをして、たまに喋れば何の気休めにもならない昔話ばっかりで、俺の苦しみの十分の一でも分かってほしかった。味わって欲しかった」

何も言えませんでした。
その通りだったからです。自分に標的が移るのが怖くてHくんを助けることをしなかった、自分の卑怯さを見抜かれていました。

「でも残念なことに、お前までは呪えるほどは、残っていない」

最早脊髄は溶け終わり、Hくんの生首だけが浮いている状態でした。

「いつか、必ずお前も殺すから」

恨みという楔を心に穿たれたようでした。

ばしゃり、とHくんの顔面は溶け崩れ、黒い液体となり足元へと落ちていきました。



そこで、目が覚めました。

とてもリアルで嫌な夢でした。

が、所詮夢は夢。

落ち着いて、冷静になるよう努めました。

Hくんが本当に3人を呪い殺した確たる証拠もなく、そしてどう考えても現実味が無さすぎると、思いました。

どうせひょっこりHくんも帰ってくるだろう。

あんなことが、現実であるわけがない。

そう自分に言い聞かせ上体を起こすと、パジャマは絞れるほどに寝汗を吸っており、一刻も早く着替えたくなりました。

洗面所に行き、上を脱いでから下のズボンに手をかけると、あることに気が付きました。

ズボンの裾には、墨汁のように黒いどろっとした液体が飛び散ったようなシミがありました。
どれほど洗っても洗っても、取れないシミでした。

そしてHくんはいつまでも帰ってくることはありませんでした。





彼は、あのひどい学校生活のおかげで、生きているのに生きている喜びを感じられなかったのでしょう。彼の言葉を借りるのであれば、生死の現実と認識の相違。つまり自分を幽霊だと思い込むことで、故人が対価を払って夢に出るという方法を使い、いじめっ子三人の夢の中に出て呪い殺したのだと思います。

故人が夢に出る、という話における支払いとは、例えば火葬時に供えられ天国に持っていった私物だとか、生前の徳たとか、そういったものが考えられますが、オカルト好きだった彼はおそらく自分の存在そのものを対価として支払う方法を見つけたのでしょう。

それが邪教の教えであれ、外法であれ、黒魔術のようなものであれ、なんであれども彼は自分の力で辛い現実を打ち破り、傍観者に成り下がったままだった僕を憎んで消えていきました。



彼が、僕を呪い殺す方法を見つけない事を祈る限りです。

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