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51、コックリさん⑥ 危機を脱した僕達。ユリカ様の呟いた言葉

ナカムーが倒れると同時に僕達の指が十円玉から離れた。周囲の空気も普段通りに戻り、十円玉は紙の上に書かれた「鳥居」の上に静止していた。地震のように揺れていた部室も落ち着きを取り戻し、全てが元通りに戻ったようだった。

「ナカムー!」

忍者が倒れているナカムーに駆け寄った。

僕達は倒れているナカムーの周囲にかがみこんだ。僕はナカムーの肩を揺さぶってみたが、ナカムーはぐったりとしたまま反応しなかった。

「……まさか、死んでいないよな?」

忍者が不安そうに呟いた。

僕はナカムーの口元に自分の耳をあててみた。

「大丈夫、息はしている」

僕は顔を上げて忍者とユリカ様それぞれに視線を送った。ユリカ様と忍者は安堵したのか、大きなため息をついた。ナカムーは命に別状はなく、ただ気を失っているだけのようだった。

「亘(わたり)、あの女子高生らしき霊はあの世に帰ったのかな?」

忍者が額の汗を拭いながら僕に尋ねた。

「分からない」

僕は下を向いて首を振った。

「帰ったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もしかしたら本当にナカムーに……」

僕はそう言うと不安になり、忍者の顔を覗き込むように見つめた。忍者も不安そうな表情を浮かべると、僕の眼をじっと見つめた。ユリカ様は神妙な表情で僕と忍者のやり取りを眺めていた。

僕達は一応、危機は脱したようだった。しかし、あの女子高生と名乗る霊がどこへ行ったのかは分からなかった。もしかしたら、ナカムーに取り憑いてしまっている事も十分考えられた。しかしナカムーの意識がない今、全ては未確定の宙ぶらりん状態だった。

僕はみんなにコックリさんを始めさせてしまった事を後悔していた。僕がもう少し強く止めていたら、こんな恐ろしい事にはならなかったのだ。……しかし、まさかこんな遊びによって本物の霊がやって来るとは、正直僕も思っていなかった。一応、万が一の事は考えてはいたものの、あんな遊びに霊を招き寄せる力など絶対にない筈だと心のどこかで思っていた。僕は曲がりなりにも霊能力を持っている。そのくらいは断言できるつもりでいる。でも、実際に霊は現れた。あの十円玉の移動は、集団心理や誰か特定の個人の無意識によって起きたものではない。普段、僕の前に霊が現れる時と同様に周囲の空気も変わった。だから、あれは本物の霊によって引き起こされたのだと確信している。問題は、「なぜ霊が本当にやって来たのか」だ。……まさか、僕の存在がそうさせたのだろうか? 霊能力を持っている僕がこの場に存在してしまったから、触発されるようにして本物の霊が現れてしまったのだろうか? または、ユリカ様の心の闇が呼び寄せたのだろうか? その時の僕には分からなかった。その時の僕には……。

「アンタ達」

ユリカ様が疲れたような表情で僕と忍者を見た。

「そのおデブちゃんを寝かせてやったら?」

ユリカ様は倒れているナカムーを指差した。

「そうだね」

忍者は頷いた。

「亘(わたり)、何か床に敷いてナカムーを寝かそう」

僕と忍者は手近にあった段ボールや古い布切れみたいなものを床に敷き詰めると、その上にナカムーの身体を横たえた。僕と忍者は椅子に腰掛けると、再び大きなため息を漏らした。

「全く、散々な目に遭わされたわね」

ユリカ様は椅子に座ろうとはせず、その場に立ったまま部室の天井を仰ぎ見た。それから、床に倒れているナカムーに視線を移した。ユリカ様はナカムーの様子を黙って見つめていた。

「いずれにせよ、今回の一件はアタシのせいね……」

ユリカ様はそう呟くと、俯いて両目をギュッと閉じた。

「でも、アタシだってどうしたら良いか分からないんだもん……」

ユリカ様は首を振りながらブツブツと呟いていた。

「ユリカ様、大丈夫?」

ユリカ様は今回の一件に対して責任を感じているようだった。僕はそんな事を感じたので、ユリカ様に声を掛けた。しかし――

「うるさい!」

ユリカ様はそう怒鳴り声を上げて僕を睨みつけると、眼の前に広げられていたコックリさんの紙をぐちゃぐちゃに丸めて床に叩きつけ、教室の隅にある自分のカバンを乱暴に掴み、部室から走って出て行ってしまった。

僕はユリカ様を追いかけなかった。追いかけて捕まえた所で、この場に戻って来るような性格ではないからだ。しかし僕は気になった。ユリカ様は言っていた、「アタシだって、どうしたら良いか分からないんだもん」と。僕はその言葉が耳にこびりついて離れなかった……。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あれからナカムーはすぐに意識を取り戻した。少し頭痛がするとは言っていたが、怪我も意識障害もなく、いつもの陽気なナカムーのままだった。僕は霊が取り憑いていないかナカムーの事をよく観察してみたが、そのような様子はみられなかった。忍者も同様に感じたらしく、安心してナカムーと冗談なんかを交わしていた。

それから僕とナカムーと忍者の三人は、「清掃部」の部員らしく、校舎の裏の焼却炉でコックリさんの紙を燃やしたのだった。僕達三人は手を合わせて、軽はずみな行為を反省すると共に、自殺した女子高生だという霊の冥福を祈った。僕は一抹の不安を抱いていたが、これ以上どうする事もできなかった。僕はこの件に関してはこれで一区切りつけたのだった。

僕達は普段の日常に戻った。僕とナカムーと忍者はいつもの「清掃部」の部員に戻った。しかし、一人だけ普段の様子に戻れない仲間が居た。――それはユリカ様だった。

あれからユリカ様は「清掃部」に現れなくなった。この前、コックリさんを始めたのはユリカ様の提案によるものだった。ユリカ様は責任を感じていたのだろう、学校には来ているようだったが、僕達の前には現れなくなったのだ。僕達は大きな何かを失ったような気持ちを抱いていた。ユリカ様が居ないと何だか物足りなかった。

僕達はユリカ様の教室に行き、「清掃部」に来るよう誘おうかとも考えた。しかし、プライドの高いユリカ様にそんな差し出がましい事をしたら、ユリカ様はもう二度と僕達と関わってくれなくなるんじゃないかと考えた。だから僕達はユリカ様を誘いに行こうとはしなかった。

それから数日経った頃、事件が起きた。僕達の前に、また「アレ」が現れたのだ。――あの女子高生の霊が。


➡52、ユリカ様の兄。ナカムーの異変


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