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小さな旅の記録

ゴールデンなウィークだったので旅に出てみた。
今回はその記録。

旅がしたい。
この何年か圧倒的に旅が足りてないと思った。
無理矢理もぎ取った休みは一日。
久しぶりの休み。
日帰りで旅に出ることにした。
何も考えずにぼんやり電車に乗って、ひとり出かけた。

誰かが言っていた。
目的がなければそれは旅だと。
だからこれは旅だ。

どこ行こうか。
とりあず初回から欠かさず聞いている「あののオールナイトニッポン0」をラジコで聞きながら電車に揺られ、先週聞いていてまったくイメージがわかなかった、ななまがりの初瀬とBAD BOYのロゴが似てる件を検索して、なるほどそういうことか、と膝打った駅で降りてみた。

町田だった。

「まちだはまちだ」
というダジャンレに出迎えされる。
学生時代に毎日乗り降りした駅。

パリオなのかSEIYUなのかよくわらないビルの地下にあった喫茶店で昔よくピザトーストを食べたのを思い出したので、行ってみたら喫茶店はなくなっていた。
30年も経てば店がないのは当たり前だ。
タバスコの味しか覚えてないけど、なんとなくあのピザトーストが懐かしい。
そこから線路下をくぐって進むと友人が住んでいた団地がある。

その友人の家で字幕のついていない「レザボア・ドッグス」の輸入レーザーディスクを公開前に見せてもらって興奮した日のことをいまでも覚えている。
香港映画の魅力を教えてもらったのもここだった。

緑がとてもきれいな団地だった。

ふと、学生時代や社会人に成り立ての頃によく行ったところをたどってみたくなった。
わたしの10代、20代のほぼ全部は小田急線沿線にある。

町田から少しずつ新宿に向かって小田急線に乗っていこう。
むかしよく降りた駅で降りてみよう。
何となく目的を決めてみた。

小田急線に乗ってふた駅、鶴川駅で降りた。
中高大と10年間通った駅。
駅前の風景ががらっと変わっていた。
見たことのない建物が建っていて別の駅になっていた。

小田急マルシェだけが当時のまま残っていたけど、2階にあったはずの焼き肉のモランボンはなくなっていた。

歩いて大学へ行ってみることにした。
徒歩15分くらい。
たまに民家があるくらいで特に何もない道を歩く。

歩いていて、ゆるいカーブを曲がった瞬間、既視感に襲われた。
最近、このカーブの景色をよく夢で見る。
あれはここだったのか。
もしかしたらいま見た景色を夢の景色に無理矢理つなげただけかもしれないけど、このカーブを最近夢でよく見ている気がする。

このカーブの途中の小道を曲がると踏切がある。
その踏切も夢でよく見る。

歩いていると納豆の臭いがして不思議な気持ちになった。
そういえば近くに納豆の工場があったのを思い出した。
どのメーカーの納豆の工場か忘れてた。

「かじのや」だった。
かじのやは今年の1月に食べた「しそのり」納豆が最後でしばらくご無沙汰していた。
工場併設の直売所があって、見たこともない納豆を売っていて、心が躍ったのだけど、いま買うと確実に腐らせることになるので泣く泣く買うのは断念した。
ただ次の納豆はかじのやを買うことを心に決めた。

住宅と納豆工場以外に何もない道。

その先に大学はある。

誰もいない構内を少しだけ散歩してみた。
すっかり新しくなっている部分と、昔のままのところと、いずれにしろ知っている大学とは別の場所になっていた。
入り口付近に噴水があったはずだけど、それがなくなっていた。
大学1年のとき、誰だかは覚えてないけど、高校から一緒だった同級生の男子がその噴水に朝から夕方まで1日中座っていて、次の日もそうしていたので理由を聞いたら、通学バスを降りるときに見かけた女子にどうしてももう一度会いたくてここで待っているのだという。
誰の話だったか覚えてないけど、そのことがなぜか頭にこびりついている。
なんだかとてもうらやましいなと思ったのだ。
ただそれが本当にあった話だったのか、じつはわからない。
夢だったかもしれない。
噴水もあった気がするだけで、ほんとはなかったかもしれない。
記憶はとても曖昧だ。

再び小田急線に乗って祖師ヶ谷大蔵で降りた。
今はウルトラマンで有名な駅。
大昔に付き合っていた彼女が住んでいた。
この駅と隣駅の間くらいに住んでいた。

あの頃、お金があるときしか食べられなかったキッチンまかべで、贅沢の極みだと思っていた牡蠣フライ定食を食べたかったのだけど、ランチの営業は終わっていた。

駅の近くにある中華屋へいく。
広味坊。ここも少し贅沢できるときに行く店だった。
ここで初めて食べたXO醤チャーハンが衝撃で、こんなにうまいものがこの世にあるのかと感動したのは四半世紀ほど昔の話だ。
ランチのメニューが変わっていてXO醤チャーハンはなかったので代わりに担々麺を頼んだ。
今日初めての食事、14時過ぎ。
とても複雑な味。香りもいい。
坦々麺ってこんなに美味しかったっけ。
懐かしさと、空腹なのもあって、とてもとてもとても美味しい昼ごはんだった。

そこから、商店街を歩いてみる。
昔もよくここから商店街を抜けて隣駅まで歩いた。

当時の憧れの寿司屋、金寿司。まだあった。

昔あったものがけっこうそのままある。
当時なかったもの、町の至る所にウルトラマンがいる。

ウルトラマンのポスターに書かれた「55年前、未来があった」というコピーを見ながら、この日まで無料公開中だった岡田斗司夫ゼミの「カリオストロの城」の解説をスマホで聞きながら商店街を歩く。
なぜルパン三世カリオストロの城の時代設定を公開時の10年前の1968年にしたのかという話。その後この世に登場するカップヌードルがあの時代にあるのはおかしいという矛盾を指摘されることを承知の上でそういう設定にしたのにはきちんと理由があるという。
1968年、世界中で反戦運動が起き、カルチェラタン闘争があった時代。
ルパンにとってもまだ熱いものがあった時代。
あの物語はルパンにとっての自分探しの旅であり、若さを取り戻そうとする話だと言っていた。
今の自分もなんだかそんな1日を過ごしている気がする。

NFT、町中に書かれたラクガキにいま感じたりする。

隣駅に行く途中に団地がある。
祖師谷団地。
この団地の風景がとても好き。
そして春の団地は美しい。

この先にあの頃通ってた家があるはず。
あの角を曲がったら…
それはなかった。
道を忘れただけかもしれない。
何度も曲がる場所を変えてみるけど、結局それは見つからなかった。

見覚えのある歩道橋を渡る。
見えるのはなんとなく見覚えのある景色。
でもあったはずのものがそこにない。
歩道橋から見えるのは変わっていく町の風景だ。

隣駅まで歩いた。
ここもよく来たはずの駅なのに何の記憶もない。
不思議なほど記憶が欠落している。
だいたい駅名も忘れていた。
千歳船橋。
よく来ていたはずの駅。
見慣れない駅。

電車に乗ってまた一駅。
経堂へ。
大学時代、いちばんよく来た駅。
たぶん大学よりもこの駅に一番通った。
仲の良い友人が住んでいた。
その家に住み着いていた。
当時歩いた道をたどってみる。

商店のある通りを抜けて、住宅街に入って、いくつも角を曲がって、なんとかたどり着いた。
思っていたところにそれはなくて、思ったよりも遠いところにあった。
こんなに遠かったのか。
その友人とはいつのまにか疎遠になってしまった。
理由はよくわからない。
またいつか会う日が来るのかな。
そんな日が来るといいな。

あの頃、よく飲みに行った地下の居酒屋はなくなっていた。
必ず頼むのはイカワタの沖漬けだった。
よく行った安い焼き肉屋は、別の肉の店に変わっていた。
けど焼き肉屋の店名の看板だけが建物に残っていた。
店の名前を見るだけで少しだけ嬉しくなる。

電車に乗って下北沢へ。
駅の感じがまるで変わっていた。
電車の乗り場が地下になっていることも初めて知った。
もう記憶の町とは全然違う町だ。
降りた瞬間に驚くほどの人の量にひるむ。
この町に何を求めてこんなに人が集まるのか。

昔よく通ったバーを探して歩いてみたが建物ごとなくなったのか、記憶がなくなったのか、いずれにしろ、ここはもう知らない町だ。

電車に乗って代々木八幡へ行く。
ここもよく来た駅。
駅の雰囲気はガラッと変わっていた。

ここにいちばん付き合いの長い友人の家があった。
とにかく長くいついた。いすぎて、正月までいたこともあった。
夜中まで飲み歩いて泊まった後、朝ごはんを食べに行っていた松屋はまだあった。
水餃子の美味しかったラーメン屋は別の店になっていた。

代々木八幡から隣の駅まで歩くことにする。
参宮橋。
小さい頃に祖父・祖母と過ごした団地のあったところ。
方向を間違えて逆方向の隣駅、代々木上原駅まで歩いてしまったのでまた歩いて引き返した。

ひと気のない住宅街を歩いていたら、道端でおままごとをしている女の子たちがいて、可愛らしいなと思って横を通り過ぎたら、「おままごと一緒にしませんか?一回百円です」その子たちが声をかけてきた。3人で声を揃えて抑揚のない感じで。
一瞬ぎょっとして見てしまう。
道行く人みんなに声をかけているのだろうか。
平和な住宅街だと許されるのか。
おままごと、確かに興味深い誘いではある。
しかしこの誘いに乗ったら確実に通報されて困ったことになる。
笑顔を返して通り去った。
一回百円、危険な遊戯だ。

参宮橋の駅に着く途中で、ずっと昔祖母と買い物に来ていたスーパーを見つける。40年は前だ。あの頃の記憶のままのスーパー。
ここで夕飯の買い物をした。
ときどきお菓子も買ってもらった。
思い出したのはDrスランプアラレちゃんのお菓子。
おまけにパラパラアニメを回転させるおもちゃがついていた。
それをずっと見ていた。

祖父母が暮らしていた公団の団地は取り壊されて今は公園になっている。

団地の2部屋しかない小さな家だった。
お風呂もついてなかった。
でもすごく整理されたとても心地のよい空間だった。
小さな収納にすべてが収まっていて、小さくて何もないずなずなのに、足りないものはなくて、どこからともなくなんでも出てくる。
四次元ポケットのような家だった。
そこに小さな宇宙のような世界を感じていた。
わたしの団地好きはたぶんその家の影響が強いと思う。

昔よくこの家から、新宿のヨドバシカメラまで歩いていたので、その道をたどってみた。ただ道を忘れていて、知らない道を歩くことになった。

久々に新宿西口を歩く。
10年ぶりくらい。ずっと来てない。
昔はよく買い物に来ていた。

昔よくマイケルジャクソンのビデオを買いに来ていた地下の怪しいビデオ屋はなくなっていた。その1階が立ち食い寿司の店になっていて、外国人が行列をつくっていた。

思い出横丁へ向かう。
歩くことが困難なほどの人の量。
日本人の客よりも外国人観光客が多い気がする。

そして歌舞伎町へ。
やはりすごい人だ。

歌舞伎町を抜けてゴールデン街に。
入り口付近は外国人観光客でごった返していたけど、少し路地を入ると比較的平穏な風景がある。
「ただいま」という感じ。

30年以上通う店、こどじへ。

ここがわたしの原点だ。

初めてこの店に来たのは確か34年前で、父親に連れられて来た。
新宿の映画館で「フルメタルジャケット」を見に行った帰りだったと思う。
その頃はなんとなくバブル期にさしかかった頃で、ゴールデン街は時代に取り残された場所になっていたのと、再開発のための地上げが始まっていて、シャッターが降りた店が多くて閑散とした雰囲気だった。
「ゴールデン街を守ろう」Tシャツを着て中学の夏合宿に行ったのはいい思い出だ。
そんな感じをかっこいいと思っていた。
ゴールデン街に一番コアに通ったのは大学生から社会人になってしばらくの間、90年代から2000年代くらいの10数年間で、週5、6日はゴールデン街で飲んでいた。

こどじがスタートで何軒か回ってほぼ朝まで飲むのが毎日の定番で、最後はEVIという店で締めていた。
当時あまり元気のなかったゴールデン街を盛り上げた立役者的な店だった気がする。
オーナーが20代で若かった。だから客層が若かった。
全共闘世代の生き残りやうるさがたの文化人が多かったゴールデン街の雰囲気がこの店を中心とした新しい店の影響で少しずつ変わっていった。
EVIはとにかく元気のいい店で、てっぺん超えた深夜の狂乱ぶりは毎晩異常だった。
あの熱狂は何だったのか。あれが若さだったのか。
そんな店にもいつのまにか行かなくなっていた。

久しぶりに行ってみた。
おそらく15年ぶりとか、そのくらい時間が空いている。

店に入った瞬間、聞き覚えのある声で
「お、しんぱち!!」
と聞こえて、一気に時間が巻き戻った。
20代の頃に通ったあの時のあのままの店がそこにあった。

「おー、ちょうど2日くらい前に、急にしんぱちのこと思い出しててさ、あいつ名前なんだっけ、そうだしんぱちだ!って、思い出してたところだった。いやー虫の知らせだったんだな」って、本当か嘘か分からないような軽いリップサービスのような会話ではじまるいつもの感じ。
最近はめったに飲まない焼酎をお茶割りで飲んだ。
あの頃は焼酎をよく飲んでいた。

昔、この店で朝まで飲んで、そのまま会社に行っていた。
あまりに毎日寝落ちしていたので、専用の寝場所を用意してくれた。というか勝手に当時寝床として使っていた。その椅子がそのままあった。
当時のベッド代わりにしていた椅子。

ここで寝ても大丈夫だった体力が愛おしい。
別の店でいつの間にか寝てて起きたらゴミ捨て場に捨てられてたこともあった。
その店の店主はもうこの世にいない。
あの日々が蘇ってくる。

歩くことで思い出す。そんな1日だった。

記憶は、過去のものではない。
それは、すでに過ぎ去ったもののことではなく、
むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。

この日、移動しながら読んでいた本にそんなことが書かれていた。

過ぎ去らずに、過去はつねにその場所にとどまっている。
記憶は場所に宿っている。
歩いてそこに行くことで、ふだんは思い出しもないよう記憶の種が、ふっとその場所に浮かび上がってくる。
そんなことを感じる旅だった。

あの頃と同じようにあの椅子で寝ようかと思ったけどやめた。
ただ結局そのまま記憶がなくなるまで飲んだ。

家に帰ったら日付けを超えていた。
日帰りのつもりだったけど、1日またいでいた。
25キロ近く歩いていたらしい。

そんな何てことはない、小さな旅だった。

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