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母(74歳)がエッセイストとしてデビュー したので、その本をデザインした話

フリーランス・デザイナーの井上新八です。

最初に言っておきます。今回は宣伝です。

母が本を出した。
自伝のようなエッセイ本だ。
自分の人生と映画とをクロスオーバーさせる映画評のような自分史の本。

母は作家ではない。
普通の人だ。
これがエッセイストとしてのデビュー作。
現在74歳。とにかく元気だ。

この本で取り上げている映画のタイトルは
この世界の片隅に」に始まって、
港町
判決 ふたつの希望
トールキン 旅の始まり
ありがとう、トニ・エルドマン
500ページの夢の束
神様の思し召し
5パーセントの奇跡
パターソン
夜明けの祈り
など最近のミニシアター系の映画が中心で、
アリー スター誕生
万引き家族
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
などそこそこメジャーな作品も入っているが、
大半があまり知られてないような映画ばかりだ。
ぼくも映画は好きなので大半の作品は見ていたが、
人生をしまう時間」とか
パリの恋人たち」とか、
見落としているのが数本あって、
よくこんなの見てるな〜と感心した。

あまりにもマニアックなセレクトだったので、
昔の作品でみんなが知ってそうな作品を入れたら?とアドバイスしたら、
追加してきたのが
ボディガード
タイタニック
ジョー・ブラックをよろしく」と、
ようするに自分が歴代好きだったイケメン俳優が出ている映画を選んできた。
なかなか面白い。

最後の締めくくりに
ドキュメンタリー映画の「氷上の王、ジョンカリー」を書くというので、
またマニアックなところを持ってきたなと思ったら、
単に今ご執心の「羽生結弦」への愛について書きたかっただけだという、
これまた「らしい」選び方だなと思った。

この本の執筆中、ことあるごとに「お願い」をされて、
その度に時間をとられて頭を悩ませてきた。

映画評の切り口が見つからないからヒントが欲しいとか、
原稿へのアドバイスを求められたので読んでいろいろと提案したり、
何だこれ編集の仕事じゃないか?
・・・身内だからという理由でいろいろ働かされた。

最後の段階に来て
「タイトルが思い浮かばないから考えてくれ」
と言われて完成に近い原稿を渡された。
それこそ編集者の仕事じゃないの?と思ったが、
考えてみると答えた。

「じゃ、ついでに装丁も作ってね」
軽いのりで頼まれた。
いや正確にはそう言って頼まれていない気がする。
もっと無言のプレッシャーで、
やらざるをえない空気に押しきられた感じだった。
ある程度覚悟はしていたので仕方ない。
親孝行はできるうちにやっておけ、だ。

一応引き受けてしまったものの、
すぐに後悔した。

普通はタイトルがあって、帯コピーがあって、
そこからをデザインを始めればいいわけだが、
今回は何もない。
イラストや写真を使うにも予算があるか分からないので、
それもどうしていいか分からない。

めちゃくちゃ忙しいのに、
なんてものを引き受けてしまったんだ。

タイトルも帯もイラストも何もないんだぞ、
どう作るんじゃい!

ま、文句を言ってもしかたない。

まず作ってみるか…画面に文字をおいてみて、
タイトル案を考えた。

うーん。
70歳過ぎてから映画のことを書き始めたのか〜
「70歳、映画評始めました」
これはどうだ。違うな…。これじゃ映画評の本だ。
この本は自伝的な要素もあるのだ。

「映画が好きです」
うーん、そうだろうな。

「ラブ・ムービー」
英語にしただけだ。

「映画ババアに花束を」
なんだそりゃ。

「映画は人生です」
そんな本だっかかな…。でもなんか近いか?

「映画な人生」これでどうだ!
悪くない気がする。よしこれで作ってみよう。

で、できたのがこれ。

スクリーンショット 2020-06-13 12.30.57

帯コピーは適当だけど、なんか悪くなさそうだ。

同姓同名の有名脚本家がいるから、
ペンネームで出そうかと言っていたけど、
「エッセイスト」と肩書きをいれておけば間違える人はいないだろう。
万が一間違えて買ってくれたら御の字かもしれないし。

そんなことを考えながら作っているが、
これは果たしてデザイナーの仕事なのか?

イラストは適当に描いてみた。
しかし似てない…どこのおじさん?みたないイラストだ。
でも作者の顔をイラストで入れることで
「この人の本」だということが伝わりそうな気がする。
ただ、これだと自伝っぽすぎるような…。

そこでこの本のコンセプトを考えてみた。

この本は無名の人の自分史についての本だけど、
映画を絡めているところにオリジナリティがあるはず。
だから映画の本だということが一目で分かるようにした方がいい。
でも映画の専門家でも評論家の本でもないから、
映画の専門書に見えない感じ、
もっとエッセイっぽく、気軽に映画を見ているような
そんな軽い装いにできないか。

いろいろぐるぐる考えて何度か試作して作ったのが、これだ。

スクリーンショット 2020-06-13 12.16.00

「まるでシネマな人生」
うん。このタイトル、悪くない。
「まるで」がつくとまろやかさが出るし、
映画よりシネマって言う方がちょっと軽い感じがする。
デザインもシンプルで手に取りやすそう。
単純な線だけどちゃんとスクリーンっぽさも出ている。
うん、これでいいんじゃないか。

いや、でもこれだと「自分史」的な部分、
つまり著者の存在が感じられないのではないか…。
もう少しどうにかできないか…。

難しい…。

ここに最初の顔のイラストを入れてみるのはどうだろうか?
だけどあれはあまりにもひどいイラストだったので、
まずはイラストをもう少しちゃんと描いてみるか。
最近の母の写真を探して(あまり撮ってないものだなと愕然としつつ)、
描き直した。
ちなみにぼくはパソコンで絵を描くのだけど、
ペンタブレットを使ったことがなくて、
どんなイラストもマウスで描いている。
しかもベジェ曲線とかいうのがいまだに使えず、
マウスを使ってペンツールで線を引くという特殊な描き方をしている。

何度も線を引き直し、色を塗って完成させたのがこのイラスト。

スクリーンショット 2020-06-13 20.19.51

参考にした写真が分からなくなってしまったので、
本のソデにある本人の写真と比べてみてほしい。

井上由美子氏

どうですかね? 似てますかね?
自分では似てると思うんですけど、どうでしょう?
いずれにしろぼくの画力の限界はここまでです。

とにかくこれに時間がかかった。
イラスト描くの苦手なんですよ…。
がんばった。えらいぞ、自分。

さて、デザインの続きだ。

さっそくこのイラストを
さきほどの案に追加してみよう。

スクリーンショット 2020-06-13 12.54.25

悪くない…よね?
うーん、でもなんだか違う。
これだと客が著者の自伝映画を見てるようだ。
客席はいらないな。
あとタイトルにもうひとひねり欲しい。
親しみやすさが何とか出せないか。

そこから試行錯誤してできたのが、これ。

スクリーンショット 2020-06-13 12.57.43

観客席をなくしたことで全体がスッキリした!
そしてタイトルに「わたしの」のひと言を足して
ぐっと親しみやすさと自伝っぽさが出たはずだ。
イラストも悪くない、気がする。

「まるでシネマなわたしの人生」
良いじゃん!!!

けっこう良い着地に思えたので、これを送ってみた。

翌日、連絡が来た。
気に入ってもらえたようで、タイトルは即採用。
デザインも気に入ったようだった。
えらい喜びようで、少し報われた気持ちだ。
ああ、よかった。

しかしこの労働が「身内の善意」として搾取されたのは言うまでもない。
こちらも最初からそのつもりだったから別にいい。
装丁を無料で作ったのはこれが人生で初めてだ。

編集者も大喜びだったそうだ。
そりゃそうだ、何もしないで装丁のデザインが送られてきたのだから。

帯ネームは編集者が直してきたので、
最終的な装丁はこちら。
帯、この方がいいのか…?よくわからない。

スクリーンショット 2020-06-13 11.46.04

はい!親孝行終了
さぞ自慢の息子だろう!
本の中でほめちぎってくれてもいいぞ!

それから数ヶ月ほど過ぎ、完成した本が届いた。
できあがったと聞いて1週間以上経っても届かないから、
催促してようやく送ってもらった。

あんなに喜んでいたのに。
出来上がってみたら、忘れられる。
そんなもんだ。

原稿はタイトルを考える時にある程度ちゃんと読んでいたので、
その時はなかった「あとがき」を読んでみた。
無料奉仕した息子への感謝のひと言でもあるかと思って眺めていたら、
「私以上の映画大好き人間の下─」という1行が目に飛び込んできたので、
ああ、僕のことかと思ったら違った。
編集者への謝辞だった。
あれ?ない。何も書いてない。
結局タダ働きさせた息子についてはひと言も触れてなかった。
一応、目次のところにクレジットが入っていた。
うん。これだと普通のお仕事の時と同じよね。

改めて本を読んでみた。

最初に読んだ時にうすうす気づいてはいたが、
この本、見事なほどに息子の存在について書かれていない。
一行書かれているか、書かれてないかくらいの存在の薄さ、
校正ミスで残ってしまったくらいの希薄さだ。

いや、出してくれと言っているのではない。
むしろ正解だ。
この本は、それでいい。
戦後生まれの夢見る少女が、
そのままの天真爛漫さで時代を駆け抜けていく
活劇のようなエッセイなのだ。
物語とはそういうものだ。

母子家庭で母は働きに出かけてほぼ不在だったので、
ぼくは祖母と過ごす方が長かった。
この本に祖母は何度か登場する。
しかし祖母と孫とのエピソードが出てきそうなところでも、
見事に息子の話はカットされている。
後半で母の友人への感謝や
この本の編集者について書かれているところですら、
息子の話は出てこない。
ここまでくると逆にすがすがしさすら感じてくる。
映画「真実」のカトリーヌ・ドヌーブのごとき気持ちよさだ。
(女優である母の自伝をめぐるウソと真実の物語─詳しくは映画を是非)

豪快に「我が道を行く」人なのだ。
そういうパワフルさにあふれた本である。
だから客観的に読んで、この本、単純に面白かった。

戦後すぐに原爆の落とされた長崎に生まれ、
東京オリンピックの年に単身上京し、
文化の中心地・新宿で飲み屋をやって流行らせ、
結婚し、離婚し、
会社を起こして社長になり、
その会社を追い出され、
その後、職を転々として、
最後は大学教授になって学部長にまでなる。
そして大学を引退したかと思ったら、
今度はエッセイストとして作家デビューだ。
ジェットコースターのような、
それこそまるで映画のような人生だ。

戦後の混乱、高度成長、バブル、バブル崩壊、
女性が一人で激動の時代を生き抜いたのだ。
つまらない話のわけがない。
そんな人生のエピソードを色々な映画になぞらえて語っていく、
面白い構成の本だ。

とにかくこの本、映画エッセイとして、
誰ともなき人の自伝的エッセイとしてかなり面白かった。

高齢化する社会の「希望の書」とでもいうべき一冊だと思う。
それは、言いすぎか。

まだまだ本に収まっていない
豪快でやんちゃなエピソードが山ほどあるはずだ。
特に熱気あふれる新宿での話や大学教員時代の話を知りたい。
息子としてというより、いち読者としてだ。
なので続編を書いて欲しいと切に願っている。
次、デザインを頼んできたら、きちんと装丁料をいただくけど。

とにかく面白かったので、
多くの人に読んでもらいたいと思うのだが、
Amazonは残念ながら在庫切れ。
多分入荷されることもなさそうだ。

出版社に問い合わせたら手に入るみたいなので、
読んでみたいという人は問い合わせてみて欲しい。

芳林社のページ

というわけで、今回は身内の本の宣伝でした。

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