僕の7年間

僕の高校入学から今まで7年間の人生は色んなことがありました。特に15歳から18歳は人生の闇でした。全てをありのままに紹介します。あくまで自己満のために。引くなら勝手に引いて幻滅してどうぞ。読むのは自己責任でお願い致します。別に好かれようとしてないです。

〜高校入学〜

まず、当時の担任の先生に満面の笑みで言われたことがこちら。

「君は大学に行かない方が良い。行かない事で入学する学生の枠が空いて社会貢献になる。」

「君は、協調性と社交性が無い」

「1分毎にどんな行動をしたか、その時に何を思ったのかを細かく紙に記しなさい。そしてそれを私に提出しなさい。私がその生活を正してあげます。強制です。」

いわゆるパワハラ(だと僕は思っている)を受ける。

その数ヵ月後に毎食の食事の嘔吐、学校に行くと思うと憂鬱になり強い倦怠感、微熱の症状が続き頻繁に学校を欠席。

16歳の時に「適応障害」との診断が下る。

これを校長先生に報告したが、校長先生は自身の保身を選んだため、上記の出来事が丸ごと無かったことにされる。

高校一年生の終わりの頃まで上記の症状が続く。欠席が続いたため、留年判定。この出来事により大人が信じられなくなり、最初の高校にこのまま居たら潰されると感じたため、転校すると決意。

〜高校二年生〜

通信制の高校に転入。ここの先生は良い人達ばかりで、ここの先生には心を開いて接することが出来た。通信制の高校のため、ほとんど外に出なくなる。二年生の終わりに行ったスキー研修旅行で体調を崩す。知らない他人と同じ部屋で寝る事が耐えられなかった。知らない内に誰かに迷惑をかけているのではないかとの恐怖に苛まれた。これをきっかけに再び精神的な調子を崩していく。

〜高校三年生〜

徐々に外の世界が怖くなる。春先から初夏の頃にかけて頭の中に声が聞こえるようになる。自分を貶す声、蔑む声など、自分が思う自分の悪い所や劣等感を抱いている所を頭の中の5人の男女が会議のように悪口を挙げ、自分に語りかけてくる。また、頭の中の5人が自分の行動の一つ一つに実況中継しながら、その行動一つ一つに文句や悪口を挙げて喋る声も聞こえるようになる。さらに、頭の中の5人の男女とは別に、街中ですれ違う人々が自分に対して殺意を向けている声も聞こえるようになる。

起きていたら声に押しつぶされそうでずっと眠っていたくなった。結果、23時頃に寝て次の日の12時頃に起床し、その後14時頃から18時頃まで再び寝る生活を送る。日によって前後するが、少なくとも1日15時間以上眠っている生活を過ごした。過眠のため疲れて動けなくなり、さらに引きこもりの生活に入る。

この時期に過食症を患う。1日に15時間以上寝ていたため、朝と昼の食事は無し。夜ご飯にガッツいて食べ、食べ切ったと同時にトイレに直行し嘔吐する生活を1年間ほど過ごす。これにより、体重が約20kg減りやつれる。この時の栄養補給は、スポーツドリンクのみ。

最終的には、本気で人に殺される妄想、自分はこの世界に必要の無い唯一の人間である妄想、世の中の犯罪やテロは自分が生きているせいだと本気で信じ込む妄想、自分が死ねば世界が良くなると本気で思い込む妄想に取り憑かれる。

18歳で「統合失調症」との診断が下る。

〜高校卒業後〜

引き続き引きこもりの生活。声や妄想が頭から離れず自殺願望が日に日に高まる。その結果、2016年6月14日に自宅のベランダ下で首吊り自殺を図る。結果的に隣の住民の方に保護され未遂に終わる。

これをきっかけに、自殺企図をしないと心に誓う。そして、声が聞こえる事も極端に少なくなる。

〜自殺未遂後〜

まず、子供の頃からしている癖の一つである髪の毛を抜く行為を止めようと心機一転し、耳にかかるくらいまであった髪の毛を一気に坊主にする。引きこもり生活は続くが、以前のような考えをすることは少なくなる。徐々にアルバイトをしようと気持ちが高まり始めるが、症状が重たくなり一日で辞めることが頻発する。

〜20歳〜

成人式の直前に申請していた精神障害者保健福祉手帳の申請が通り手帳を取得。等級は3級。この日から精神障害者として生きる事を決意する。成人式で出会った友人にこれまでの経緯を全て話し理解を得たうえで、その友人と同じアルバイト先に誘われる。そこで2月から5月の3ヶ月アルバイトをする。少しずつ慣れ始めた頃に精神的な調子を崩したためアルバイトを辞める。6月に主治医が変わり、運動する事を勧められ運動を始める。

〜21歳-22歳〜

まずは運動を始める時に2kmを速く歩くことから始めた。少しずつ距離を伸ばしながら、速度も上げ、6km走れるようになる。21歳〜22歳の間でジョギングの距離を少しずつ伸ばし、6km〜8km〜10km〜13km〜15km〜ハーフと走れる距離が伸びていく。 体重はみるみる減り、MAX体重より25kg以上減る。また、筋トレの勉強を自分なりに始めて家で行ったり、スポーツジムに行ったりした。

21歳の11月に現在の障害福祉サービスの一つである就労移行支援事業所に入所。元の生活リズムが出来上がり、症状が安定し寛解状態に。安定してきたが、不定期で落ち込んだり希死念慮が現れることもあった。死にたいような死にたくないような、ごちゃごちゃする感情を持つこともあった。自分からは死にたくないから誰かに殺して欲しいと思うこともあった。

やはり不定期で鬱になることがあるのが精神疾患なので、自分なりの病気との付き合い方をもっと探して見つけていきたい。完治が難しい病気だからこそ、これからも病気と真正面から向き合い治療に積極的に参加することで、比較的安定した状態を維持して生活していきたい。簡単にまとめたが、これが一番簡潔で必要な事であると心から感じているからである。