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お金で買えるもの、買えないもの。

お金さえあれば、ほとんどのものは手に入る。今の時代、インターネットが発達し、ネット上にある商品はすべて購入できる。わざわざ買い物に行かなくても運送業者が家まで届けてくれるから、ネットを使えば暑い夏でも優雅にショッピングが可能だ。

我々が生きるのはそんな時代。でも、私はふと考えてしまった。

お金があっても買えないものはあるのではないか。もしお金を払っても買えないものがあるのだとしたら、それはものすごく価値があるものなのではないだろうか。バイトで稼いだお金をすべて遊びに費やし、金欠になった状態で大学の夏休みを迎えようとしている今この状況で、私は悟ったように、そして金欠に対する言い訳のように、お金の価値について考えてみることにした。

お金とは何か

お金とは、といわれても、いつも当たり前のように触れすぎてあまり考えたことはなかった。というより、そもそも私たちはお金についてどれだけのことを知っているのだろうか。まずはお金の基礎知識を掘り下げていきたい。

例えば千円札。この千円札はiPhoneの顔認証機能で顔を識別できることを知っていただろうか。正直、私は何気なく写真を撮ろうとしただけで、カメラが勝手に顔を認証したため、私もここまで顔がリアルに印刷されていることは知らなかった。お金をじっくり見ることで、改めてお札の奥深さを知った。

千円札の大きさは縦76ミリ、横150ミリでお札の中では一番小さい。お金が好きな人でもその大きさまで知っている人は少数だと、小説『億男』内の登場人物が述べていたことを思い出してしまう。使い方によっては15センチの物差しになりそうだと思ったが、そんな使い方をする人には未だに出会ったことがない。私たちはお金のことが好きでも、お金について知らないことが色々あるのかもしれない。

お金が無限にあったら何をする?

もしも、お金が無限にあったら何をするのだろう。世界一周?アメリカの海辺に豪邸を建てる?正直こんな夢では、お金が無限にあれば達成できる。世界一周旅行は「ピースボート」(居酒屋でたまに貼ってあるポスターのあれ)で100万円からできるし、豪邸を建てるとしても、そこに金額が存在しているなら払えばいいのだ。

私が言いたいのは、お金が無限にあるなら何をしたいか、ということだ。お金を使い、モノを買い占め、人を動かし、何を達成したいのか。それによって達成できる最大のものは何なのだろう。世界平和、世界征服、新しい文化を作り上げる、お金が無限にあれば何でもできる気がしてきた。しかし、いくら考えても正解がわからない。お金を大量に持つことは、逆に何をすればいいのかといった選択肢を増やしすぎてしまい、身動きが取れなくなることにつながるのではないか。

アメリカ人のスティーブ・ジョブズは、ピクサーの事業を成功させて、その株式を所持していたため、ビリオネアになった。だが、そんな彼は晩年に次のようなことを語っている。

他の人の目には、私の人生は、成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし、仕事を除くと、喜びが少ない人生だった。人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。

富が持つ力は非常に大きい。しかし、人は晩年になったとき、お金よりも大事なものに気づくのかもしれない。それはいったい何なのだろう。もう少しだけ掘り下げていきたい。

それでは、お金では買えないものは何か

筆者は、お金では買えないものは人の心だと考える。人の心。これではざっくりしているので詳しく説明したい。

まず、人には「身体的な要素」「精神的な要素」が存在すると考えた。「身体的な要素」はその人の体、声、歌、におい、笑顔(ビジネス)といった、五感で感じることができるものを指す。例をあげると、好きなアーティストのライブへ行けば、その人の声や歌、表情を感じ取ることができるし、風俗店へ行けば、文字通り体を買うことができる。また、ここでいう笑顔はビジネス上のもので、アイドルがファンに見せる笑顔もきっとビジネスなのだろう。(自分で書いていて悲しくなってきた。)

一方、「心理的な要素」というのは、その人の内面の気持ちのことである。人間の表情や体はいつも正直、とは限らない。いくら楽しそうにしていても、心の奥にある気持ちはどう思っているのかわからないのだ。それに加え、人の信頼、愛情、好意も買うことはできない。もし、一生懸命好きな子にプレゼントをあげたり、ご飯をごちそうしたりしても、最終的に自分のことを好きになってくれるかなんてわからない。結局最後に人の気持ちを決めるものは、その人が見せる気持ちと誠意なのだと思う。

だから、私は人の心を買う過程を「投資」と呼ぶことにした。

お金を「投資」として使えば、リターンが大きくなることがあれば、小さくなることもある。最悪の場合、なくなってしまうことだってあるかもしれない。それでも、「投資」だと思えば気分が楽になる。好きな子にフラれても「投資」でしくじっただけ。飲み会をドタキャンされても「投資」がうまくいかなかっただけ。いやいや、楽になるのかな(笑)人の気持ちを動かすことはそれだけ難しいことなのだと思う。

あとがき~私がお金について考え始めたきっかけについて~

ここまで記事を読んでいただきありがとうございます。記事を読んで、予想以上に暗い内容に、なにコイツ、フラれたの?と思われた方も多いかもしれません(笑)

実は、私がお金について考えたきっかけは、一昨日開催されたTWICEのハイタッチ会に行ったことが原因です。

は?なにそれ?と思った皆様、落ち着いてください。これにはちゃんとした意味があるのです。

私はTWICWのダヒョンの大ファンで、昨日初めてハイタッチ会に行くことができました。ハイタッチ会は、CDを買わないと行くことができません。しかも、それは必ず行けるわけではなく、CDの中に運良くメンバーのカードが入っていないと参加資格を得ることができません。お察しの通り、私は頑張りました。金欠になったのは絶対にこれのせいです。

TWICE(特にダヒョン)のことはテレビでよく見ていました。TWICEが出演したMステは全部録画して見ましたし、ライブに行ったこともあります。興奮のあまり、アリーナ席で叫びながら友人と暴れていたことは、今となってはいい思い出です。

そんなダヒョンと、私はようやく会うことができました。彼女はテレビでみていたよりも白く、あまりの白さに私は腰が抜けそうになりました。彼女の白さを目の当たりにして、彼女は私が今まで出会った中で最も白い人に認定されました。街中で見かける欧米人よりも白いアジア人なのですから、最も白い人認定は確実です。

予想よりもずっと目が大きくて、その瞳に吸い込まれそうになったとき、私は警備員に引きはがされました。私がダヒョンと共有した時間はおそらく3秒。その間、会話は何もできませんでした。

ハイタッチ会の感想はこのくらいにして、なぜこれがお金について考えるきっかけになったのかというと、ハイタッチ会で私は変な違和感を覚えたからです。というのは、ダヒョンがハイタッチ会で見せた表情にありました。たしかに彼女は笑顔で微笑みかけてくれたのですが、私は彼女のハイタッチ会での表情が、メンバー同士で笑い合う表情とは何かが違うと感じたからです。(*決してダヒョンの対応が悪かったというわけではありません。私が勝手にそう感じただけで、彼女は笑顔で優しく微笑んでくれました。)

そんなの仕事だから当たり前じゃん。という声が聞こえてきそうですが、私はそんなことに気づかなかったのです。それから私は少しだけ切なくなりました。

でも、それから考え、私はあることに気が付きました。それは、自分の周りに大切な存在がいたことです。家族や友人、恋人が見せる笑顔は心から笑っているからこそ見られる笑顔なのだということを実感しました。友人に向けてファンサービスをする人なんて聞いたことないし、その笑顔は本心なはずです。

お金を払っても見ることができない本当の笑顔は、自分の身近なところにちゃんとあるのだと、そのときようやく実感したのです。

ありがとう、ハイタッチ会。ハイタッチ会のおかげで大事なものを思い出せた気がする。これから先、ダヒョンに会いにハイタッチ会には、、、、行く。

行きます。


以下、参考文献です。



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