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古着屋のキャップ


オイラはキャップ。生まれは古着屋、性別はコーデュロイ、チャームポイントは黄色の刺繍。

生まれて初めて聞いた言葉は「これ、似合うかな?」

一人目の主人に古着屋に連れていかれ、二人目の主人といまは一緒に暮らしている。


オイラはフランクな性格もあってか友達が多い。

天真爛漫な麦わら、おとなしめなハンチング、ナルシストなハット、アーティスト気取りのベレー帽。みんな集まるとうるさいんだけど、いいヤツらなんだ。


一人目の主人とは、代々木にあるお洒落なセレクトショップで出会った。

「これ、似合うかな?」

彼女と思わしき女性にそう尋ねたのは、ヒゲのよく似合う30代前半の男性だった。


それからというもの、彼は毎日のようにオイラを身につけてくれた。オイラに合わせてコーディネートを変えてくれたほどだ。

「これ、お気に入りなんだ。」

そう友人に紹介してくれたりもした。オイラは自慢げにツバをとがらせ、嬉しさを噛みしめる。毎日が幸せだった。


しかし、そんな日々はそう長くは続かなかった。

彼が恋人と別れたからだ。

「お前を見るとどうしても思い出してしまう」

そう呟くと彼は古着屋にオイラを連れていった。


どうして別れなきゃいけないんだろう。

モノには思い出がつきまとうことを初めて知った。悲しくてたくさん泣いた。

すこしだけ、色あせた。


古着屋でオイラを見つけてくれた次の主人は、優しそうな20代前半の男性だった。

「掘り出しもの、見っけ!」

そう言うと彼はオイラをレジまで運んだ。


彼は特別な日にオイラを身につけてくれた。

旅行にいくとき、意中の女の子とデートにいくとき、友達とやってるバンドでライブに出るとき。

照れるとツバを下ろして顔を隠すのが癖だった。


出番は月に1回あるかないかだった。昔と比べるとだいぶ少なくなっただろう。でも、オイラは幸せだった。

使い古されて色あせたオイラを大切に大切に使ってくれたからだ。インテリアとして、部屋の目立つところにも飾ってくれた。

愛おしさというものがこの世に存在するのなら、この気持ちに違いない。


ある日、彼は好きな女の子に告白をした。

オイラも一緒にいた。勝負の日には必ず被ってくれるからだ。

返事は「ハイ」だった。


彼は静かにツバを下ろした。

へへっ

照れた顔を見られるのは、オイラだけの特権だ。



「 アタイにだって言いたいことがある。」

モノにストーリーを、暮らしに温かさを。というコンセプトで身近にあるモノの気持ちを妄想で書いてます。

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文章:しみ

イラスト:じゅちゃん

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