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2021年ノーベル生理学・医学賞のこと 〜hot and touch〜

2021年のノーベル生理学・医学賞は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校教授のデヴィッド・ジュリアス氏(David Julius)と米スクリプス研究所のアーデム・パタプティアン氏(Ardem Patapoutian)に贈られることが発表されました。受賞テーマは、「温度と触覚の受容体の発見(for their discoveries of receptors for temperature and touch)」です。

世界にはThank you!が溢れている

皆さんはこの記事をどんなところで読んでいますか? 音楽を流しながら、おやつを食べながら、アロマディフューザーをつけながら、ネコォ🐈をモフモフしながら……。

それぞれは聴覚、味覚、嗅覚、触覚が担当しています。そして文章を読むには視覚が必要です。5感というものですね。実際には温度や重力など、もうちょっと細かく分類できると思いますが。

では、そもそも「感覚 is 何?」というところから。

感覚とは、周囲の刺激を受け取るセンサーと、それを処理する脳の2つがあって初めて成立するものです。

スマホにはいろんなセンサーがありますね。マイクは音のセンサー、ディスプレイはタッチセンサー、カメラは光のセンサーです。センサーが反応すると電気信号に変換され、スマホの処理チップに集められてなんやかんやの計算を行うと、相手を声を届けたり操作したり写真を撮ったりできます。

人間(というか全生物)も同じです。それぞれの刺激に特化したセンサーがあります。センサーはもちろん電子部品ではなく、体が作る生体分子です。その名も「受容体」。受容体は、基本的には神経細胞の表面にあり、刺激を受け取ると神経細胞が電気信号として脳に届けます。脳が信号を処理して、何かを見ている、匂いがある、触っているなどと判断します。これが感覚です。

世界には刺激で溢れています。その刺激を、各刺激に特化した受容体が検出しているわけです。受容体に感謝。Thank you!

で、今回は、温度と圧力を感じるお話です。温かいコーヒーを飲むとき、舌や手でコーヒーの温かさを感じ、カップを掴んでいる感覚を手で感じます。「どうやって温かい、掴んでいるという感覚が生まれるのか、それを担っている受容体は何か」というのがテーマです。

↑右が温度と熱、痛みを感じるTRV1分子、左が触覚を担うPIEZO1、PIEZO2分子。

というわけで、まずは温度から、次に触覚のお話をします。

俺は 俺の責務を全うする!!

ノーベル賞公式サイトのプレスリリースでは、ここの見出しが「The science heats up!」になっています。直訳すれば「科学が白熱する!」ですが、「(温度受容体の発見によって)白熱する科学」と「熱(heat)の科学」をかけているんだと思います。スウェーデンジョークですね。

Julius氏は、唐辛子の辛味成分であるカプサイシンに注目して、痛み受容体を見つけようとしていました。唐辛子を食べると「辛い」のは当然ですが、極端に辛いと「痛い」と表現しますよね。実は「辛い」という味覚はなくて、「唐辛子の辛い」と「痛い」は同じ感覚です。そういうわけで、痛みを感じるカプサイシン受容体を探すことになります。

唐辛子は英語でchilli pepper。せっかくなのでレッチリを聴きながら読みましょう。

カプサイシンに反応する神経細胞には、必ずカプサイシン受容体となる遺伝子が機能しているはずです。その神経細胞で機能している遺伝子(正確にはmRNAから逆転写したDNA断片数万とか数百万とか、上の図のDNA fragments)を別の細胞に入れ、カプサイシンに反応する細胞があれば、そこに入った遺伝子がアタリ、という戦法です。

そうして見つかったのが、TRPV1(トリップV1)と名付けられた受容体。TRPは「transient receptor potential(一過性受容体電位)」という意味で、神経細胞の電気信号が長続きしない一過性という性質からきています。

TRPV1受容体はカプサイシンを感知して痛みをもたらすだけでなく、43度以上になると神経細胞で電気刺激を引き起こして熱を感じる性質があることもわかりました。「痛い」と「熱」を同時に感知できる受容体です。唐辛子を食べると辛い(痛い)と同時に熱くなるのは、TRPV1受容体の性質によるものだったのです。

英語では「辛い」と「熱い」は両方とも「hot」と言いますが、これは同じ受容体が担っていると考えれば理にかなった表現です。たまに冬用靴下に「トウガラシ成分入り!」というのがありますが、あれはカプサイシンとTRPV1受容体による灼熱感を利用しているのですね。

43度で反応するという、この温度は絶妙な設定です。43度を超えると体内のタンパク質が熱変性を起こしやすくなり、命の危機になります。つまり、43度で反応するということは、「危ないから離れろ」という意味があります。また、カプサイシンもグルメ的には程よい刺激ですが、過度な痛みは命に関わるので、やはりアラートとしての機能があると考えられます。

TRPV1受容体の発見は1997年。これを機に、いろいろな温度で反応するTRP受容体シリーズが次々と発見されます。その中には、Julius氏とPatapoutian氏が発見したTRPM8受容体があります。TRPM8受容体は25度以下を感知する、寒さセンサーです。メントールはTRPM8受容体に結合して、30度でも寒さを感じるように神経細胞を活性化できます。メントールのひんやりとした感覚はTRPM8受容体が作っているのですね。

1種類の受容体で温度を測っているのではなく、複数の感度が違う受容体を組み合わせて温度を測っています。そのため、体温前後だと0.5度単位で正確にわかります。それぞれの受容体で役目があるということです。まさに、「俺は 俺の責務を全うする!!」です(伏線回収)。

素肌の上で事件を起こせ

次に触覚受容体です。ノーベル賞公式サイトのプレスリリースでは、ここの見出しが「Research under pressure!」です。直訳すれば「プレッシャー下の研究!」。「(細胞に物理的に)圧力をかけて調べる研究」と「(このプロジェクト成功するかなー論文アクセプトされるかなーとかの)重圧のかかる研究」をかけているんだと思います。スウェーデンブラックジョークですね。

では、プレッシャーつながりで次の曲をどうぞ。

Patapoutian氏は、細胞1個の表面を押し込むと電気刺激が発生する細胞には圧力を感じる遺伝子が機能していると、まず考えました。そして、その遺伝子だけ機能しないようにしてまた細胞を押し込んで、もし電気刺激が発生しなければその遺伝子がアタリ、というわけです。

最初のステップで、機能している遺伝子のうち、細胞表面にあって機能が不明なもの(つまり圧力センサーになりえそうな受容体)を候補に挙げると72種類。72種類の遺伝子一つひとつを機能抑制した細胞を作り(ということは単純計算で72パターンあるはず)、反応しない細胞を探すことに。苦節半年、ようやく反応しない細胞を発見。その遺伝子は、ギリシャ語で圧力を意味する「piesi」からとって「PIEZO1(ピエゾ1)」と命名されました。工学や物理の人なら、圧力で電圧を発生させる圧電素子のピエゾで馴染みがあるかもしれません。

後に、PIEZO1受容体に似たPIEZO2受容体の存在がわかり、特にPIEZO2受容体のほうが触覚に深く関わっていることが明らかになりました。また体の位置や動きの感知にも関わっているようです。国際宇宙ステーションで低重力にいるとマウスのPiezo1受容体が少なくなるという話もあり、将来の宇宙旅行でもポイントになるかもです。

ヒトでPIEZO2受容体に変異があると目を閉じたときに自分の上下感覚などがまったくわからなくなる疾患があります。また、ヒトのPIEZO1受容体は赤血球にもあり、PIEZO1受容体が大量にあると赤血球がしぼんでしまって貧血になりやすくなります。ただし鎌状赤血球と同じ理由でマラリア重症化に耐性があり、アフリカでは他の地域よりもPIEZO1変異の割合が大きいことがわかっています。

PIEZO1, 2受容体の発見は2010年とつい最近。生理学・医学は1980〜90年代の成果が対象になることが多い中で、意外と早い受賞となりました。

4番目の光

プレスリリースの最後の見出しは「It all makes sense!」。直訳すれば「こうして感覚が作られている!」という研究テーマになり、通常は意訳として「そういうことだったのか!」という締めになります。最後までスウェーデンジョークを貫き通しました。

両者とも痛みや触覚に関係するので、疼痛治療の創薬に応用できる可能性はあります。まだこの2種類の受容体を直接ターゲットにする薬はできていないようですが、期待といったところです。

あと、こういうセンサーがあるということはわかりましたが、ではどんな形をしていてどうやって神経細胞で電気信号を作っているかとなると、まだわかっていないことが多くあります。かなり特殊な構造をしていて、カプサイシンや熱、圧力下でどうやって形状が変化して感知しているのか、謎だらけです。特にPiezo1受容体は巨大な3枚羽根構造とか専門家でもわけのわからない構造をしているみたい。その辺りの解明もお楽しみに、といったところです。

ちなみに最初に書いた5感のうち、視覚、聴覚、嗅覚はすでに受賞済みで、触覚は今回で受賞。4番目にスポットライトを浴びた感覚になります。残りは味覚ですね。

味覚「触覚がやられたか……これで残る5感は私1人だけというわけだ」

Congratulations!

参考文献

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