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バレンタインデーとキラキライケメン

2月14日を真剣に“やってやろう”と思ったのは高1の時、一度だけだった。それ以降は勝負をかけていない。
一応言っておくとまだ昭和の時代である。

同じクラスになった彼はなんと小学校4年時のクラスメイトで、私が引越しで転校するまでの1年間毎日顔を合わせていた。それ以来の再会となったのだが、私は顔を見て名札を見ても一瞬彼がわからなかった。
小学校の時はごく普通のぽっちゃりさんで勉強でも運動でも目立たず、特に何とも記憶に残らない男子だったその彼が、キラキラと輝く背が高いロン毛のイケメンに成長していた。イケメンぶりは顔や背格好だけではなく、俳優の様にキラキラの優しい笑顔でわたしの元に駆け寄り、“シマ!久しぶりだね!元気だった?また会えて感激だ〜”とぺらぺらと喋るほど性格までキラキラに育っていた。

彼は男子にも女子にも先生にもキラキラで、みんなを一瞬で魅了し、入学してすぐに全学年女子の憧れの的へと上り詰めた。
休み時間になると知らないクラスの知らない女子が教室の窓からチラチラと覗き、近くにいる人間を捕まえては “片岡って、どの子?”と聞いてきた。

なぜだか知らないが、彼はわたしにやたらと話しかけてお弁当を一緒に食べるために席を移動したり、宿題をやろうぜ、と放課後に居残ったり、サッカーの試合にレモン水を持ってきてくれよ〜と大きな声で懇願したりした。
そんな様子を見るクラス、そして窓から覗く知らない女子の恐ろしい視線を背中に受けつつも、こんなにキラキラの彼に“好かれている”ことを快感に感じていた。

ただ、後で思うとそんな彼のキラキラは学校の外で見る事はなかった。学校行事のキャンプやボランティアの先ではいつもの様に一緒に行動するのだが、それ以外はない。
週末に二人で出かけることもない、夜に電話が来ることもない、夏休みに連絡は来ない。片岡ファンの女子は知らなかったかもしれないが、私は学校内だけの仲良しだった。

そんな風に不思議な仲良し関係が続き、年が明けると、女子はバレンタインデーのチョコを誰に渡すかを楽しげにワイワイと話す。
“シマは片岡君か〜いいな〜、でもきっと片岡君は何十個とチョコをもらうよ。だからシマは特別な何かも渡さないと!” と言われた。
それもそうかもしれない。私は好かれているようだし、よそ様からみれば選ばれし女子である、が “彼女” ではない。そんな会話は出てきていないし、誰かに “シマと片岡君って付き合ってるの?” と聞かれても “いいや” というしかない。

これを機会にはっきりさせねば!バレンタインという風習が私を奮い立たせた。特別な何かをプレゼントすることにより、キラキライケメンの彼女という地位を皆の衆に知らしめるのだ。

“何をあげようかな” と友人たちに相談すると、絶対手作り!世界に一つ!愛がこもったもの!と叫ぶ彼女たちにやいのやいのと取り決められたのは 手袋 だった。
自転車通学だし、絶対に喜ぶ!と周りにきゃーきゃー言われるまま放課後に手芸店まで足を運んで毛糸と編み針、そして本も購入した。
現代の様にネットやYoutubeでのチュートリアルもないので、本を見ながら始めてみた初めての編み物・・・・・どう考えても手袋は一発目にはふさわしくないチョイスだった。

それでも試行錯誤しながら毎晩針をすすめ、指先はグレイ、手の甲に黄色とグレイのアーガイル模様を施したクリーム色の手袋が出来上がった。
手直しをする時間はない。13日の深夜に仕上がった手袋をこれまた前日に同居する叔母と一緒に焼いた(ほぼ叔母が焼いた)チョコでLOVEやらValentine's Dayやらを描いたハートのクッキーと一緒に可愛らしい紙袋に入れ、朝を待った。

14日は朝からえらい騒ぎで、私の隣の彼の机にチョコレートのタワーが出来あがる様子を見るのは圧巻だった。キラキラな笑顔で来る女子・来るチョコに “わぁ、ありがとう!”と返す様子はアイドルの握手会(行ったことないけど)さながらで、中には一緒に写真を撮ったり去り際に泣き出す女子もいた。彼女たちが、私の方をちらちらと恨めしげに見るかギロッと睨んでから教室を出ていくのが恐ろしかった。

昭和も終わりに近づきつつある九州の田舎の1年6組で、バレンタインデーは華々しく開幕し、それは放課後まで続いた。ちなみにうちのクラスにはもう2人イケメンのキラキラがおり(片岡君とは全く違うタイプの短髪アスリート&理系のメガネクールなシャイガイ)その3人のために本校のバレンタインデーが執り行われた様なものだった。お弁当の時間には放送部が受け付けたリクエスト曲はほぼその3人が対象だった。

放課後が近づいてくるにつれ、緊張が増し、午後の授業は上の空だった私の頭の中にあるのは、この愛のこもった、世界に一つの、手作りの極みである手袋を渡す時に、彼に何を言おうかという問題だった。
バレンタインデーは女子が告白してもいい日なので “彼氏になって下さい” と言おうか。

最後のベルが鳴り、教室がガヤガヤとしだすと、片岡君が立ち上がると同時に言った。 “シマ、俺のチョコは?”(キラキラ)

不意打ちだったので、それを聞いてバッグの中からあたふたと紙袋を取り出し、結局は何も言わずに渾身の手袋とチョコクッキーを手渡した。
こんなにガヤガヤした教室で告白も何もあったものではなく、ただ “一生懸命作ったよ” と小さな声で伝えたのが精一杯だった。

キラキラのイケメンはその紙袋を覗き込むと一瞬だけ んん? という顔をした。
そして不格好だが私の愛がこもった手袋を手に取ると、“これは、軍手?” と聞いた。

ちゃかすようなバカにする様な感じではなく、彼は多分真剣に “軍手?” と聞いた。

それを聞いた瞬間耳まで真っ赤になり、紙袋ごとひったくって外に走り出た。
誰かが見ていたかもしれず、他の人にも彼にも笑われるのが怖くてそのまま走って帰った。

自分の部屋で涙顔でまじまじと見つめたそれは、どっから見ても軍手だった。

結局告白も出来ず、彼に謝りもされず、友人にさえバレンタインの一件は触れられぬままに時はすぎた。キラキラのイケメンとはいつも通りにお弁当を一緒に食べ、テスト勉強をしたり、カセットの貸し借りをした。

3月14日のホワイトデーに、片岡君は遠くのクラスのめちゃめちゃ可愛い聖子ちゃんみたいな子にお返しを贈り、その子がイケメンの彼女という王座を手にした。
なぜか周りのみんなは 振られた私に同情したが、正確には私は振られてはいないので、なんとも言えなかった。

いつものように自転車でサーーーッと去っていきながら “シマ、また明日なーー!” と叫ぶ彼を何となく期待しながらゆっくりと校門を出た私の50mほど先に、自転車を片手で押しながら、もう片手で聖子ちゃんの右手をぎゅっと握っているキラキラが見えた。まだ肌寒いのに二人とも手袋はしていなかった。

あの軍手、どうしたっけ。多分焼却炉で焼いたな。

シマフィー

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