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人喰い犬の屋敷

かっちゃんとコーちゃんとサムー、3人の男の子が我が家の駐車場に自転車をキュッと止め、大きな声で叫ぶ。

シーーマーーちゃーーーーーん!

私は半ズボンを履いて帽子のあごひもを留め、水筒を斜めにかけて勢いよく飛び出す。

3人の顔を交互に見ると彼らが “俺の後ろに乗れよ”と自転車の荷台をポンポンしてくれる。今日はかっちゃんの後ろにする、かっちゃんは体も大きいしビュンビュン漕げるし、コーナーをぎゅーっと曲がるのもうまいから。

小学校3年生にはちょっと大きすぎる自転車に二人乗りで、3台は勢いよく車道に飛び出し暑い太陽の日差しも南国特有のジメッとした空気も何のそので、あの場所を目指す。
白い砂浜がずっと続いていて岸からちょっと離れたところに大きな岩が見える秘密の海。夏のどんな盛りでも私たちしかいない、4人の秘密の海。

コーちゃんが小学校1年生の時に初めて連れて行ってくれて以来、仲間は一緒に秘密の海に行っていた。
泳いだり潜ったり、石ころで大きな塔を作ったり。引き潮のくぼんだ地に取り残された小さなエビや、ミナと呼ぶ岩場にたくさんいる貝やカメノテなど食べれるものもたくさん採って持って帰ることもあった。日中は大人は皆働いているのでこんなに遠くの端っこまで車が来ることもない。
夏になると毎日のようにお昼を食べた後は海で遊び、日焼けの皮が何度もめくれるほど太陽を浴びていた。

先頭を切るサムーの自転車がちょっとスピードを落とす。みんなが寄り道したいことはわかっているからだ。
次のカーブを曲がると大きな缶詰工場の外壁の青がキラキラと輝くのが見え、私たちはその入り口に自転車を乗り捨てるように倒し、キラキラの真下に走り出す。
工場の壁は小さなタイルモザイクで、マグロやエイが悠々と大海を泳ぐ絵になっており、時々そのタイルが剥がれおちてくる。この前見つけたのはエメラルドだった。コーちゃんはレアなお宝の赤いタイルを拾っていた。

今日は何が落ちているだろう。ワクワクしながら4人で焼けるようなアスファルトの地面に這いつくばる。サムーは目がいいから遠くのタイルもすぐに見つけた。

わぁーレモン色のタイル!初めて見た!どの部分?どこから来た?

彼の手の中の2cm四方のキラキラが大きなモザイクのどの部分だったのかを4人で懸命に探す。
建物の上の方かもしれないから、私は3歩、4歩、とゆっくり後ずさりをしながら右へ左へ目ん玉を動かす。
レモン色は真ん中くらいにあるウミガメのお腹部分から落ちてきたものだった。

カメか〜   4人で納得したら、見つけたタイルをポケットに突っ込んでまた自転車にまたがる。

ここから先は全力で漕がねばならない。
トップスピードで突っ切らないと喰われる。
見つかったら喰われるので必死で漕ぐ。

私たちの秘密の海に行く道には民家は1軒しかなかった。そこも“民家”と呼ぶにはふさわしくない外観の洋館で、白いクルクルとした蔦のような模様のフェンスがぐるりと取り囲む庭には小便小僧の像があり、小さな噴水のある池があった。
人の姿はないけれど、朽ちていく様子もないので誰かが住んでいる。

そしてそこには人喰い犬がいる。

かっちゃんが去年教えてくれた。“おい、あそこん家ってやばいらしいぞ。でかい犬が2匹いて、そこを通る子供を捕まえて喰わせるらしい”

でもあそこを通らないと海に行けないよ

“だから、あの家の前は時速100kmで行かないといけない。シマは頑張っても時速50kmくらいだろうから、明日からは俺ら3人のうちの誰かの後ろに乗ってけ”

前を行くサムーとコーちゃんはだんだんとお尻をあげて立ち漕ぎになっていく。
かっちゃんは私の重さを恨めしく感じていると思うが、長い足で懸命にペダルを漕ぐ。
もうすぐ時速100km出ると思う。

かっちゃんの汗が風に飛び、私の目に入る。手でこすりたいけれども時速100kmなので振り落とされないように両手はベルトから離せない。
目をぎゅっとつぶる直前に視界に入ったのは大きな熊のような犬がフェンスに両足をかけ、巨大な口を開けるところだった。

かっちゃん!早く!人喰い犬が外に出てるよ!

叫び終わらないうちにその家は遠のいていく。背後でワンワンと吠える声がした。


危険が過ぎればもうすぐ浜が見えてくる。
緩い下りの道をぺダルから足をぶらぶらさせながら蛇行し、道路と砂浜の境目でキュッと自転車を半回転させて停めた。

顔を見合わせてお互いの無事を確認し、アハハハと大きな声を立てて笑った。

生きてるっていいな!

みんな洋服の下は水着だ。Tシャツもズボンも脱ぎ捨てて一目散に水に向かう。
汗びっしょりなので早く海に浸かりたい。プカプカ浮かびながら今日は危機一髪のところうまく逃げられた成功を祝いたい。
熱く燃える細かい砂の浜辺に足を取られながらモタモタとついていく私は3人の背中を見ながらまた思う。

生きてるっていいな!


シマフィー

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