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お尻押し係の退任

私は今でもそうだが、学生の頃は特に、ギリギリのギリギリになるまでやる気がわかないタチで、時間のプレッシャーに押しつぶされる時に最高の出来の何かが書ける人間だ。なので何の宿題でも前日、前夜に取り掛かり、徹夜でやり終えるのが常だった。だいたいはその直前までお酒を飲んだりもしていた。
そんな私には夜更けに宿題をしているかどうかを確認する電話をかけてくる友達がいた。

夜10時とか11時になるとトビーから電話がくる。
“シマ、どれくらいお酒飲んだ?”最初の質問は毎回同じだ。
“ウオッカを3杯くらいだよ、まだボトルに半分あるよ”
もう酔っ払っている私にすかさず
“明日は生物学のレポート7枚、提出日だよ、そんなに飲んで終わらせられるの?”
“1枚は書いたよ。あと6枚、楽勝だ!”
酔っ払っていい気になっているので、できるできる、心配すんな、と告げて電話を切る。
そして重いお尻をよっこらしょとあげて、レポートに取り掛かる。まだ最初の3行くらいしか書いていない。そんなルーティーンが2年間続いた。

大学の2年、3年の時に一緒だったトビーという男の子は私が遠くの大学へ転校していくまでは親友だった。その後も友情は続いたけれど、彼はその後南米へ留学したので、私が転校して以来は多分一度しか会えなかった。

彼はミネソタ州の “ミネソタナイス”(みなさん優しいので他州の人たちがそう呼ぶ)、というニックネームに反さず、本当に優しくて思いやりがあって、困っている人を損得勘定なしにサッと助けるナイスガイだった。
成績も良くて背が高くお洒落で、さらには白くキラキラの歯に赤っぽい金髪が光る、大きい大学でも結構有名なイケメンだった。

女の子の知り合いは皆、彼を紹介しろとうるさいので、トビーに “どうよ、会ってみる?”と一応聞くけれど、彼は “別に興味ないからいい” と毎回断っていた。ガールフレンドがいる様子でもないので、ひょっとしてゲイかな、と思ってもいたがそんなことは私にはどうでもいいことなので特に詮索はしないでいた。
私にとっては一緒に遊び、ご飯を食べ、悩みを聞いてもらう大切な友人で、トビーに彼女(か彼氏)がいないのは好都合だった。
いつ電話しても出るし、いつも暇で、誘えば必ず街をぶらぶらするのに付き合ってくれる。そして提出物がある前の夜は必ず電話をかけてきてちゃんとやってるかを確認してくれる。

私が遠く州の大学に転校すると決めた時、トビーは長い睫毛をパチパチと瞬かせ、
“ちゃんと自分で宿題始めないと、卒業できないよ・・・”と笑った。優しい。

出発の日にアパートまで駆けつけたトビーはずっと泣き顔だった。
また会うよ、遊びにおいで、ずっと親友だよ、と抱き合い別れを惜しんだ時に本当に悲しそうな顔で、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、彼はこう言った

“I truly enjoyed being your butt-pusher”(君のお尻押し係で本当によかった)

車に乗りその言葉を反芻した時にあまりにバカらしくて大きな声で笑った。
Butt-pusher…お尻を押す人。彼はそんな役職を自分につけていたのか。
可笑しくて可笑しくて涙が出てきた。

助手席の窓の向こうに立つトビーは、まるで執事が結婚する王女を見送るように、秘書が年老いた社長の退任を見守るように、軍人が死んだ戦友を送るように、私にさらさらと手を振っていた。
職人の誇りと栄光を見せつけるような、気品ある、手の振りだった。

私が引っ越した後、わりとすぐにトビーにはガールフレンドが出来た。
お尻押し係という大役を退いた英雄に相応しい、美しい女性だった。

シマフィー

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