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母から私へ:Care Packageの中身

九州の南の田舎で育った私が東京の大学に進学した時からごく最近までずっと年に何度か母から荷物が届いていた。
中身はその都度色々で、電話で話すたびにあれが食べたいこれが欲しいと言えばそれを詰めてくれるし、時にはどこどこでこれこれを買って送ってと指定することもあった。わがままにアレやコレや頼んでいたが、日本には帰れないのでしょうがないよね、とも思っていた。
結婚してからは私の欲しいものだけでなく、夫にも届いていたので荷物は倍だ。

日本語では普通に実家からの荷物、と呼ぶが英語ではcare package と呼ばれ、こちらの方が母親の私を思う心が伝わってくる様でしっくりくる(care=気に掛ける、package =小包)。

航空便で送ると送料だけでも1万円を越し、ちょっと大きくなると2万円出して送ってもらった箱に入れてもらった食べたいなぁと伝えたものが大したことないもの・値段だと流石に申し訳なくなる。
アメリカで売っているものもあるし、似た様なものも探せばあるだろうし、もっと言えば別に食べなくても・なくても困るものではないのだから、年老いた母に大きい箱を運ばせ、更には高い送料を負担してもらうのは心苦しい。

なのでここ何年かは電話で話す時には “もう送らなくてもいいよ” と念を押す。次に帰った時に自分で持って帰るし、今はネットで買えるし、お金ももったいないから、ときつく言う。

それでも昨年のコロナ禍までは年に2−3度は、シマちゃんが食べたいだろうから、旦那さんが好きだったから、誕生日だから、クリスマスだから、と年に何度かは送ってきた。私の母は贈り物好きなので、送らずにはいられなかったのだろう。

毎回荷物が届くと、一体何を入れたのだろうかとワクワクする一方ちょっとだけ不安な様な気持ちでナイフを手にする。開けると笑いと涙が込み上げる様なものが入っていることがあるからだ。

私に食べさせたいものや似合うだろうと買ってくれたセーターを見ると、母の中の私は20歳くらいで止まっているのだなぁ、と可笑しくなる。
ふりかけも、おやつも、棚に飾る小物も、小さなぬいぐるみのキーホルダーも、本も。母が入れてくれるものは20歳の私が喜ぶものが多い。

ちょうどその頃に本格的に日本を離れ、それ以来本格的に日本に住んでいない私の母の中の シマちゃん は食欲旺盛で、可愛い小物を集めていて、ピンクが好きなシマちゃんだ。

25の時も、35の時も、45になってからも
お母さん、ピンクばっかりは着ちょらんとよ、と笑って伝えてきた。
その度に母は
そうじゃねぇ、ごめんね、シマちゃんの好みはもう違うっちゃねぇ、でもピンクが一番似合うよ、と答える。
正直ピンクを好んで着ていたのは20前後の時だけで、それ以降は黒っぽかったり青っぽかったり、色々だった。

しかしながら面白いことに自分のファッショントレンドを一周以上回り、またピンクを着ることが増えている。
モールに行って友人に “そのピンクのスカート、シマに似合いそう” と言われたら買ってしまう様になっている。
ピンクの口紅をしているし、ピンクのヒールを履いている(決して全身ピンクではありません笑、差し色程度に使っています)。
母の中の20歳のシマちゃんに近づいているようでピンクを着るたびに可笑しくなる。

今、care package を送らなくていいよ、と頼むのはそんなやりとりがしたくないわけではく、私にとっての一番のプレゼントは母と一緒にショッピングに行ってピンクの服を買うことだから。
疲れて入った喫茶店で一緒にピザトーストを食べたり、100均でカゴいっぱいにつまらないものを買ったり、ぶらぶら歩きながらアイスクリームを食べたりしたいから。
じゃあなかったら、こちらに遊びに来てもらって一緒に博物館に行ったり、庭の金魚に餌をあげたり、シマリスながめながらバーベキューをしたいから。

それまでにたくさんお金をためておいて欲しい。
20歳の私はそんなことは思っていなかった。親のお金は無限にあるのだと思っていた。

お金も時間も無限ではないとわかっている大人になったシマちゃんは、ピンクのセーターをタンスにしまいながら、早くお母さんに会えますように、と毎日願っている。


シマフィー

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