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[百合小説]ふたりでおつまみ「立ち飲みゲッカ」#3


○あらすじ○
年の差カップル♡ミヤ×サクほっこり晩酌小説。全国のおいしいお酒をご紹介♪



坂道 さかみちさくらは、パートナーの梅原 うめはら美矢みや こと『みやちゃん』と二人暮らし。10歳年上のみやちゃんはお酒に詳しい。ふたりは美味しいおつまみと晩酌をするのが日課。この至福の時間があるから、一日がんばって働けるのである。


・・・・・

 ふたりでおつまみ

 3.立ち飲みゲッカ

 わたくし坂道さかみちさくらは、パートナーのみやちゃんと平和に穏やかに暮らしています。
 その秘訣は、おうちご飯を楽しむこと。自炊をすれば、カラダに良い。家計にも良い。晩酌タイムが私たちの関係を円満に保っている。仕事だって、帰宅したての最初の一口のために頑張れる。

 だけど、たまには外で飲みたい。自炊ばっかりじゃレパートリーも増えないしね。
 週末はご飯を作っておいて、ちょい飲みに出かけることが多い。ご飯が家にある安心感で開放的に、また、ご飯があるからと遊びすぎずに、適量ほろ酔い、気持ちよく帰れる。

「ふー。今日もよく頑張った」
 みやちゃんがお風呂場から汗だくで出てきた。
「炭酸のむ?」
「うん!」
「お掃除ありがとう」
「さくも、ご飯ありがと」
「夜はこの肉じゃがを食べよう」
「いーねー」
「お昼は親子丼だよ」
「やった」
 親子丼って本当に簡単。休日のお昼の救世主。
 肉じゃがは圧力鍋で時短。めんどうだから具材を炒めたりしないのだ。そっちのがヘルシーだしね。普段の料理はそこそこ美味しければ良いのである。
「さ、どこいく? 今日はちょい飲みのために掃除を頑張ったんだ」
「みやちゃん行きたいところは?」
「うーん」
「マップ見てみる。なんか新しいところできたりしてないかな」
「最近また店増えてきたね」
「おもしろいとこあるかなー」
 お店とも相性だ。口コミは大いに参考にするけど、行ってみないとわからない。
 それと、みやちゃんは、お酒に関しての勘はすこぶる冴え渡っている。美味しいお酒を引き当てるし、行くと素敵なお店なことが多い。
 酒好き周波数がみやちゃんから出ていて、お酒やお店と共鳴しているに違いない。
「みやちゃんここは? 今送った」
「ワインスタンド。こんなとこにできたんだ」
「ね、なんかおしゃれな感じよ」
「ナチュラルワイン推しですね」
「飲みたいですね」
「行ってみますか?」
「行ってみましょう」

 みやちゃんと出会う前は、全然ワインも日本酒も詳しくなかった。まあ、今もほとんどセレクトを任してるから詳しくはないんだけど。でも、なんとなくこういう味が好き。というのは自分の中で芽生えている。
 みやちゃんこと梅原うめはら美矢みやさんに出会ったのは五年前。十歳年上のみやちゃんは、衝撃的に美しかった。
 凛とした態度、なのに物腰は柔らかい。お酒の飲み方も素敵だった。わたしはまだ二十五歳の小娘。ビールはどのメーカーも同じ味だと思っていた。
 芸術や文学、なんでもそうだけど、違いがわかってくると楽しい。
 外で飲む利点はそこにある。家だとボトルを開けて、その日はそれを飲む。色々開けて飲んでも良いのだけど、そんな贅沢はお客さんが来たときなどにしかしない。
 お店だと飲み比べができる。二杯だけでも飲み比べの意味がある。比較対象があれば、どちらの良さもわかる。

「なかなかの住宅街だね」
「さく、こっちじゃない?」
「ありゃ、ほんとだ通り過ぎてる」
 二人とも地図を読むのがあまり得意ではない。スマホがある現代に生まれて良かった。繁華街も一本二本と道に入って行けば一気に住宅地となる。こういった中にひっそりとあるお店なんてワクワクしてしまうではないか。
「あ、あそこ、看板あるね」
「わーおしゃれな予感。あれ、みやちゃん、やってるかな?」
「うん、人いるね。入ろう」
 ポップな看板からはイメージできなかった品の良さそうなお店の方が一人。カウンターにお客さんが一人。立ち飲みスタイルだ。
「いらっしゃいませ。よかったらあちらのテーブルでも」
 座れるスペースが少しあった。
「じゃあ、座らせてもらいます」
 と、みやちゃんが言って、椅子に座った。スタンドと書いてあったので、立ち飲みを覚悟していたけどラッキー。立ちのカウンターも好きだけど、休日の昼下がりに座ってワインもゆっくりできて良い。
 さっそくみやちゃんはメニューを凝視。お店の方が声をかけてくれた。
「白ワインをいただきたいなと思うんですけど」
「本日のグラスワインのボトルを持ってきますね」
 わたしは店内をキョロキョロ。もう一人のカウンターのお客さんはアイスコーヒーを飲んでいる。メニューを見ると珈琲もこだわっているらしい。なるほど、最近は飲めない人にも優しいお店が増えてきている。お酒が飲めなくたって、立ち飲みやバーの雰囲気を味わいたいよね。
「こちらが、本日の白ワインです」
 店員さんが三本持ってきてくれた。みやちゃんが説明を聞いている。私はラベルを見て楽しんでいる。まったく、可愛いラベルの多いこと。
「これにします」
 みやちゃんが真ん中のワインを指差す。
「何か食べる?」
 と聞かれ、急いでメニューを見る。
「生ハム」
 初めてのお店、困った時は生ハムだ。生ハムに大きくハズレはないのである。
 みやちゃんが選んだのは『Gekkaゲッカ』という日本ワインだった。モリウミアスファーム&ワイナリーの山形県産、宮城県製造のブドウを使っている完全無添加のワイン。
「わあっ、すごい香り」
 グラスを持っただけでとても香った。口に持って行ったら一体どれくらいの香りが広がるのだろうか。
「これはすごい」
 みやちゃんはグラスを鼻の近くで回しながら嬉しそうに香りを楽しんでいた。
 ラベルには鳥が書いてある。ワインの色調はレモンイエロー。しっかりと色がある。
 飲む前から楽しめる。みやちゃんが、ついにワインを口に含んだ。目を見開く、お口の中はどんなハッピーなことになっているのだろうか。わたしの方をみて、美味しさを目で伝えてくる。
 ワイングラスを口に近づける。
 ななな、なんて良い香りなんだ!
 顔中が香りに包まれる。すごく香りの良いパックをしているみたいだ。その感覚を味わいながらもワインを口に含む。
 んんん!
「これは!」
「すごいよね」
 と、みやちゃんがニコニコと微笑む。みやちゃんがこんなにとろとろの笑顔になるのはあまりない。お酒の力、恐るべし。
「なんかすごいアロマ」
 語彙力が乏しい、わたくし坂道さくら。
 みやちゃんの感想に期待。
 ……あ、無言になってらっしゃるわ。
 このワイン、ぶどうとその皮に付着する野生酵母だけで発酵させてつくっているらしい。
 フルーティだけど深みもある。おつまみがなくてもついつい飲み進めてしまう美味しさ。でもなんの料理が合うだろうと考える。
 貝のお出汁とかと合いそうだから、にんにく控えめのトマトが入ったアクアパッツァ とかどうたろうか。チキンに少しスパイスをつけてオーブンで焼いただけのも良さそう。
「はあ」
「どうしました、みやちゃん」
「おいしい」
 深く息を吐いてみやちゃんが言った。幸せそうで何よりだ。
「なんかスパイシーを感じる」
「あら」
「ふくよかで酸もあってすごいなぁ」
「なんか特別な日とかに飲みたいね」
「そうだね、記念日とかに買おうか」
「そうしよう」

 こうやって、外で飲むことによって、思いがけないお気に入りが見つかることもある。その場で美味しかったで終わることもあるけど、自分たちでも作れそうなおつまみのアイディアだったりを収穫できるときもある。
 そして、お店で飲む方がみやちゃんとたくさん話したりする。
 家も好きだけど、生活に変化をもたらすことは大事だよね。
 この日はもう一杯白ワインを飲んだ。それも美味しかったけど、みやちゃんもわたしも『ゲッカ』推しだった。

「いやー今日は良い出会いに巡り会えましたね」
「そうだね。みやちゃん飲んでる時顔がとろんとろんだったよ」
「そんなことないよ」
「よかったねぇ。美味しいのあって」
「いつも真面目にやってるご褒美だね」
「さ、帰ってご飯食べよ」
「よし、白ワイン開けよ。ちょっといいやつ開けちゃお」
「おお、開けんの?」
「あんな美味しいやつ飲んだら、そりゃ今日はもう美味しい日がいいじゃん」
 美味しい日。
 なんか可愛いらしい響きの日だな。
「いっか。肉じゃが合うかな?」
「和食は最強だよ」
「おなかすいた」
「早く飲みたい」
 少し早足で帰りました。

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